堕ちた星にひとつ願いを。【3】
グレイシアの指示は的確だった。
案内された二階の一室まで、
エドワードはウィンリィを抱えていった。
胸の中で、
規則正しい吐息が継がれていた。
抱き上げた身体は思いのほか軽くて、ひやりとした。
実際触れている部分がひどく柔らかくて、眩暈を覚えそうになる。
通された部屋のベッドに彼女を横たえても、
ウィンリィはぴくりともしなかった。
倒れたときにどこか強く打ったのではないか…?と
今更ながらに思い至って、不安になったが、
少なくとも寝息だけは規則正しく響いていて、顔色もそう悪くはない。
大丈夫か、と思いながら、
エドワードはまじまじと寝入るウィンリィの表情を覗き込んだ。
明かりを消した部屋の中には、
開け放ったドアから零れる廊下の光が差し込んでいて、
その明かりはウィンリィの白い顔に陰影を落としていた。
睫の形がやけにハッキリとその影を落とすので、
なんだろうと思ってよく見入ってみると、
彼女が薄く化粧をしていることに気付いて、
またしてもぎくっとしてしまう。
「人騒がせなやつ……」
エドワードはぽつりと口にする。
何かを誤魔化したくて、口について出る。
「だいたい……」
エドワードはくるりと背後を振り返る。
背後にはグレイシアと共にシェスカも居た。
「こいつ、なんで椅子の上に上ろうとしてたんだ?」
エドワードの脳裏に、
椅子からふらりと倒れるウィンリィの姿が蘇る。
ツリーにしがみつくようにして、
椅子の上に上った彼女は手を伸ばしていた。
ツリーの頂に。
「私もよくは……相当酔っ払ってたみたいだったので
止めようとはしたんですけど……聞いてくれなくて」
シェスカは困ったようにエドワードの問いに答える。
はっきりしない答えに、
エドワードは息をひとつつく。
そして、視線を戻して、寝入る彼女の顔を再度見下ろした。
「変なやつ……」
この年になって、ツリーに何か用でもあったのか?
普段は、機械鎧にしか興味ないという顔をしているくせに。
エドワードは少し顔をしかめる。
脳裏に再生される、彼女が倒れる瞬間。
どこかで見た記憶。
どこで見た?
うまく思い出せなくて、エドワードの眉間には皺がひとつ寄る。
「とりあえず、戻りましょう。
ウィンリィちゃんの様子は私が看るから」
そう言うグレイシアに、シェスカも残ろうかと申し出るが
グレイシアは首を振る。
「お客様ですもの。二人とも下におりてちょうだい。
ここは私が」
グレイシアにきっぱり言われて、
エドワードとシェスカは部屋を追い出される。
締め出されたドアの前に二人してぼんやり突っ立っていると、
シェスカがぽつりと言った。
「ウィンリィさん………結構、ショックだったみたい、ですよ?」
う、とエドワードの顔に苦いものが過ぎる。
それをちらりと横目で見てから、
すたすたとシェスカはエドワードを置いて先を行ってしまう。
そんな背中を見送りながら、エドワードは、
扉の前で一人、また盛大なため息をついた。
「あ。兄さん」
シェスカに遅れて部屋に入ってきたエドワードを真っ先に見てとったのは
アルフォンスだった。
「ウィンリィは」
弟が浴びせた真っ先の質問に、エドワードは即答する。
「寝てる」
なんでもねぇよ、とエドワードは素っ気無い。
よかったぁ、と鎧の中からアルフォンスは安堵の声を漏らした。
「酔っ払って寝てる。……世話ねぇよ」
そう言いながら、エドワードはテーブルの上のグラスをとろうとするが
アルフォンスは、兄さんも飲みすぎじゃないの、と制止しようとする。
だーいじょうぶだって、とエドワードは笑ったが、
「お酒飲みすぎると身長伸びないよ」
と弟が言うと、げ、と表情を硬くする。
「って……大佐達が話してたよ」
エドワードはもう一体何度目か知れないため息をつく。
脳裏に、ウィンリィが倒れた瞬間が妙にちらついて離れない。
ロイ達と話をしていたとき、偶然にも自分の目は捉えてしまっている。
いや、実のところをいうと、偶然ではないのだが。
妙に気になって、妙に落ち着かない。
彼女に先を越されたと焦っていた矢先だったからだ。
「で、謝ったの」
「寝てるのに、どーやって謝るんだよ」
「それもそうだけど」
エドワードはワインは諦めて、
別の料理に手を伸ばそうとする。しかし、途中でそれも止めてしまう。
「どうしたの」
動きの固まったエドワードに、アルフォンスは首をかしげる。
弟の問いには答えず、
エドワードは無言で顔をあげる。
その視線の先には、デコレーションされたツリー。
「アル」
「何」
エドワードはツリーを一心に見詰めながら、
何かに思考を巡らせるように口を開いた。
「思い出した」
「何が?」
「あいつ、あの時も倒れたんだ」
「はぁ?」
一体兄は何を言い出しているのだろう、と
怪訝そうに鎧の頭をかしげて、
アルフォンスはエドワードを見下ろした。
エドワードは、料理へ伸ばした手を引っ込めて、
すたすたとツリーのほうへと足を伸ばす。
「お。エド」
エリシアを抱きかかえているヒューズが、
ようやく気付いて声をかけたが、
エドワードは構わなかった。
「何してるんだ?」
ひっぱってきた椅子を、
ウィンリィがしていたように、ツリーの側へと据えるエドワードを見て、
ヒューズは首をかしげる。
「何か欲しいものがあんのか?」
ツリーには色々な飾りが所狭しと飾り付けられていた。
お前にも子供っぽいところがあるんだな、とヒューズが笑うと、
エドワードは違うっつーの、とヒューズを一瞥してから、
椅子の上にのぼる。
「私が取ってやろうか、鋼の?」
からかうように声をかけたのは、ロイである。
エドワードは盛大に彼をにらみつけた。
椅子の上に乗る、なんて格好を、よりによってこの男に見られるのは
非常に苦痛且つ屈辱極まりなかったが、
それに勝るものがそこにある、という確信を得ていたエドワードは
それを選んだのだ。
ツリーの天上には、金色の星がある。
「あれ!エリシアがつくったの」
エドワードがそれに手を伸ばそうとすると、
ヒューズの腕の中にいたエリシアが、声をあげた。
「なんだぁ?エド?星が欲しいのか?お前も子供っぽいところがあるんだなぁ」
暢気なヒューズの言葉に、だから違うっていうのに!とエドワードは反論しつつ、
その星の裏側に手を伸ばす。
そして、目的のそれを手の中に捕らえた。
「それは?」
ロイの問いに、エドワードは答えなかった。
そのまま、椅子から飛び降りる。
そして、脇目もふらずに、
集まっていた面々の脇を横切り、
部屋のドアに早足で向かった。
それを握り締めたまま、無言で、
エドワードは扉を押し開けるようにして部屋を出て行ってしまう。
あっという間のことに、一同はまたしても言葉を失った。
エドワードが掴んだそれは、
アルフォンスが持っていたものと同じものだった。
アルフォンスはそれに気付いていた。
ああ、そうか、と記憶の糸をたどりながら。
『てっぺんにおほしさまをかざりたいの』
記憶の中に、幼いその声が反響していた。