堕ちた星にひとつ願いを。【4】
『てっぺんにおほしさまをかざりたいの』
腹立たしくて、哀しくて、
ただ泣きたいのを我慢しながら、
そう言ったのは何年前の話だったか。
最後の星は、難題だった。
星を飾るには、三人は幼すぎたのだ。
届かない天上を口をあけて眺めていた。
その頃には既に、ウィンリィには母も父もいなくて、
そして、エドワードとアルフォンスには最初から父親が居なかった。
『おとーさんがいてくれたらよかったのに』
あの時、口について出た言葉は、しかし、心からの本心だった。
祖母から、二人が死んだと聞かされたときには、どういうことなのか理解が出来なかった。
小さい頃から幼馴染の二人には、父親が居なかった。
どうしていないのか、聞いたことがある。
しかし、同じ年のエドワードは怒ってしまった。
どうしてエドワードが怒るのか、ウィンリィには理解出来なかった。
小さい頃は、理解出来なかったことが多すぎたのだ。
ツリーを飾り付けていって、
最後に残った星を飾ろうと、四苦八苦した。
エドワードが出した案も、また失敗した。
エドワードの背中に乗ったアルフォンスもやはりツリーの天上には届かなくて、
そこで、ウィンリィが二人の背中に乗ると言ったのだ。
しかし、その案もだめだった。
星を天上に置く前に、ウィンリィは二人の背中から落ちてしまったのだ。
背中をしたたか打って、
ウィンリィは涙をにじませた。
しかし、泣かなかった。
星が落ちる間に願いを唱えれば、その願いは叶う。
星に願えば。
しかし、願う前に、星が手の中に落ちてしまっている。
それが、ウィンリィには、腹立たしくて、哀しかった。
『どうしておとうさんとおかあさんがいないの?』
涙を滲ませながら、ウィンリィは小さな声で訴えた。
手の中に落ちたその星の象りを握り締めながら。
エドワードとアルフォンスは、
そんな彼女をただ見守ることしか出来なかった。
『おとうさんがいたら、おほしさまをてっぺんにかえしてくれるわ』
そしたら、願うことが出来るのに。
小さい頃、小さい世界の中で、小さい理不尽がどんどん降り積もっていた。
そんな気がしていたのだ。
それが、腹立たしかった。
星をてっぺんに還すことが出来れば、願うことがようやく出来る。
しかし、幼馴染はあっさりと言った。
『バカだな』
と。
そんな、夢を見た。
目の前が揺れる。
ここはどこだろう、とウィンリィは思考を巡らせる。
先ほどまで、誰かがいた気がした。
しかし、今はいない。その代わりに、別の誰かがいる。
頭の芯が、小さく痺れて、身体をうまく動かせない。
うつろげに動かした視界の真ん中に、
見知った影を見てとって、ウィンリィはようやく目が覚め始める。
……エド…?
身体がひどく重かった。
思考もうまく働かない。鈍く停滞する意識の中で、
暗がりに立つ人影が、とりあえずエドワードだということは認識する。
……なに、してるの?
自分はどうしたというのだろう。
ヒューズの家で、パーティーに出ていたはずだった。
しかし、自分の身体を包むのは柔らかな衣地だ。
横たわったまま、うつろに暗がりを見上げる。
ふわふわと海の中を漂っているような、そんな感覚が全身を包んでいる。
エドワードらしき人影はゆっくりと近づいて
何かを手に取り出す。
彼の手がゆっくりと近づいてきて、
ウィンリィは思わず目を閉じた。
暗転した世界の中で、
息を殺しながら、彼の気配をうかがう。
枕元に、何かが置かれる。
紙の擦れるような音が軽く響いて、
ウィンリィの額の辺りに、置かれたそれが触れた。
なんだろう、とウィンリィはうっすらと目をあける。
その時、ぽつんと落ちてきた言葉。
「ごめん」
言ってから、
エドワードはため息をついた。
ウィンリィは寝ている。
寝ているときに言っても意味は無い、とエドワードは分かっていた。
エドワードは手の中の包みを転がす。
それは、先ほどツリーの天上からとりあげてきたものだった。
がさがさと包み紙が破ける音が響いて、
ウィンリィは息を呑んだ。
……見つかったんだ。
ようやく全てを思い出して、
ウィンリィは声を上げそうになる。
しかし、すんでのところで飲み込んだ。
中身をあけた彼は、ため息をついた。
そして、ぽつんと一言。
「色気のねぇ女」
今度は、ウィンリィは我慢できなかった。
「……なんですって」
ぎくっと影がみじろいだ。
うわずった声が落ちてくる。
「おきて、たのかよ………!」
「起きてたわよ」
慌ててエドワードはウィンリィの枕元に手を伸ばそうとする。
しかし、ウィンリィのほうが早かった。
彼が置いたそれを、ぎゅっと手の中に握り締める。
エドワードはまた盛大にため息をついた。
「ごめん」
「なに」
「シェスカから、きいた」
ウィンリィは体を起こした。
彼が言いたいことがなんなのかわかって、首を振る。
「気にしてないわよ、別に」
しかし、どこかその声はかすれた。
闇目にウィンリィはエドワードを見上げる。
ベッド脇に立ち尽くす彼の表情はあまりよくは見えなかった。
「色気なくてわるかったわね」
ウィンリィはじろりと彼を睨む。
「どうせあたしは色気ないわよ」
やっぱり気にしてるじゃないか!
とエドワードは言いたくなったが、ここは我慢だ。
「あたし、あげてないわよ、それ」
『それ』とは、ツリーの上に隠したものだ。
「じゃあ、オレのも返せ」
オレもあげてねぇ、とエドワードも言葉を返す。
しかし、即答が返ってくる。
「いや」
何度ため息をついているのだろう。
数えてなどいないが、エドワードはまたひとつ息を落とす。
ウィンリィは、彼が枕元に置いたその包みを手にしたまま、
彼を見上げた。
見えない表情を見ながら、言う。
「星に、手は届いた?」
――――『てっぺんにおほしさまをかざりたいの』
腹立たしくて、哀しくて、
ただ泣きたいのを我慢しながら、
そう言ったのは何年前の話だったか。
「いや」
エドワードは静かに否と答える。
答えながら、ゆっくりとウィンリィの側に近づく。
一歩、暗がりの中、影踏みするように音を立てずに側に寄る。
…星が落ちる間に願いを唱えれば、その願いは叶う。
星に願えば。
しかし、願う前に、星が手の中に落ちてしまっている。
あの時、それが、ウィンリィには、腹立たしくて、哀しかった。
『どうしておとうさんとおかあさんがいないの?』
涙を滲ませながら、ウィンリィは小さな声で訴えた。
手の中に落ちたその星の象りを握り締めながら。
『おとうさんがいたら、おほしさまをてっぺんにかえしてくれるわ』
そしたら、願うことが出来るのに、と思ったのだ。
小さい頃、小さい世界の中で、小さい理不尽がどんどん降り積もっていた。
そんな気がしていたのだ。
それが、腹立たしかった。
星をてっぺんに還すことが出来れば、願うことがようやく出来る。
しかし、幼馴染はあっさりと言った。
『バカだな』
と。
幼馴染の答えは明瞭だった。
星に願い事なんかする必要はないと。
『そのうち、もっとでっかくなって、
こんな木なんかめじゃないくらいにでっかくなって、
いくらでもかざってやるよ、こんなほしのひとつやふたつ。
……いくらでも、かなえてやる』
その時、それはエドワードにとって、真からの本心だった。
今にも泣き出しそうな幼馴染に何を言ったら泣かさないですむか、
頭の中で必死に考えてひねりだした答えだった。
ウィンリィは潤ませた瞳をそのままエドワードに真っ直ぐに向ける。
『どうやって?』
『それはだなぁ、しんちょう、のばして…』
二人の会話を聞いていたアルフォンスはすかさず言った。
『じゃあにいちゃん、ぎゅうにゅう、のまなきゃだね』
『う、うるせー。あんなの、のまなくたってだなぁ……』
その時は、ウィンリィの『おとーさんみたいにしんちょうがたかいひとがすき』の言葉に
惑わされて出た言葉だったかもしれない。
星をてっぺんに飾りたい、という彼女の願いをかなえることが出来なかったのは曲げられない事実だった。
それをどうにかしてカバーしたくて、ああ言ったのだ。
ふとそんなことを思い出しながら、エドワードはウィンリィの身体を抱き寄せる。
彼女は抵抗しなかった。
しかし、言葉は容赦ない。
「届いていないなら、まだあげないわ」
お預けなんだから、とウィンリィは小さく言った。
しかし、そう言いながらも、エドワードの背中に腕に回す力を込める。
彼女は怒っているのか、許しているのか、よく分からない。
言ってることとやってることがむちゃくちゃだ、と思いつつも、
エドワードはウィンリィの身体をしっかりと抱きとめた。
身体半分を彼女のほうに向けて、ベッドに腰掛ける。
「悪かったって」
…あれは嘘だ、ちょっとした言葉のアヤだ。
いつも機械鎧にしか興味ない、という顔をしておいて、
知らない顔をした彼女がそこにいたからだ。
計算外、だったのだ。
小さく付け足したら、何が嘘なの、という声。
言わせる気かよ、とエドワードが内心たじたじになっていると
嘘よ、とウィンリィは笑うような声音で付け足した。
抱き合ったままなので、お互いの表情は見えない。
敵わねぇなぁ、と思いながら、
エドワードはわずかに身体を離す。
それから、鼻をこづつくように、彼女の顔に顔を寄せた。
「ごめんな」
「ん…」
「ありがとな」
でもやっぱ色気ねぇけど、と揶揄半分で付け加えると、
ウィンリィはむっとする。
「あんたが、機械鎧を壊してばっかりいるからよ。
ちょっとは手入れしなさいよね」
彼の手の中にあるそれは、機械鎧用の油さしだった。
エドワードはまたため息をつく。
「わかったよ。……気が向いたら」
「気が向いたらって何よ」
「あー…わかったって」
そう言いながら、エドワードはウィンリィの唇に唇を寄せる。
しかし、ウィンリィは、あ!と何かを思い出したように
エドワードから逃げる。
「あんたからの、まだ中身見てない」
エドワードからの包み紙は、まだ未開封のままだ。
彼の首に回した手をほどいて、
ウィンリィは手の中に握り締めたままだった彼からのその包みを開けようとする。
…「お預け」かよ…。
エドワードはまたしてもため息をついた。
本当に、何度ついたか分からない。
しかし、それは、内心とは裏腹のことを言ってしまった代償なのかもしれなかった。
包みをあけようとするウィンリィの手は、彼によって留められる。
「それはいーから、こっちが、先」
「あ………んっ…」
強引に唇を奪う。
ウィンリィは全く抵抗を見せなかった。
軽く唇を触れるだけのキスを啄ばむように何度か交わして、
それから、徐々に、深く唇を合わせる。
吐息が荒くなりながらも、食むように唇を深く重ねた。
何度かの口付けのあと、
詰めた息をゆっくりと吐き出すように、顔を離して
暗がりの中を見つめ合う。
「あんたはあの時、願う必要は無いって言ったけど」
「……」
「あたし、今でも願ってることがひとつあるの」
エドワードは軽く首をかしげる。
「……おじさんと、おばさんのことか?」
彼女の両親のことを知っているエドワードは
低くそう問う。
それは、いくら願ってももう無理な話なのだ。事実は、変わらない。
エドワードの意図を汲んだのか、
ウィンリィは違うわ、と首を振る。
「じゃあ、何を?」
…何を、願ってるの?
彼女の意図が知りたくて、エドワードはウィンリィの顔を覗き込む。
しかし、ウィンリィは答えなかった。
「まだ、手が届いてないんでしょ?」
星に願う必要はないと、彼は言った。
自分がかなえるからと。
小さい頃の言葉を、まだ覚えている。
星に手は届かない。堕ちた星に願うことは意味があるか分からない。
それでも、願う。ひとつだけ。
「だから、まだ、今は内緒」
エドワードは不満そうに、わずかに顔をしかめた。
なんだそれ、と彼が言う前に、
ウィンリィは自分から顔を近付ける。
軽く彼の唇に触れて、離す。
押し当てた唇を離しながら、小さく囁いた。
「おめでと」
「え」
エドワードが一瞬驚いたような声を小さく上げる。
星に願う必要はないと、彼は言った。
自分がかなえるからと。
小さい頃の言葉を、まだ覚えている。
星に手は届かない。堕ちた星に願うことは意味があるか分からない。
それでも、願う。ひとつだけ。
ウィンリィは願うようにその言葉(フレーズ)を口にした。
(fin)
Happy Birthday and A Happy New Year
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2005.12.31
意味不明ですいません。遅れてすいません。何もかもすいません。
むしろ謝ってばかりですいません。
色々書きたいのはあったのですが、詰め込んだら全てがぼやけてしまい、残念です。また書き直しをしたいです。
アニメはエリシアの誕生日が冬なのか夏?なのか一定してないので、クリスマスと合わせて…てことで。ちなみにエドの誕生日は、エリシアの誕生日の前日?かその辺りぽいです。クリスマスはアメストリスにはないそうで、そーかそーなのか、と増田さんじゃありませんが、ちと残念。ツリーには意味があるそうなのですが、それまで掛け合わせると大変なことになりそうだったので、星だけにとどめました。とにかく、色々詰め込みすぎてぼやけてしまって、ちと残念な気持ちが。
2006年のアニメカレンダー。12月が大変萌えでした。ウィンリィが可愛らしくて大好きです。エリシアもですね、すごくぷくぷくしていて可愛いのですよ。ヒューズさんたちをかけたので、書いた本人としては満足。別の小説でも、軍部の面々を出したいと思っているのでいい練習?になりました。しかし、会話はやっぱり難しいですね。