堕ちた星にひとつ願いを。
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堕ちた星にひとつ願いを。【2】


「まぁまぁ……えーとぉ…、
エドワードさんも悪気は無かったと思います…よ…?」

黒淵の眼鏡をずりあげながら、
シェスカは言葉を選ぶようにおそるおそる口をひらく。
その言葉に、ウィンリィは耳を傾けない。
煽るようにグラスをあけると、もう一杯、などとでも言いたげに、
シェスカに対して空のグラスを差し出す。

「悪気がなかったって!」
空のグラスを差し出しながら、ウィンリィはシェスカの言葉尻をようやく捉えたようだった。
ほんのり蒸気させた頬をわずかに膨らませながら、
シェスカの言葉に反論する。

「だからって普通言う!?あんな面と向かって!」

失礼もいいとこだわ!と言い捨てて、
お代わり!とシェスカにワインをねだる。
「もうやめたほうがいいですよぅー…」
弱りきったようにシェスカが忠告するが、ウィンリィは耳を貸さない。
むぅっと頬を膨らませて、
シェスカに注がせたワインをあおるように喉に流し込む。
そして、テーブルの端向かいに居る彼の姿を
きりっと睨んだ。

「……エドのバカ」

先ほど彼に投げつけた言葉をそのまま呟く。
もちろん、テーブルの向こうで
男性陣の中に埋もれるようにして立っている彼には聴こえようがない。
彼が何か喋っているのは遠目に分かったが、
その内容はウィンリィには分からなかった。

「……それで、……渡せたんですか?」
恐る恐る、という形容がぴったりな声音でシェスカが訊いてくる。
「まさか!」
ウィンリィは即座に否定した。
「……お預けよ。お預け!なぁんであたしが、あんな……」
言いかけてウィンリィは言葉を失う。
「ウィンリィさん……?」
急に黙りこくったウィンリィにシェスカは首をかしげる。
ウィンリィは空いたグラスをテーブルの上において、
わずかに唇を噛みながら呟く。

「なんで、あたし、こんな、怒ってるんだろ」

……バカみたい。

そう呟いたウィンリィの視線の先に、
デコレーションされたもみの木が映る。
「……ウィンリィさん?」
声もなくもみの木を見つめはじめたウィンリィの表情は
どこかぼんやりとしていて、頬はほんのりと紅い。
ふらふらと彼女がもみの木に向かって歩き出したのを見て、
シェスカは慌てた。
とろんと赤くした目は、どこかウィンリィが酔っ払っているように見えて、
シェスカは彼女を引きとめようとするが、
ウィンリィは訊かない。
シェスカの手を軽く振り払って、
部屋の一隅に置かれたツリーに向かう。
「ちょ…ウィンリィさんってば!」
シェスカは慌てて後を追った。






「あーあ。さっきのは失敗だったな」
「だな」
大人達が調子を合わせるように同様に頷くので、
エドワードは面白くない。
面白くない原因のメインは別にあるのだが。

「うるせーな」
エドワードはぶすっと膨れる。

「あんなこと言ったら怒るに決まってるじゃないか」
と、これまた怒ったようにエドワードをたしなめるのは
弟のアルフォンスだ。
やれやれ、と肩をすくめるのはロイだ。
「まだまだ子供だな」

黙ってろよ、とエドワードは横目でロイと、
その隣で同じくにやにや笑っているヒューズを睨む。
睨みながらも、視界の隅っこに、揺れるハニィブロンドを捉えている。





『似合わねー』



しかし、言い掛けながら、もう既に後悔していた。

……バカだ。
オレの口は何を言っているんだ。

内心に秘めた形容と口について出た形容が
イコールでは結ばれなくて、
エドワードは勝手な口に慌てて蓋をあてがいたかったが、もう遅い。
一瞬だけひるんだように揺れた青い瞳の色が怒りに変わっていって、
みるみるうちにウィンリィの眉が吊り上っていく。

『……エドのバカ!』





エドワードはひとつ盛大にため息をついた。
ちらりとアルフォンスを見る。
アルフォンスの手の中には赤い包装紙に包まれた小さな紙箱がひとつある。
彼女はアルフォンスにのみそれを渡して、
エドワードのほうには一瞥もくれずに去って行ってしまった。


「……謝ったほうが、いいよ?」

弟はもっともなことを言う。
アルフォンスはもちろん、兄が本心からそう言ったのではないとは分かっていたし、
その場にいた大人達もそれはお見通しだった。
エドワードにしても、
弟に言われなくても分かっているのだが、なんだかどうしようもなく「面白くない」。

アルフォンスの言葉にたいして、
わかってるよ、とはエドワードは言わなかった。
事の顛末を見守ろう、などと勝手に心を決めたらしい大人達の視線が
わずらわしくてしょうがない。


「そーだぞ、エド。
こういうときは早め早めの行動がいい」
訳知り顔なヒューズは、生真面目に眼鏡の奥の瞳を光らせて、
にやけ顔をかみ殺しつつも、エドワードをたしなめる。
余計なお世話だ、とエドワードは視線を逸らした。
逸らした先に、ハニィブロンドを正面から捉えてしまい、ぎくりとしてしまう。
しかし、
ウィンリィの姿を捉えた目を思わず逸らそうとしたエドワードは、
やはりぎくっと視線を固めてしまった。
目を見開く。そして、息を呑む。

エドワードが凝視した先は、
窓際に置かれたもみの木だった。その側近くで揺れる、蜂蜜色の髪。
隣の兄が思わず息を呑んだのを感じたのか、
アルフォンスもまた視線の先に鎧の頭をめぐらせる。
そして、ハタと固まった。

空気が固まったのは一瞬だった。
隣にいたはずの兄が、グラスをテーブルの上に叩きおいて、走る。
アルフォンスも慌てて後に続いた。
それに一拍遅れた形で、
シェスカの悲鳴に近い声が上がる。


「ウィンリィさん!?」



その声に気付いたのか、
リザとグレイシア、そしてエリシアも、声のほうを振り向く。

アルフォンスの目に、
さざ波をうつように床に倒れた金色の髪が映る。

「ウィンリィ!」

先に駆け寄ったエドワードは、
側にいたシェスカよりも早かった。
デコレーションされたもみの木の側近くに、体を投げ出すように倒れた彼女を抱え起こす。

「何があったの!?」

顔を蒼白にさせたグレイシアとリザの言葉に、
シェスカが泡を食ったように、急に倒れたんです、と声をあげる。

「ツリーに飾るものがあるって…言って、
そこの椅子の上に乗ったところで、ふら〜って……」

「…ウィンリィ!…ウィンリィ!…しっかりしろ!」
力を失った彼女の体を抱え起こして、
エドワードは叫ぶ。
ウィンリィの反応はなかった。

エドワードは焦ったように唇を噛む。
抱き起こした彼女の顔にしだれかかる金髪をかきあげて、
晒した頬を軽く叩く。
しかし、やはり反応は無い。

「ウィンリィ!ウィンリィ!…………ウィンリィ…?」


エドワードは彼女の顔を眺めて、
ん……?と妙な違和感を覚える。

表情を強張らせて集まってきた大人達も、
なんだか様子がおかしいということに気付き始めた。

彼女の四肢は力を失って床に投げ出されていたが、
表情はそこまで顔色悪くはない。
少しばかり色が白すぎるような気もしたが。


「ウィンリィさん………寝て、る?」


シェスカが恐る恐る、その疑いを口にして、
それは一気に確信へと変わってしまった。


薄く開いた唇から、規則正しい呼吸音が漏れる。
それは眠りの時の吐息だった。
エドワードは、ポカンと呆けた表情を浮かべる。

「こん…の……」

言葉が続かなかった。
安堵からか、エドワードは悪態つく言葉さえも出てこない。
ほっと肩から力が抜けるのを覚えて、
エドワードは、ようやく

その場の空気が氷解する。
慌てたように、シェスカがまくしたてた。
「わ、わ、私が悪いんです……!
ウィンリィさん、すごく飲んでて、止められなくて……」
言いながら、エドワードのほうをちらりと見る。

「な、なんだよ」

シェスカのもの言いたげな視線を感じて、エドワードはぎくりとする。
いえ、別に…と言葉を濁すシェスカに、
はは〜ん、と察しがいいのはヒューズだ。


「責任がありそうなのは、エドっぽいな」
「なんでオレが!」

不服そうに声をあげるが、
しかし、どこか後ろめたい気持ちも半分あって、
エドワードに勢いは無い。

「とにかく、休ませてあげましょう。
ちょっと飲みすぎちゃったみたいだし」
いつの間にかブランケットを手にしたグレイシアが
エドワードの側に立っていた。
ウィンリィの身体を包むようにしてそれをふわりとかぶせる。

目を硬く閉じたウィンリィはぴくりともしなかった。
白すぎるその表情を上から見詰めながら、
エドワードはひとつ息をつく。
そして四肢の力が抜けたウィンリィの身体を抱え起こした。
手を貸そうとするヒューズを、「いい」と制止して、
ウィンリィの背中と足の下に手を差し込んだ。
そして、ひょいと抱えあげて立つ。

「どこへ運びます?」
エドワードの問いに、グレイシアはこっちよ、と
ドアを示す。
エドワードは頷いて、先に歩くグレイシアのあとに続いた。
「あ、私も行きます」
慌てたようにシェスカもまたあとに続いた。
そんな様子を、一同は声もなく見守る。

グレイシア、ウィンリィ、エドワード、そして、シェスカを飲み込んだドアは
パタンと軽い音を立てて閉まる。


ひゅう、と揶揄半分に口笛を吹いたのはハボックだ。
その意味を汲み取ったのか、
アルフォンスはため息をついてみせた。
「……兄さんも、素直になればいいんですけれど…………」

なかなかで、と肩をすくめるように言うアルフォンスに、
ロイは軽く笑う。
「アルフォンス、お前も行かなくていいのか」

その言葉にアルフォンスは首を振る。


「ボク、兄さんに任せてるので」


何を、と言う問いに、アルフォンスはさぁ?と悪戯っぽい笑みを含んだ声で答えるのみだった。








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