堕ちた星にひとつ願いを。【1】
*2006年アニメカレンダー12月の絵のあてれこ…?のつもりがそれっぽくなくなりました。
エドウィン恋人同士前提で書いています。色々おかしいのですいません…。
『てっぺんにおほしさまをかざりたいの』
青い瞳をゆるゆると潤ませながら、
小さかった彼女がそう言ったのは何年前の話だったか。
ロックベルの家とよく行き来があった
エドワードとアルフォンスは、母と一緒に
クリスマスを幼馴染のウィンリィの家で過ごすことがあった。
それにあわせるように、自分にとっては年に一度の「イベント」もあったのだが、それはどこかオマケのような感覚があったような気がする。
母と、彼女の祖母がキッチンに立っている間に、
三人に課せられた使命は部屋の飾りつけ。
もみの木は、今思えば、そこまで背丈は高くはなかったのだけれども、
その頃のエドワード達にとっては、頭四つ分はゆうに高いその木は大きすぎた。
デコレーションのために、とウィンリィは様々な飾りを作って用意していた。
『これ、てづくり?』
舌たらずな言葉でアルフォンスは、
色とりどりのリボンや鈴を手にとって、ウィンリィにきく。
得意そうにウィンリィが頷くのを見て、
エドワードはばかだなぁ、と言ってみせた。
『れんきんじゅつだったら、こんなのかんたんにつくれるよ』
エドワードの言葉にウィンリィはむぅっと膨れる。
『なによそれ』
『しらねぇの?』
『しらないわよ』
なんでもできる魔法のようなものなんだ、とエドワードが得意げに言うと、じゃあ、これ、つくってみせてよ、とウィンリィがサンタを象った人形を示してみせる。
しかし、エドワードは、う、と言葉を詰まらせる。
まだ、べんきょうちゅうなんだよ、と言葉をにごすと、
つまんない、とウィンリィは口をへの字に曲げる。
『ごちゃごちゃいわないで、てつだってよね』
『へぇへぇ』
しかし、なんだかんだと言いつつも、
エドワードは、そういうパーティが嫌いではなかった。
部屋の中に漂うのは、母達の手作りの料理の匂いだ。
それが、部屋にふんわりと充満していく。
音もなく雪降る夜、
ツリーはどんどん華やかに飾られていく。
そして、最後に残ったのが、星だった。
ウィンリィは背伸びをして、ツリーの頂上に飾りつけようとするのだが、どうしても届かない。
『てっぺんにおほしさまをかざりたいの』
ウィンリィは泣きそうな顔をして、
エドワードとアルフォンスを見る。
アルフォンスはもちろん、
エドワードにも、ツリーの天上に手を伸ばすのは無理だった。
『おとーさんがいてくれたらよかったのに』
ウィンリィはぽつりと漏らす。
『おとーさんだったら、せがたかくて、
ツリーにもかんたんにてがとどいて、
ほしをてっぺんにかざってくれるわ』
あたし、おとーさんみたいに背がたかいひとがすきだわ、
とウィンリィがむくれたように言うので
エドワードはなんだか面白くなくて
むっと口をへの字に曲げる。
しかし、どこか泣きそうに瞳を潤ませている彼女の
両親の事情を知っているだけに、それ以上は何もいえない。
『あともーちょっとでとどきそうなのに』
エドワードは背伸びして、ほしの象りを持った手を
天上に伸ばす。
『アル』
『なに』
『ちょっと、ここに、のれ』
『なんで』
アルフォンスは不思議そうに首をかしげた。
エドワードは膝をつくと、
自分の背中を示す。
『うえにのって。…とどく、かも』
アルフォンスは多少躊躇したように言葉を一瞬なくしたが、
その側にたつウィンリィの顔をみると、
思いなおしたように、こくりと確かに頷く。
『まっててろ、ウィンリィ。…ほし、のっけてやるよ』
不安そうなアルフォンスの表情と、
泣きそうなウィンリィの表情とを、
交互に見比べながら、
そんな表情を拭ってやるように、エドワードは強く言った。
堕ちた星にひとつ願いを。
「ぼんやりして、どうしたの」
弟の声に我に返る。
エドワードは、え、と変な声を出して、
隣に立つ鎧姿の弟を見上げた。
部屋の中はひどく明るい。
窓の向こうは雪がちらついているというのに
ひどく対照的な明るさ、そして、暖かさだった。
窓の隣には、デコレーションされたもみの木が飾られている。
そして、その天上には、金色の星。
「んー…」
エドワードは言葉を濁した。
そして、首を締めているネクタイを面倒そうに緩める。
それは、この家の主から無理矢理着ろと言われて
借りて着ているスーツだった。
「なにさ?」
アルフォンスは首をかしげる。
「や。昔、ツリーとか飾ったかなぁ、と妙に感慨深い気分に」
そういえばそうだね、と弟は笑うように相槌を打つ。
「ほら、お前達」
手伝えよ、と声を掛けるのは、
料理ののった皿をテーブルに並べているハボックだった。
へーい、とエドワードは心底やる気のなさげな返事を出す。
部屋の真ん中に置かれた長テーブルには、
よくクリーニングされて糊のきいたテーブルクロスがぴっちりと敷かれていて、
その上には湯気の立つ料理がいくつも並べられている。
「なんだなんだ?
そのやる気を失くす気の抜けた返事は」
どこかたしなめるように、くわえた煙草をくいっとくゆらせて、
ハボックは眉をしかめる。
「別に。いまさらクリスマスって気分でもねーなぁーと」
やれやれ、と言いたげにエドワードは肩をすくめる。
まぁまぁ、と彼をたしなめるのはアルフォンスだ。
「せっかくエリシアちゃんの誕生日も兼ねてるんだし。
ウィンリィも来たがってたし。クリスマスだし……」
わーかってるよ、と
エドワードは弟の言葉を遮る。
ハボックから皿を手渡されて、
それを適当にテーブルの上に並べ始めた。
半分以上はヒューズの惚気話から生まれた今日のパーティーに、
ちょうどセントラルに居たウィンリィも来たがって、
エドワードとアルフォンスはヒューズ宅にいる。
その他には、ヒューズの親友、もとい惚気話の犠牲になっているとも
いえるロイに、リザを始めとしたロイの部下達も顔を揃えていた。
「エード。アール」
唐突に呼ばれて、エドワードはとりあえず振り向く。
声は、幼馴染のものだ。
なんだ?と振り向いた先で、エドワードは固まる。
わぁ、と歓声をあげたのは、
隣で同じように皿を並べていたアルフォンスだ。
「ウィンリィ、どうしたの、その格好」
えへへ、とウィンリィは笑う。
「グレイシアさんから。着てもいーよって」
どこかはにかんだ表情を隠さない彼女が着ているのは、
黒のシルクドレスだった。
それは体のラインに沿って流線型を描いて、
艶やかに彼女を彩っている。
豊かなハニィブロンドをアップしているウィンリィは
どこかいつもと違っていた。
珊瑚色に光る唇がどこかまぶしくて、
エドワードは思わず見入ってしまう。
似合う? と聞いてくる彼女の背後から、
似合うよ! と元気よく声をあげたのは、
ヒューズの愛娘、エリシアだ。
彼女もまた特別に誂えたものだとすぐに分かる
花柄のワンピースを着て
ウィンリィの背後から彼女の足元にまとわりつくように
しがみつく。
「お姉ちゃん、綺麗」
ウィンリィは笑って、エリシアちゃんも綺麗だよ、と返す。
その言葉に、エリシアは嬉しそうに顔を赤らめた。
「これで揃ったわね」
グラスを配るのは、
やはりドレスアップしたグレイシアにリザだ。
グラスが回ると、ヒューズが乾杯の音頭をとろうと乗り出す。
やれやれ、また始まるぞ、と嫌そうな顔を隠そうともしないのは
ロイだ。
その部下はリザをのぞいて一同に苦笑いを浮かべる。
グレイシアのたしなめもあってか、
ヒューズの「惚気」はそう長くは続けられずに、
杯は交わされる。
「乾杯」
飲めないけれども、形だけでも、とアルフォンスが手にしたグラスに
、ウィンリィは軽くグラスをあてる。
そして、エドワードのグラスにも。
シェスカやリザやグレイシアのところにも寄るウィンリィを
ぼんやりと見ながら、エドワードは釈然としないものを
胸に抱えていることに気付く。
……なんだ、あれ。
しかし、思考は途中で分断される。
「よう、エド」
お前も似合ってるぞ、と笑いかけてきたのはヒューズだ。
ちんとグラスをあてられて、エドワードはそりゃどうも、と
素っ気無く返す。
そして、ちらりとロイを見上げる。
「大佐、アンタ暇なんだな」
「君ほどではないがな」
嫌味にも涼しい顔でそう答えながら、
ロイもまた、軽くエドワードのグラスに自分のそれをあてる。
「しかし」
ロイはさらりと言った。
「ロックベル嬢は本当に綺麗になったな」
彼の言葉を聴いて、
エドワードはグラスに口をつけながら顔をしかめる。
流し込んだ物がワインだった。
しかし、それの味に顔を歪ませたのではない。
この男が、さらりとこういう台詞を言えることが
エドワードには不思議でならなかった。
理解出来ない。この男の思考回路は一生理解出来ないだろうなと
エドワードはそう思い込んでいる。
「なんだその顔は」
ロイが本気で首をかしげる様子に、
エドワードは答えを持たない。
別に、と返す。
「女の子はいいよなぁ。
うちの娘もあと数年もしたらあんな風に――――」
すかさずヒューズがそう割り込んできたので
また始まるぞ、とロイは顔をしかめる。
「で」
「……『で』?」
空きかけたエドワードのワインに、グラスをあててきたのは、
今度はハボックだった。
「あの子とはうまくいってんの?」
「は?」
エドワードはいくぶんか垂れ目のその男を
ぽかんとした表情で見上げた。
またまたぁ〜と、にやけたハボックは
明らかにエドワードの反応を楽しんでいる。
「付き合ってるんだろ?彼女と」
エドワードは首をかしげる。
「彼女って誰」
「あの子」
指し示された先にいるものを見て、
エドワードはぶほっとワインを吹く。
きたねぇ!とハボックは身をのけぞり、顔を引きつらせる。
その横で、エドワードは盛大に咳込んだ。
吹いた拍子に気管に液体が流れ込んでしまったらしい。
涙目になりながら、
なに言ってんだ…!と声を上げようとするがうまくいかない。
その間にも、
ロイとヒューズは一様に面白いものを見つけたとでも言いたげな悪戯
っぽい表情を浮かべる。
「ほーほー。その動揺っぷりは……お…」
「ち、が、うッ!」
にやりと笑みを浮かべたヒューズの言葉を待たずに、
エドワードは叫ぶ。
「…大将、顔赤いぜ」
垂れ目を細めさせて、ハボックがからかう。
「これは、酒のせーだっての」
エドワードは慌てて顔を手の甲で払う。
「なんで、オレが、あいつ、と!」
兄がからかわれているところを、
弟のアルフォンスは、ただ見ているしかない。
見る影もなく動揺している兄を眺めるのは、
実は面白かったりする……なんてことをアルフォンスは微塵も表には
出さないけれども。
「あいつって、誰?」
げ、とエドワードの顔がひきつる。
それとは対照的に、「あの子」の登場に、にやりとこぼれる笑みを我
慢できないのは、エドワードをからかっている大人達だ。
「ウィンリィ」
言葉を継げずにいる兄に代わって、
アルフォンスが声をかける。
ウィンリィは首をかしげて、
大人たちと、そしてそれに取り囲まれるようにして立っている
顔の赤いエドワードを見比べる。
「ヒューズさん」
大人たちの中にヒューズの姿を見て留めて、
ウィンリィは軽くお辞儀をする。
「今日は本当にありがとうございます」
「いやいや、俺のほうこそ、ウィンリィちゃんが来てくれて嬉しいよ
。エリシアもすっごく喜んでいたし」
そう言いながら、ヒューズの目はちらりと泳ぐ。
彼の視線の先に、妻子の姿があるのだと分かって、
ウィンリィも笑ってその視線の先を追う。
長テーブルの対角線向かいに、
リザと談笑しているグレイシアと、
彼女の腕に抱えられているエリシアの姿がある。
「で。顔真っ赤だけど、大丈夫なの」
ぶっ、と漏れて出た笑いをかみ殺そうと必死なのはハボックだ。
エドワードはそれを軽く睨んで、
ウィンリィに、なんでもねーよ、とそっけなく返す。
ウィンリィはなんなの?と首をかしげて、
もしかして酔っ払ったとか?と訊くが、エドワードは応えない。
顔はまだ赤いままだ。
面白くて仕方ないという様子で
眺めてくる大人たちの視線に耐えられなくて、
エドワードはウィンリィのほうを見ることが出来なかった。
「いやいや。ウィンリィちゃんのその格好、
よく似合うなぁーって話をしてたとこなんだよ」
ヒューズがにやにや笑いながらも、
間を取り持つ。
え、とウィンリィはわずかに頬を赤らめながら、
少しばかり小さな声で、ありがとうございます…とはにかんだように
礼を口にした。
ヒューズの隣で、ロイは
ちらりとエドワードを見るとはかったようにさらりと言う。
「いや、本当によくお似合いだ。
……なぁ、鋼の」
…なんでオレに話を振るんだ。
このクソ大佐、とエドワードは恨みがましく彼を睨んだが、
ロイは涼しい顔だ。
ヒューズと並んで、自分の反応を楽しんでいる。
ウィンリィはというと、
はにかんだまま、小さく礼の言葉を口にする。
なんだか面白くない。
エドワードが内心もやもやしたものを抱えながら、
そんな彼女を見ていると、
不意にウィンリィとパチリと目が合う。
…誰だ、これ。
そこに知らない彼女がいる。
普段は、機械鎧のことばかり口にしていて、
こういうことには全然興味なさそうなのに。
どうしたことか、面白くなかった。
だから、気がついたら口について出ていた。
「似あわねー」