【1】
それはどこからやってくるの?
どうやってできるの?
どうしてできたの?
小さい頃、お母さんやお父さんに聞いたことがあったっけ。
もうずぅっと、ずぅっと、ずぅっと、
小さい頃の話。
お父さんもお母さんも、
あたしの質問に、なんて答えてくれたか、
もう覚えていない。
ずぅっと、ずぅっと昔の話。
ずぅっと、ずぅっと先のことだと思ってた話。
I do
白い布地は
マシュマロのようにしっとりとしていた。
柔らかで心地良い感触を指先に伝えてくる。
丹念に布をのばしながら、
針を握ったウィンリィの指は
機械のような正確さで、糸を縫いつけていく。
「ウィンリィお姉ちゃん、すごい……」
脇で同じように縫い物をしていた少女が、感嘆の声をあげる。
「えー…そ、そうかな?」
ウィンリィは慌てて、照れたように笑った。
リゼンブールのロックベル義肢装具屋には
今日もまた変わらない一日が流れようとしていた。
仕事の合間をぬうようにして
ウィンリィは、いつもとは少し案配の違う「物」を
整備室の作業台の上に広げている。
機械鎧の細かな部品や作業用工具の代わりに、
テーブルの上を占拠しているのは、
針や縫い糸、ハサミに布の山だ。
布と針と糸の山に向かい始めて数時間。
ウィンリィの手の中で、それらはひとつの「物」として形を成していく。
背中を並べるようにして
ウィンリィの隣で、小さな赤い造花に針を通していた少女は
ウィンリィの手際の良さに感嘆したように、
くりくりとした黒い目をまるくする。
「あたしのお姉ちゃんよりずっとずっと上手いよ」
なんでそんなに早いの、と少女は心底感動したように
甲高い声をあげた。
ウィンリィは少しばかり照れたように
少女に笑顔を向けた。
「ありがと」
小さくはにかんでそう告げて、
ウィンリィはまた視線を手元に戻す。
裏返した白い布地に、ふつりと銀の針をあてる。
白い糸でちくちくと縫いとめていく作業は
とても単純で、頭を空っぽに出来た。
そう。
それは、ずぅっと昔、
ずぅっと先だと思っていたこと。
ウィンリィは少女に知られないように、
こっそりと眉を顰める。
考えたくない。
考えたくない。
だから思い出せない。
思い出せない振りをしている。
「明後日に、間に合いそうだね」
造花とにらみ合いをしている、
友人の妹に、ウィンリィはとりとめなく話しかける。
「うん、そうだね…!」
少女は無垢な返事をする。
しかし、ウィンリィは
その返事を最後まできいていなかった。
ふと顔をあげる。
少女と自分以外は誰もいない整備室。
祖母は今日はいない。
愛犬も、いつの間にか姿を消している。
部屋に据えた時計がカチカチと規則正しく時を刻んで、
もうすぐ午後三時になる。
刺すような日差しは徐々に柔らかく、
整備室の窓から床に零れ差し込んでいた。
そんな、変わらない、この部屋での日常。
しかし、ウィンリィの中で確信は不意に生まれた。
それは、直感だった。
「ウィンリィお姉ちゃん…?」
突然手の止まったウィンリィに、
少女が訝しげに首をかしげたときだった。
表が騒がしい。
誰か、いる。
不意に頭をもたげた限りなく直感に近い予感に
ウィンリィは驚いていた。
(そんなはずない)
なのに、確信している。
整備室のドアがガチャリと開かれる。
そして、ひょっこりと姿を現す二人の男。
「……」
ウィンリィは目を丸くしているしかなかった。
「ん?」
入ってきた二人は、ただいま、と言いかけて、
なんだ?とばかりにきょとんとした。
部屋の中は相変わらず雑然としていて、
機械鎧の部品やら工具やらが所狭しと並べられている。
彼女がいるはずの作業台に、
もちろん彼女はいて、
まるで予想していたようにこちらを凝視していた。
座ったままの彼女は、
目を皿のように丸くして次の言葉を継げずにいる。
ウィンリィは、おかえり、という言葉が出てこなかった。
(どうして?)
幼馴染が二人いる。
もうずっと小さい頃から一緒だった。
その二人は、今は旅をやめて、セントラルにいるはずだった。
時々ふらっと帰ってくるけれども、そう頻繁ではない。
長身の男がひとり、
そして、その男より少しばかり丈の低い男がもう一人。
「なんだよ。そんな驚くことか?」
幽霊でも見たような顔すんじゃねぇよと
男はむっと開口一番に口を尖らせる。
「別に腕は壊してねぇぞ」
そんな彼の言葉に、兄さんたら!と
背後の弟は整備室の扉を閉めながら
兄をたしなめる。
「エド、アル……」
ウィンリィはようやく口を開いた。
アルフォンスはウィンリィを真っ直ぐに見て、
にかっと笑う。
「ただいま、ウィンリィ」
少し遅れて、エドワードがぼそっと言う。
「タダイマ」
幼馴染二人。
二人の兄弟。家が近くで、小さい頃はずっと一緒だった二人。
その二人が、そこにいる。
どうして、急に帰ってきたのか
分からなかった。
まるで、何かを予感したように。察知したように。
ウィンリィはエドワードの顔を見上げる。
自分の顔が、蒼くなっていないか
確かめたかったけれども、今は鏡が無い。
「……おかえり」
「おう」
エドワードは口を曲げたまま、ぞんざいに頷いた。
「それなに?」
手にしたトランクを足元に置きながら、
アルフォンスが尋ねる。
彼の視線の先には、
ウィンリィの作業台の上に広げられているものがあった。
いつもとなんだか違う、と
エドワードもアルフォンスもそれとなく気づく。
ウィンリィの隣に座っていた少女が
得意そうに立ち上がった。
「あ……こら…っ」
ウィンリィが慌てて引きとめようとしたが
一歩遅い。
少女はウィンリィが手元に縫いとめておいたその白い布を
ふわりと広げる。
幼馴染二人は、ぎょっと目を見張った。
ふわっと、彼らの髪が
少女の起こした白い布の風に煽られて小さくなびく。
「ウィンリィおねえちゃんが作ったんだよ」
「はぁ?」
エドワード達は目をぱちくりとする。
少女はまだ歯の生え揃っていない舌足らずな言葉で
エドワード達に教えた。
「けっこんしきがあるの」
一拍の間の後、
アルフォンスがおそるおそる聞いた。
針と糸を握ったままのウィンリィと
ぽかんと口をあけたままの隣の兄とを見比べた。
少女が広げて掲げてみせたのは間違いなく
花嫁衣裳だ。
アルフォンスは率直だった。
「……ウィンリィ、結婚するの?」