chapter10
「…兄さん。ついたよ」
アルフォンスの言葉に、分かってるよ、と声が返ってくる。
アルフォンスは、隣の席に座るエドワードをちらりと見ながら、
はぁ、とため息をつく。
「…まだふてくされてるの」
「ちげーよ」
違わないじゃないか、とアルフォンスは
兄の顔を見ながらまたため息をひとつ落とす。
「あいつぅ…ほんと、昔から誘ってんのかっていうくらい
意味深なことしたり言ったりするくせに、肝心なとこでいつも逃げやがる」
ウィンリィにフラれた直後の兄は話しかけられない位に意気消沈していたが、
時間が経つにつれて兄は
なんでオレがフラれなければならないんだ、と逆ギレし始めていた。
「最初から誘い受けかっていうほどアピールしてたのはあいつだぞ」
無意識か意識してか知らないけれどな、とエドワードはぶつぶつ言っていた。
「…だいたい、最初のキスもだな、あいつがやれって言うから……」
……そういうのは特別な人とやるもんなんだ、
と言ったのに、あら、あたしとは嫌なわけ?とウィンリィは怒ったのだ。
「なのにあいつは、オレに唇奪われたーだのあることないこと付け足して!」
「………それが、ファーストキス…?」
ウィンリィの口ぶりから兄が無理矢理奪ったことを想像していたアルフォンスは
呆れたような目をしてエドワードに確かめると、
そうだよ!とエドワードは半ば自棄になりながら答える。
「唇奪われたのはオレのほうだっての……」
そう言いながら、
エドワードは昨夜のウィンリィの部屋での出来事を思い出してしまって
不意に言葉を失う。
憎たらしいくらいに生意気な幼馴染にしか思えないのに、
時折反則くさい位に可愛いと思ってしまう時があって、
それが交互に押し寄せてくるから叶わない。
「……何が『無理よ』だ。体はそう言ってないくせに」
アルフォンスはそれを聞いて、
一体何したんだよ…と半ば呆れたような苦笑いを浮かべたが、
エドワードは気づかない。
もちろんエドワードは何もしていないし、
ウィンリィの態度のことを言ったに過ぎなかったが
アルフォンスに余計な誤解を生んだことをエドワードは知らない。
「で。行くんでしょ」
アルフォンスはちらりと視線を投げる。
視線の先には、婚約パーティーの会場となっているホテルだ。
既にホテルの周りには、
シン人らしき複数の黒尽くめの男がうろうろしている。
ホテルの入口からわずかに離れたところにとめた車の中から、
エドワードとアルフォンスはずっと様子を伺っている。
辺りは既に暗くなり始めていて、
ぽつぽつと明かりが入り始めている。
「おう」
アルフォンスの問いに、エドワードは当然、と頷く。
その力強い頷きに、アルフォンスは試しに聞いてみる。
「ねぇ、兄さん」
「アルは、後方頼むぜ」
それは分かってるけど、とアルフォンスは頷いてから
コートを羽織って車の扉に手をかけようとする兄に言葉を投げた。
「…またフラれたらどーすんのさ」
兄の話によれば、その中身がどうあれ、
兄は形式的にはもう2度振られている形になっているのだ。
少しは不安感をもったらどうだろう、とアルフォンスは呆れつつ訊いてみたのだが、
エドワードの答えは明瞭に投げ返された。
「あいつに、選択権はねぇよ」
そんな無茶な、とアルフォンスは言いかけたが、
兄の背中は既にホテルの中へと消えかけている。