小説「Choice」
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chapter8






その1日前のことだ。


エドワードは父であるホーエンハイムに呼び出されていた。

書斎の出入り口前に立つ息子に、
ホーエンハイムは、読んでいた本から目を離さずに言う。
「…かぎまわられているぞ」

誰に、とは言わなくても、エドワードには分かっていた。

「あのシン人が石を持っているのは確からしいな」
ああ、とエドワードは短く父の言葉に同意する。

「そして、ロックベルの娘の手の中にある」
「………」

エドワードは父の言葉に少しばかり目を逸らした。
ホーエンハイムは、本に目を落としたまま、
ぽそりと言った。諦めろ、と。

「その石が本物だという証拠もない。
わざわざ事を荒立てるな」
お前のやっていることは全部分かっているぞ、という風に、
ホーエンハイムはようやく顔をあげてエドワードをにらみつけた。



あのパーティー会場でウィンリィと別れたエドワードは、
アルフォンスとともにある計画を練っていた。
ヤオ家とロックベル家が婚約披露のパーティーをするその夜に、
賢者の石を持ち去ってやろうという計画だ。
衆目にさらされた状況でその計画を実行すれば
ウィンリィには迷惑をかけない。
ヤオとロックベルの怒りの矛先は、
ホーエンハイムの息子であるエドワードだけに向けられるはずだ。
そして、パーティー会場に持ち込まれるだろう大量の酒を、
エドワードは狙っていた。
持ち込まれる現場を押さえて、通報する。
事前にマスタングに連絡を入れてある。
その現場を押さえてもらえば、パーティーの場は混乱するに違いない。
それを、エドワードは狙っていた。

一歩間違えれば殺されるよ、というのは弟のアルフォンスだ。
『ファミリー全部を敵に回すことになるけど?』
それにさぁ、とアルフォンスは兄の計画を呆れながら言った。
『通報とかって…間違えれば僕たちも捕まっちゃうじゃないか』
いいんだよ、とエドワードはさらりと言う。
『捕まらなければ』
そんな無計画な、とアルフォンスは思ったが、兄は言うことを聞かない。
どこにそんな自信が出てくるのやら、とアルフォンスは呆れつつ、
もうひとつ気になることを訊いてみた。
『兄さん…ウィンリィには何か言ったの』
う、とエドワードの表情が固まる。
アルフォンスはやれやれ、とため息をついた。
『……そんな計画立てておいて、肝心のウィンリィが拒絶したら元も子もないじゃないか』
『わ、…わかってるよ』
弟の呆れたような視線が痛かったが、
ウィンリィの同意さえ得られればあとはマスタングと連絡を取って
パーティー会場に侵入するだけだ。


だが。

エドワードはわずかに息を呑んで、
広い書斎の真ん中で机に向かう父を睨んだ。

父に、全てバレている。そう、直感が告げていた。
しかし、
事を荒立てるな、という父の言葉に、エドワードは否定の言葉を返した。
ホーエンハイムを真っ直ぐに見返すエドワードの目はどこまでも頑なだった。
意思を介在した強い色の瞳に、
しかし、ホーエンハイムも負けてはいない。

「お前は分かっていない。
今、この街がこの状態でいられるのは、この均衡状態を崩さないように
私が力を尽くしているからだ」
セントラルの水面下には手に余るほどの組織が暗躍している。
それを、ホーエンハイムは金とその影響力でもって圧力をかけている。
潰されないように、潰さないように、バランスをたもっているのだ。

「ロックベルの動きは計算内のうちだ。
お前が勝手に動くのは許さん」
「オレはあんたの部下じゃない。命令される筋合いは無い」
ホーエンハイムは息をひとつついた。

「部下だったら、とっくに殺している」

エドワードは息を呑む。
顔をあげた父の眼鏡の奥からのぞく眼光には、言いようの無い覇気があった。

「あんたは、オレを」
エドワードはゆっくりとかみ締めるように言葉を継ぐ。
「…後釜に仕立てたかったみたいだけど。
オレはそんなのごめんだ」

そういい捨てて、出て行こうとする息子に、
ホーエンハイムは声をかけた。

「錬金術など、まやかしだ」

エドワードは扉のノブに手をかける。
白塗りの扉は、木製のはずなのに、ずしりと重かった。
廊下に出ようとするエドワードの背中に、
ホーエンハイムの言葉は落ちて、消えた。
「賢者の石など、存在せんよ」

しかし、
扉は、かしぎながらエドワードを飲み込んでまた閉まった。




その二日後。

婚約パーティの会場となるホテルの前に、
一台の黒塗りの車が音も無く滑り込む。





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