■火曜日■ 手紙はやはり来ない。エドワードはまた、まるで通過儀礼のように彼女にそれを告げる。彼女の落胆を見るのは、自分が辛かった。 彼女の衰弱ぶりは日ごとに増していく。エドワードは図書館で、物理学ではなく、医学書を漁り始めていた。身体のだるさに、発熱に、食欲不振、嘔吐に吐血。あてはまる症例は多すぎて、エドワードには判断が出来ない。医者に任せればいいと思うものの、アテにならないように思えた。事実、やってくる医者は薬は処方するものの、安静にするようにと言うだけだった。 手紙を運ぶついでに、食事を運んでも、彼女は要らないと言うばかりだった。 「食わなきゃ、おまえ、本当にやばいよ」 「あたしは、大丈夫だもん」 ピナコが作った料理をテーブルにおいて、エドワードはため息をついた。 「頼むから」 食ってくれよ、とエドワードは懇願するように彼女を見た。しばらく押し問答のように睨みあって、それから彼女は何事か思いついたように口を開いた。 「食べたら、何してくれる?」 は? とエドワードはぽかんとする。 ベッドから上半身を起こした彼女は、何かを希うように、淡々とした表情でエドワードを上目遣いに見上げてくる。部屋の中には二人きりだった。 「………オレ、そんなに、似てるんだ」 彼女は素直に頷いた。 はは、と自嘲的な哂いを口元にこぼしながら、エドワードはベッドに座っている彼女に近づく。 「……抱いてほしいってか?」 言葉にするのはあまりに簡単だった。 半ば冗談めかしてそう言えば、彼女はそれにも素直に頷いた。エドワードは心底不快そうに眉をしかめた。 「嘘つくなよ」 「嘘じゃないわ」 ハ! とエドワードはなおも笑った。ベッド脇の椅子に腰をがたんと下ろす。 「嘘だね。……あんたは、嘘ばっかりだ」 む、と彼女の頬が朱色に膨らむ。 「オレがあんたの服に手ぇかけたら、あんた絶対に騒いで名前を呼ぶよ。あんたの男の名前を。でも、それはオレじゃないんだ」 冗談はやめてくれ、とエドワードは怒ったように言った。そして、飯を食ってくれ、と。 「会いに行くべきだわ」 ピナコが作ったおかゆを一口含んだあと、彼女は言った。 「生きてるなら、会いに」 無理だよ、とエドワードは答えた。分かってくれ。それは、もう、無理なんだ。 「生きてて、住んでる場所も知っているんでしょう? なら、どうして?」 「生きてても、会えないことだってある」 分からない、と彼女は首を振って、エドワードを責める。 「すきなんでしょう?」 嗚呼、とエドワードは眩暈を甘受する。 彼女は自分にとってなんだった? 幼なじみで、家が近所で、昔からずっと遊んでいて、手足を失ってからは機械鎧の整備師で……。「おかえり」と言ってくれた、彼女。 (いまさらだ) 眩暈がしていた。顔が似ている彼女に言われて、それはもしかしたら生まれて初めて、言葉として、名前を与えられた感情なのかもしれなかった。 どうしてこんなところで思い知らされなければならないのだろう。目の前にそっくりな彼女がいて。しかし、「彼女」ではないことを、これほどにまで痛く実感する。 「ああ」 エドワードは低く呟いた。 「……すきだよ」 告白しながら、絶望する。目の前の彼女ではない。「彼女」が。 エドワードの確信に満ちた低い呟きを聞いて、彼女は、もうそれ以上何も言わなかった。ならいいのよ、と。それだけを言って。 |