■Chapter:11 「警察からです」 マアサは不安げに顔色を蒼く変えながら、紙切れを一枚、主人であるエルヴィンに渡した。エルヴィンはのんきな口調でありがとう、と答えると、彼女からそれを受け取る。 「なんです?」 ハンスはフォークで目玉焼きを突付きながら、紙切れを見入るエルヴィンに問う。エドワードもウィンリィも同じようにエルヴィンのほうを見た。 「ふーむ……」 紙片を見つめるエルヴィンの表情が一瞬曇ったのを、エドワードは見逃さなかった。しかし、エルヴィンの顔色が変わったのは、本当に刹那の瞬間だけだった。彼はへらりと顔を緩めて、紙切れをハンスに渡す。 「お尋ね者らしい」 「お尋ね者?」 「最近この土地にやってきた若い女を捜しているそうだ」 「若い女?」 首をひねって、ハンスは紙切れに書かれた字面を追い始める。 「何をしたっていうのかねぇ、探されているその女の子ってのは」 「十代から二十代くらいの金髪碧眼の女……」 えー…とハンスは冗談めかして笑う。 「これってまさか、ウィンリィ?」 え、とウィンリィが目を見張る前に、エルヴィンがあっはっはっは!と笑い出す。 「確かに、ウィンリィは金髪碧眼で二十代になったばかりの女、だなぁ」 そう言って、ちらりとウィンリィを見やる。えええ? とウィンリィは驚いたようにエルヴィンを見つめ返した。 「あたし、ですか!?」 「少なくとも、私の目の前にいる該当者は君だけど」 「まんま、だよな」 エルヴィンの言葉に、ハンスが頷く。それに対して、エドワードは顔をしかめた。 「ばかばかしい」 もくもくと食事を続けながらそう言い捨てたエドワードに、その場で食事をしていた三人は、お?と目を見張る。 「金髪碧眼の女なんていくらでもいるだろ。ちっとは外に出ろよ」 「おーおー言うねぇ」 にやりとハンスは笑う。 「やっぱりエドワードはウィンリィのことになるとこうだからなぁ」 はぁ? とエドワードはさらに顔をしかめた。もぐもぐと口を動かしながら顔を険しくさせる様は、まるでとんでもなくまずいものでも食ってしまった、という按配にも見える。 「何の話だよ」 「またそこでスットボケるなって。なぁ、アルフォンス?」 そういいながら、ハンスは向かいに座るアルフォンスに目配せする。同意を求められたアルフォンスは、困ったように笑みを浮かべる。 「まぁ、今に始まったことでないし……」 エドワードにとってはあまりフォローになっていない、しかし極めて真実を率直に述べたアルフォンスに、エドワードは気に入らん、とばかりに睨みつける。 「だから、何がだよ」 まだ言うか、とハンスはさらにニヤニヤ笑った。からかうのが楽しくて仕方がない、といった按配だ。 「エドワードがいかにウィンリィに夢中かどう……うぉわぁあ!?」 ハンスの言葉はエドワードが斜めに投げたフォークによって遮られる。 「あぶねぇ! 殺す気か!」 エドワードが投げたフォークはハンスの頬をかすって、背後の壁に激突する。顔を青ざめさせながらハンスは怒鳴ったが、エドワードは動じない。 「お前、朝からうるさいんだよ、少しはそのお喋りを慎め」 あっはっはっは! とのんきに笑うのはやはりエルヴィンだ。朝の食卓の平和が乱れているというのに、まったくもって動じていない。 「君たちが来てから、毎日が愉快だよ」 なんでそうなるんだ、とエドワードはゲンナリして、この能天気な科学者を見る。しかし、向かいのウィンリィがガタリと椅子をおしのけて立ち上がったので、はっとして顔をあげた。 「……ご馳走さまでした」 ウィンリィは静かにそれだけを言って席をたつと、ダイニングルームをあとにする。 「珍しい……」 彼女が部屋から立ち去ったあとをきっちり見送ってから、ハンスはぼそっと言った。 「俺、ウィンリィが怒るかと思ってたのに」 「怒らせるかもって思って言ってんのか、てめぇ」 おいおい、とエドワードは苦虫を潰す思いで斜め向かいのハンスを睨みつける。 「だって、お前もウィンリィも反応面白いんだもの。からかいたくなるのが世の人情ってもんだろ」 「頼むから意味がわかる言葉でしゃべってくれ」 「これ以上どう分かりやすくしろと? 君がいくら物理学専攻で俺が文系出身でも、これ以上は無理だぜ?」 お前ら二人ともわかりやすすぎるんだよ、とハンスは目玉焼きを口にぺろりと入れながらそう断言した。そしてお決まりのようにアルフォンスを見る。 「な、アルフォンス」 アルフォンスはさらに困ったように苦笑いを浮かべた。 「でもねぇ、エドワード君」 三人のやりとりを耳できいていたのか、唐突にエルヴィンの言葉が割って入ってきた。彼は新聞に目を走らせながら、片方の手で湯気の立たなくなったコーヒーカップを手にとった。 「君がウィンリィに惚れるのは勝手だし、惚れるのも無理はないけど……」 な! とエドワードは唐突に降ってわいたエルヴィンの言葉に顔を赤くさせる。 「ち、ちがいます、教授……!」 やっぱり教授もわかりますか! とハンスが顔を輝かせるのと、顔を赤くさせてエドワードが彼の言葉を思いっきり否定するのはほぼ同時だったが、エルヴィンはどちらの話もさして重要ではないと言いたげにおっとりと言葉を継いだ。 「彼女は私の恋人だから、横恋慕は困るよ」 |