■Chapter:8 「女の子?」 エドワード達はさらに驚いたように顔を見合わせた。助手に女? この研究分野に女性はまだまだ珍しかったのだ。大学構内でも本当にわずかしかいない。 誰だろう? とエドワードとハンスは頭をめぐらせた。ベルリン大で、理学部から推薦が貰えるほどの論文を書く女性なんて、限られているに違いないのだ。 「紹介しよう、もうひとりの助手だ。……入りなさい」 エルヴィンの呼びかけに一拍の間があった。そしてカチャリとドアノブが回される音がする。エドワードはなんとはなしに、ソファに腰掛けたまま首だけを回すと、エルヴィンが見ている背後のドアに視線を投げた。 押し開かれたドアの向こうに、揺れる金髪を見て、エドワードはドキリとする。 いつもどこか探していた。気になっていた。こんな所にいるはずがないと分かっているのに、いつも目は「彼女」の面影を追っている。 最後に会って二年の月日が流れていた。そして、もう二度と会うことは無い「彼女」。 だから、エドワードはその時も、そんな自分を自嘲し、ふつりと心を切るようにして落ちる自分の感傷に蓋をしようとする。「彼女」はいるはずがないのだから、何を驚いているんだよ、と。 安心しきっていたのだ。 「お呼びですか? 先生」 透る声に、身体が反応した。え、とエドワードの金色の瞳は、考えるより先に、皿のように丸く見開かれる。 「ああ。こんな夜にすまないね。君に新しい助手仲間を紹介しようと思ってね」 ソファに座ったまま全身を硬直させたエドワードなど気にすることなく、エルヴィンは、その声の主に入るように促す。 どこか控えめな足取りで、その少女はエドワードの前に現れた。 「紹介しよう。君達と同じで、私のサポートをしてくれている女性だ」 部屋の中ほどで立ち止まったその女に、エルヴィンはもっと近くに寄るように、と手招きする。控えめなその女は、はにかんだように珊瑚色の唇をきゅっと結んで、距離を縮める。 似すぎていることに、隣に座ったアルフォンスも気付いていた。兄と同じように目を丸くして彼女を見つめる。そんなエルリック兄弟に、なんだ? とばかりに不思議そうな顔をするのはハンスだった。 エドワードはソファに座ったままだ。礼儀も忘れて、その女の顔をマジマジと見上げた。 喉がカラカラに干上がっていくのを抑えられなかった。そんなはずはない、と習慣的にすらなっていた己の思考を打ち消す確信が、ガラガラと音を立てて崩れていく。 (なぜ?) 清楚なロングワンピースに、腰の近くまでおろした長いハニィブロンド。懐かしい故郷の空の色と同じ瞳が、エドワードを見てくる。 (そんなばかな) なぜ、彼女がここにいる。 女は顔色を蒼白に変えたエドワードに、一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、礼儀にのっとって、何事もないようにすました顔で唇を開いた。 「はじめまして」 「……」 お愛想に浮かべた笑顔すら、エドワードにとっては眩しかった。いつもどこかで想っていた。置いてきてしまった彼女の欠片を、この世界でつい目に追ってしまっていた。 いるはずがないのに。 しかし、笑顔とともに、彼女は名前を口にした。エドワードは黙ってその笑顔を受け止めた。自分がどんな顔をしているか、もう既に分からなかった。夢か現か。それすらも、動揺の海に呑まれて、ただ名前を告げる女を見つめることしか出来なかった。 彼女は、彼女の声で、彼女の唇で、その名を告げた。 愛しすぎるその名前を。 |