■Chapter:7 気が付けば、辺りは白い霧がかかったように霞んでいる。そして、ロイの前には、複雑な紋様が刻まれた巨大な扉があった。 「これ、が……」 左目を見開きながら、呆然とその門を見上げる。話だけなら、ちらほらと聞いてはいた。当然ながら、間近で見たことはない。 「……ロックベル嬢」 は、とロイは気が付いて息を呑む。いつの間にか、目の前に、ウィンリィが居た。 白い靄がゆるゆると晴れていく。それなのに、なぜかそこは、白い光が足元から溢れていた。ロイは眩しさのあまり少し目を細めるが、自分の目の前に立つウィンリィを真っ直ぐに見つめた。どこか怖いほどに白すぎる肌をした彼女もまた、真っ直ぐにロイを見つめた。 彼女が立つすぐ背後の門が、ゆっくりと左右に開いていく。それを感じ取ったのか、ウィンリィは泣き出しそうな笑みを浮かべた。 「今さらこんなこと言えたものじゃないけれど」 「……」 ロイは一歩彼女に近づく。扉がどんどん開いてく。漏れ零れ始める白い光は、彼女のハニィブロンドのような黄金色にも似ていた。 「……ごめんなさい」 ロイはゆっくりとひとつ、首を横に振った。 「……いいんだ」 低い声でそう返すと、ウィンリィはどこか困ったように、口元に笑みを小さく浮かべた。 その儚げな笑みに、ロイは落ち着かなくなる。何かの確信を、確約を掴みたくて、思わず手を伸ばす。 「約束してくれ、ロックベル嬢」 「……」 片手を伸ばし、ロイはウィンリィの手を握った。 扉が開いていくにつれて、ウィンリィの姿が透き通って希薄になっていくように見えた。それに焦りながら、ロイは言った。 「生きてくれ」 「……」 ウィンリィは怪訝そうに首をかしげた。 「私は命乞いをしているのではない。……ただ、君の無事を願っている」 焦ったように言葉を並べ立てるロイを一瞬だけ怪訝そうに見上げたウィンリィだったが、彼の言葉を最後まで聞き届けて、承知したとばかりにコックリと首を縦に振った。 ごめんなさい。 二度目の謝罪の言葉が音を作る前に、ウィンリィの姿は白く溶けた。握っていたはずの彼女の手の感触が儚く消えていくのをロイはただひたすら指先の中で追いすがるしかなかった。 彼女が消えた先から、黒々とした空気がそろりと足元を忍び寄る。 ロイは息を呑んだ。光が零れる扉の向こうから、ずるりとひとつ、手が現れる。しかし、ロイの鼻先までずいと伸ばされた黒い手は、ロイに触れるほんの手前で止まる。ちろちろと蠢く五本の指先が、ロイを絡めとろうとあがくが、寸でのところで彼には届かない。 (ここからが、正念場だ) ロイはごくりと唾を飲んだ。扉の手前で起こる現象を、ロイはかつてエドワードから簡単に聞いたことがある。彼が国家錬金術師資格試験を受けるよりも前の話だ。 『アルが飲み込まれていくのが見えた』 まだどこか幼さの残る声がロイの脳裏に鮮烈に蘇る。 『黄色い光に包まれて、そして、気がついたらオレも扉の前にいたんだ。扉の中に吸い込まれたらおしまいだと、本能的に思った。だけど、オレの前に現れたのは……』 ロイの前に、扉はまだ開け放たれたままだ。そして、招き入れるように現れる幾数もの黒く細い腕は、ロイを絡めとろうと躍起になって足掻いている。 ロイとウィンリィに与えられた時間は二週間。その間、ロイはずっと、錬成を続けていなければならない。ウィンリィを錬成する人体錬成を。錬金術の基本は、理解・分解・再構築だ。術の段階が「再構築」へと移る前の段階で、ロイは錬成反応をずっと止めておかねばならない。「分解」で終わらせることも出来ない。「分解」で終わらせれば、錬成対象のウィンリィは死ぬ。そして、ロイにはリバウンドがやってくるかもしれない。 だから、この二週間は正念場なのだ。 ロイは息を飲みながら、光に満ちた片目分の視界を睨んだ。 そろりと這い上がる黒い気配が、寒気に似ているとロイは気付く。光に洗われる視界の真ん中に、消えたウィンリィの代わりのように立つ人影を見て、ロイは絶句した。 「よぉ」 どこかおちゃらけていて、軽薄なノリの、しかし懐かしすぎる声が響く。セピア色になるまで焦がし続けた記憶が懐かしい匂いを薫らせながら、ロイの足先から頭の頂までを一瞬にして支配した。 ああなぜここにいる。 ロイは隻眼を瞠目させて、息を呑むことしか出来ない。 エドワードの言葉が響く。 『……オレの前に現れたのは、真理だった』 エドワードはそう言っていなかったか? 目の前に立つ懐かしい男が、その真理だというのか。 どこか絶望にも似た郷愁と愛しさがこんなにも残酷に身体をえぐる。それに瞠目しながら、ロイはぽつりと名を呼んだ。目の前の男に対して。 「…………ヒューズ」 |