■Chapter:6 ガタン、ゴトン、と列車はゆっくりと線路を走る。流れる景色をボンヤリと眺めながら、赤く雲と雪を染めていた夕焼けが夜の色になり代わるのをハンスは見つめた。 「知ってるか?」 窓の外を押し黙って眺めていたハンスが、静かに口を開く。 「リューベックの天女の話」 「……知らん」 ハンスの話は他愛がなく、たいてい実用性がない。しかし、いつ着くか分からない列車の旅の中で、エドワードはぼんやりと彼の話に耳を傾けた。喋っていれば寒さも忘れるし、いい暇つぶしになる。 「謝肉祭の初日に、天上から天女がやってくるんだ。この世のものとは思えない美しい女で、名前をセレストと言う。神の使いとして、地上の人間の生活を見守っているんだ」 「……」 エドワードはぼんやりとハンスの話に耳を傾けている。それは隣に座るアルフォンスも同じのようだった。うんざりするほど鈍い動作で、汽車はゆっくりと雪の中を移動し続けている。 「でもセレストはあるとき、地上の男に恋をしてしまう。男に心奪われたセレストは、自分の任務を忘れて、天上への帰り方が分からなくなるんだ。セレストが帰るには、背中の羽根が必要なんだけれど、彼女はそれを恋する男の手元に置いておいたことを忘れてしまうんだな」 「……で?」 「男はセレストを返したくなかった。だから羽根のことを黙ってしまうんだ。セレストは何かを忘れている気がするのにそれを思い出せないまま、男の子どもを身ごもる」 「………」 エドワードは少し眉をしかめた。妙なところで生々しい話になっていないか? と隣のアルフォンスを横目で見てみるが、アルフォンスはとりわけ気にした風もなく、ハンスを見つめて話の続きを待っている。 「だけど、謝肉祭の最終日に、セレストはようやく自分がなくしていた羽根と記憶を取り戻すんだ。帰るなと願う男に、帰らなければならないんだとセレストは説得しようとする。渋る男に自分が身に着けていたアクセサリをひとつ渡して自分の形見にしてくれと頼むんだ」 「それでどうなるの? セレストは帰ったの?」 アルフォンスが大きな瞳をくるくると輝かせながら、ハンスの話の続きを待つ。 「さぁ?」 ハンスはニヤリとわらう。 「えー…! そこで終わり?」 アルフォンスが唇尖らせる。 「まぁ、謝肉祭をみていれば分かるよ」 「そうなの?」 ふ、とハンスは笑んで、窓の外に視線を走らせる。雪舞う夜の闇がどこまで続いている。 「結末は、蓋をあけてみなければ分からない」 「?」 なにが? とアルフォンスが首をかしげたが、ハンスは笑った。 「御伽噺には裏と表があるってことさ」 |