小説:「最 果 て の 地 で 君 を 描 く 」
それは、たった2週間の出会いと別れでした。

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Chapter:4






■Chapter:4


「賞金?」
 ポカンとして、エドワードはラウエ教授の言葉を復唱した。そう、と教授はコックリ頷く。
「君がこの間提出した小論文あったろう。あれをね、プランク総長にお見せしたらいたく気に入られてね」
「はぁ……」
 目をパチクリとさせて、エドワードは教授の顔をまじまじと見つめた。
理学部の建物が並ぶ一郭に、ラウエの研究室はあった。呼び出されたエドワードとハンスは、唐突なラウエの話にぽかんとしながら立っている。研究室には数々の書物が所狭しと書棚に並んでいて、部屋の中のおおよそ八割は本棚で埋まっていた。まるで迷路にようになっている本棚と本棚の間を通ってたどり着ける部屋の最奥に、ラウエは座って待っていた。
「ハンス、君もだ」
 エドワードの隣に立つハンスは、複雑そうに肩をすくめた。
「教授。お言葉ですが、私の専攻は本来は法学でして……」
 いいにくそうに口を開くハンスに、ラウエは分かっているよ、とでも言いたげに片手を軽くあげてハンスを制する。
「まぁとにかく、総長も気に入られたことだし、ということもあってね。勝手をしたことは申し訳ないんだが、学会の学生論文審査に出したんだよ」
 そう言って、ラウエは机の引き出しから白い封筒を取り出す。中身を取り出して、エドワードに手渡した。
「で、その結果だ。君達の自宅にも届いていると思うのだが、見なかったかね?」
 気付かなかったな、とエドワードは首を振り、隣のハンスに紙片を手渡す。ハンスはざっと目を通したあと、それをラウエに返した。
「とにかく、賞金が出る。君達はそれを自由に使っていい。あくまで今後の君達に期待して、という意味の資金でもあるわけだが。……で、もうひとつ」
「……」
 エドワードとハンスは小首をかしげて教授の言葉を待った。
「今、政府の要請をうけて、学会で作っている研究チームがあるんだが。……人手が足りなくてね」
 ラウエは椅子に座ったまま、目の前に立つ二人の学生を交互に見た。
「学生の助手が欲しいと言ってきているんだが。君達はどうだろうという話が出ているんだ」
 特に、とラウエはエドワードを見た。
「君は奨学金で大学に通っていると聞いている。助手になれば給料も出るし、勉強も出来るし、いい話じゃないかなと思ってね」
「はぁ……」
 教授の言葉に、エドワードは言葉を濁す。
「君のほうはどうだ? ハンス。君が法学専攻というのは知っているから、無理に、とは言わないが」
 エドワードの隣に立つハンスは、なんとも言えない、と困ったように肩をすくめて、自分より頭ひとつ低いところにあるエドワードの顔をちらりと横目で見る。
「まぁ、君達にも事情はあるだろうし」
 いまひとつな反応しか見せない二人に、ラウエは努めて明るい声を出した。机の隅に置いてあるメモ用紙の束から二枚ほど紙片を破ると、それにさらさらと何事かをペンで書き付ける。
「その気になったら私のほうまで連絡してくれ。早ければ早いほど嬉しい」
 言いながら、教授はその紙切れを二人にそれぞれ手渡す。ありがとうございます、と低い声で二人は揃って言ってからそれを受け取った。

「で?」
「……で?」
 ラウエの研究室を出た二人は、並んで廊下を歩く。横に並んだ二人は、お互いにちらりと横顔を見る。
「どうするわけ?」
 ハンスの上からの眼差しを受け止めて、さぁ? とエドワードは肩をすくめる。
「オレより、そっちはどうすんだ? 法学専攻、なんだろ?」
 なんでよりにもよって理系にくるかねぇ、とエドワードはどこかバカにしたような口調で笑った。ハンスは元々は理学部に所属しているわけではなく、法学部からわざわざ出てきて講義を受けているのだ。
「しょうがないだろ。一般教養の単位落っことしちまったんだから」
「普通落とすか?」
 頭いいんだか悪いんだか分からねぇよ、とエドワードはやはりバカにした笑みを浮かべてハンスをからかった。
「で、全く畑の違う物理をとって、なぜか論文で賞金まで取るなんてな」
 ヤレヤレ、とエドワードは呆れたような口調で言ってみせた。
「俺じゃなくて、お前の話をしてるんだよ、俺は」
 不機嫌そうに口を尖らせて、ハンスはエドワードを軽く睨んだ。
「あー……」
 エドワードは両腕を組んで、どうするかねぇ、とポツリと呟く。
廊下に人通りは無い。石畳の通路はシンと冷えて、静かだった。しっかりと閉め切られた窓の外から、灰色の空が見える。
コツコツと足音を寒々しく響かせながら、エドワードは首をひねった。
「どうするかねぇ」
 エドワードには目的があった。しかし、今行き詰っている。これがその目的の繋がりになるかどうかは分からなかった。
「お前さ」
「何?」
「研究者にでもなるのか?」
「はぁ?」
 唐突な言葉に、エドワードはぽかんとハンスを見上げた。
「何で?」
「なんとなく」
 なんとなくだ? とエドワードは眉間に皺を寄せて首をかしげた。
「そういう話、エドワードは全然しないなぁ、と」
「そうだっけ」
「物理勉強してる理由もイマイチ、ハッキリしねぇし」
 あー……と、エドワードは一瞬だけどこか遠くを見るような目をする。目的ならあったはずなのに、いつの間にか、エドワードはそれを見失っているような気がしていたのだ。弟にはまだそれを言ったことはないけれども。
「そういうお前は?」
 質問されるのが、エドワードはどうも苦手だった。この世界に来て一番に感じていることだ。この世界を自分達の世界と決めた。しかし、未だ異邦人たる自分がいる。
聞かれるよりは聞いているほうが良かった。
 俺はなぁ、とハンスは頭をぽりぽり掻きながらボンヤリ答える。
「弁護士」
 ぶっ、とエドワードは噴き出す。
「てめぇ、笑いやがったな!」
 失礼な奴だ! とハンスはエドワードの頭を肘で軽く小突く。いてぇよ、とエドワードは笑ってやり返そうとするが、少し身長が足りない。
「本気だぜ。実は資格試験の申込も済ませてある」
 へぇ! とエドワードは驚く振りをする。
「試験っていつだよ」
「再来月」
 はん、とエドワードは鼻先で笑った。
「受かったら、何かおごってやるよ」
「じゃ、来月の謝肉祭で」
 はぁ? とエドワードは首をかしげてハンスを見上げると、彼はニヤニヤと笑っている。
「試験は再来月なんだろ! 人の話聞いてるか?」
 しかし、エドワードの言葉にはとりあわず、楽しみにしてるぜ、とハンスはヘラヘラ笑った。
ハンスと別れて、エドワードは雪の残る道をひとりで歩いて帰る。石畳の通りはまだ少し滑りやすい。白い息を吐きながら、慎重に歩を進める。理学部の正門の横に立つ守衛の傍を通りすぎて、鉄柵のすぐ横を走る歩道をゆっくりと歩いた。
ふと顔をあげれば、赤黒く煤けた煉瓦製の大学の建物の合間に、図書館の屋根がのぞいているのが見える。同じ敷地内だというのに、ずいぶんと遠い。
エドワードは視線を移して、雪残るストリートをボンヤリと眺めた。時折車が通るが、人通りは多くない。五、六歳位の子どもが三、四人ほど連れ立って、ゆっくりと歩くエドワードの横をすり抜けて駆けていく。キャッキャッと子ども特有の歓声をあげて通りの向こうに小さくなっていく子ども達の背中も、エドワードはボンヤリと見送った。子ども達が曲がった角は曲がらずに、エドワードは車の少ない通りを横断する。
通りを横断するときに、ちらりと横目で見た。エドワードとは直角右方向に走っていく子ども達の背中が見える。そして、彼らが向かう先のほうに、煤けた建物が見えた。ガラス張りの大きな窓がはめられているその建物は、店だ。しかし、明かりはついていない。店は去年からずっと、閉店したままだった。
エドワードはふと視線を戻した。見ないようにしていた。しかし、いつも視線がそこを追ってしまう。かつてカフェだった場所だ。エドワードはそこに一時期毎日通っていた。そこで出会った女性と、二週間、時間を過ごした。
(何やってんだろうな、オレは)
 エドワードは身をひとつ震わせて、コートを首元に寄せ合わせた。救いたくて、しかし救えなかったあの女性が、まだ、自分の心の中にいる。
彼女の死から、一年が経とうとしていた。








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■最果ての地で君を描く
劇場版鋼の錬金術師シャンバラを征く者 エドワード×ウィンリィ&ロイ

presented by 砂のしろ
template : A Moveable Feast

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