小説「Holy Ground」

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3章 暗転-9



ウィンリィを背後に庇ったまま、これだけの人数を相手するのは
至難の業だった。

エドワードは、
同時に襲い掛かってきた男三人の足元を錬金術で掬い、動きを封じる。
「…来い!こっちだ!」
二人を囲むようにして作られた男達の輪の一廓を崩して、
エドワードはウィンリィの手を引っ張る。
手を引いたまま、エドワードは走り出した。
追え! という声を背中で聞く。
エドワードは背後を振り返りながら、
一緒に駆けるウィンリィの様子を伺う。

……こいつ、こんなに足、速かったか?

エドワードの頭の中に、再び疑問符が落ちたが、
背後から追ってくる男達の怒声は程近いところで感じるので、
振り払うように走り続ける。
ウィンリィはエドワードの全速力に近い走りにも
特に苦にした風も無くついてくる。

人気の無いオルドールの裏通りの街並は、
表通りと違ってどこもかしこも寂れていて、
似たような建物が延々と続く。
まるで迷路だ、とエドワードは乱れ始めた自分の呼吸を自覚し始めながら、
閑散とした街並を彷徨うようにして視線を忙しくめぐらせる。
どこもかしこも人影一つない。
あの集団の一様の赤い目から見ても、
彼らがここの土地の人間であることは火を見るよりも明らかだった。
土地勘の無い自分が逃げおおせるのは難しい、と
エドワードは走りながらも思考をめぐらせる。

幾つもの角をとにかくめちゃくちゃに曲がりながら、
エドワードは逃げおおせる手は無いものか考えをめぐらせるが、
焦る思考は虚しく空転を繰り返すばかりだった。
似たような建物、似たような曲がり角を目で捉えながら、
ただひたすらにこの迷路のように行き詰る自分の思考に悪循環のように焦りだけが募る。先ほど乗り付けて憲兵を待たせておいた車の場所も、もうどの方向だったか忘れてしまった。ちくしょう、とエドワードは唇を噛みながら、ウィンリィの手を引っ張る。
「痛い。痛いよ、エド…っ」
唐突に、ウィンリィが音を上げた。
エドワードは思わず足を止める。
「わ、わり…」
慌てて、掴んでいた彼女の手首を離した。
足を止めたウィンリィは、わずかに乱れた呼吸を整えるように
膝に手を当て、深呼吸を繰り返す。
エドワードは、自分も呼吸を整えながら、
膝のほうに顔を向けて自分のほうを向こうとしないウィンリィをじっと見つめた。
そこへ、バタバタと石畳を駆ける複数の足音が近づいてくる。
ギクリとしたエドワードは、
ウィンリィを引っ張って壁際に寄せた。
壁に張り付くようにして、陰に身を潜める。
ウィンリィの気配を消すように、
エドワードは彼女の身体を壁際に抱き寄せた。
すぐそこまで近づいていた足音がまた遠のいていくのを耳で確認し、
ほっと安堵の息を吐くのもつかの間で、
エドワードはまた新たな違和感を覚える。

……なんなんだろ。この「感じ」。

ふ、と記憶が蘇る。
昨夜、何か水の音がする、と言っていた彼女の姿が脳裡に思い出された。
自分の横で無防備に寝息を立てていた彼女。
あの時、ずっと感じていたもの。
…何か、違う。

エドワードはウィンリィの両肩を掴み、ゆっくりと身体を離す。
「…エド?」
断片のようにただ落ちていた疑問符が、なにやら形を作っていく。
そんな、気がした。
「ウィンリィ…」
「何?」
エドワードは、自分を見返す彼女を真っ直ぐに見る。
口に出すのは、やはり躊躇われた。
こんな感覚、何か間違っている。
目の前の彼女は、確かにウィンリィの顔かたちをしているはずなのに。
「……お前…」
エドワードが口を開きかけた時だった。

「……いたぞ!」
静寂を切り裂くような声が、静けさに沈む街に恐いほどに響きわたった。

ち、と舌打ちするエドワードの前に、
赤い目の男達が集まりだす。


エドワードは男達を睨みつけながら、
両の手を合わせる。
軽い音を立ててあわせられる両の掌を離し、
その掌を今度は背を這わせていた壁へと軽くあてた。
蒼白い錬成反応の光に、男達は一歩あとずさる。
現れた長槍を軽く構えながら、
エドワードはぐるりと辺りを見回す。
建物と建物の間を走る細い路地の両の出入り口を塞がれた格好で、
エドワードとウィンリィは囲まれていた。
男達の壁を突破しない限り、逃げ場は無い。

「諦めろ。」

低い声で、男の一人が言った。
この集団のリーダーか何かだろうか。
エドワードは慎重に言葉を選びながら口を開く。

「何が、狙いだ。軍属の人間に対する暴動か何かか?」
じりじりと間合いを取るようにわずかに足を地面に滑らせるエドワードの腰には、
軍属の証である銀時計の鎖が揺れる。
「もし、そうなら…、狙うなら、オレ一人で充分だろ。」
「……オレ達はその女に用がある。」
にべもなく男は断言した。
「金髪に青い瞳。…まさに好都合だ。勅命にあった通りの人間だ。
ずっと待っていた。条件に合う人間をな。
……邪魔をするお前は、排除する。」

金髪に青い瞳…?とエドワードは困惑したようにウィンリィを伺った。
どこかで聞いたことのあるフレーズだ、とエドワードは思った。
しかし、今はそれどころではなかった。
男の手が再度振り下ろされる。
その合図に、両サイドから挟み撃ちするように
男達がエドワードめがけて走り寄る。

…ダメだ、一度に相手するには、数が多すぎる!

エドワードは両手をあわせ乾いた音を立てる。
膝をついて、両手で地面を叩いた。
どよめく声とともに、エドワードの視界は遮断される。
地面の物質を使って、エドワードは壁を錬成したのだ。
しかし、両サイドから駆け寄ってくる相手全員を遮断するのは無理があった。
錬成半ばでそれを中断し、
エドワードは背後から襲い掛かる相手を長槍で迎え撃った。
「ウィンリィ…!伏せてろ!」
ナイフで切りかかってくる相手をかわしながら、
エドワードは叫んだ。
金属音が耳に痛くつんざく。
武器を振りかざす男の手をしたたか槍で打ち、
ナイフを取り落としてひるむ男を蹴り飛ばす。
振り返りざまに横から襲い掛かる男も組み伏せるが、
次から次へと、倒れても男達はまた立ち上がって襲い掛かってくる。

キリがねぇぞ、と、舌打ちしたその時だった。
耳をつんざくような、一発の爆発音が辺りにこだまする。

それは、銃声だった。





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