「あら、エド」
エドワードの想像は当たってしまった。
車を降り立ったエドワードは、まっすぐにその金髪の後姿を目指した。
呼べば、髪を揺らせながらくるりと振り返る。
「なんでここにいるんだよ…!」
エレーナの屋敷に戻ったんじゃなかったのかよ…とエドワードはわずかに上がった息を整えながら、きょとんとした表情で自分を見るウィンリィに怒鳴る。
「なんでって…………観光。」
ウィンリィの答えに、エドワードは思わず肩を落とす。
「観光って…お前なぁ……っ!」
と、エドワードが息巻こうとするが、
ウィンリィはお構いなし、という様子で、エドワードの腕をがしっと掴む。
「いいところにいたわぁ、エド。
ちょっと、こっち!こっち来て。」
「ちょ……ちょっと待て…っ!」
機械鎧の右腕を引っ張られ、エドワードは慌てる。
足がもつれたが、ウィンリィは構わずに通りを進もうとする。
「向こうのお店にね、すんごく可愛いアクセサリーがあって…」
「…はぁ?」
エドワードはウィンリィの言葉に眉をひそめる。彼女の興味と言えば機械鎧に関することだとばかり思っていたからだ。
「ウィンリィ、お前一人か?中尉が一緒じゃなかったのか?」
マスタングのことだ。一人でウィンリィを帰すようなことはしないはずだ、とエドワードの頭の中にはさらに疑問符が飛ぶ。マスタングはそういう意味では信用をしてもいいと彼なりに思っていたのだが、目の前のウィンリィには、軍人の一人もついていない。先ほど、マスタングと別れた時にホークアイが居なかったから、エドワードは勝手に、ウィンリィはホークアイと一緒だと思っていた。
ウィンリィは人通りの少ない閑散とした通りをすたすたと進んでいく。
石畳の通りに、二人分の足音が響いていた。
…そう、思っていた。
「ううん。中尉さんとは途中で別れちゃった。」
「……中尉、さん?」
その呼び方に、妙な違和感を覚えて、エドワードは思わず足を止める。
「エド?」
きょとんとした表情で、ウィンリィは立ち止まったエドワードを振り返った。
…なんだろう、この違和感は。
エドワードは眉をひそめて、自分を見つめる彼女をじっと見返した。
しかし、エドワードの思考は途中で遮られる。
「…?」
ウィンリィの青い瞳が不思議そうに揺れた。
エドワードはウィンリィから視線をはずし、
ゆっくりと息を吐きながら、自分の背後の気配をうかがう。
自分と、目の前の彼女と、二人分だけだと思っていた足音だったが、
立ち止まっている自分達以外にも複数の足音が響いている。
閑散とする通りに、その足音は不協和音のように不穏に響いた。
「……なんだ……?」
エドワードはとりあえず、自分の疑問は置いておいて、
背後を振り返った。
ひとり、ふたり……いや、もっとたくさんいる。
囲まれていることにようやく気がついて、
エドワードはその集団をにらみつけた。
ざっと見て、10人くらいだろうか。全員が男だ。共通の特徴がもう一つあった。
全員、目が赤い。
「……何の用だ。…そんな物騒なモン振り回して。」
エドワードは出来るだけ感情を押さえながら、低く問う。
ウィンリィを背後にかばいながら、
手に手に棍棒やら鎖やらを振り回す男達をにらみつけた。
「お前には用は無い。」
「あ?」
男達の一人が、半歩前に出て、同じく感情を押し殺したような声を発する。
男の赤い目は、まっすぐに、エドワードのさらに背後に向けられていた。
「オレ達が用があるのは、その女だ。」
ウィンリィのことを指しているのだ、とエドワードは密かに息を呑んだ。
「……何故だ。」
「貴様に答える義務は無い。」
男の返答はにべもない。
エドワードは改めて辺りを見回した。
この人数に対して、自分はひとり。頼みの弟は、今はいない。
じり、とわずかに足元でたたらを踏みながら、
視線は真っ直ぐに男を睨みながらも、エドワードは背後のウィンリィをうかがう。
「ウィンリィ……側を離れるな。」
「う、うん。」
背後からの返答を聞いてから、エドワードは両手を合わせる。
蒼白い光が一瞬奔った。
光が引いたエドワードの右腕には、鈍光を弾く鋼の剣が立ち現れる。
構えたエドワードの足元に、
彼が身につけていた白の手袋だった切れ端がはらはらと舞い、石畳の上に散った。
「鋼の錬金術師……」
赤い目の男の呟きに、
なんだ、知ってるのか、とエドワードは改めて男をにらみつけた。
男はエドワードの睨みには微動だにせず、武器を持っていない手を軽くあげた。
エドワードの鋼の剣に一瞬しりごみしていた他の男達の覇気が戻ってくる。
殺気に満ちた血の色の瞳が、
エドワードを真っ直ぐに捉えた。
「貴様の方は、始末しろという命令が出ている!」
男は声を張り上げると同時に、手を振り下ろす。
それが合図かのように、周囲の男達の殺気も一瞬にして膨れ上がる。
来る…っ、とエドワードは身構えた。
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