ぱたた…っ、と音がしたような気がした。
石畳の上に滴ったそれは、ひどく鮮烈な赤い色をしている。
「何をしているの」
取り囲んだ男達の背後のずっと向こう側に、
銃を真っ直ぐ構えた軍人が一人立っている。
エドワードは目を見開く。
「………ホークアイ中尉!」
ホークアイは微動だにせず、その鋭い眼光を射るように男達に向けている。
撃たれた男は足をもつれさせながら、ホークアイをにらみつけた。
ホークアイの背後には、さらに軍人数人が銃を構えている。
不利だと悟ったらしい男達は、引け、という声とともに、途端に散り散りになっていく。
捕らえよ、というホークアイの声と同時に、
軍靴の音を立ててバラバラと軍人達が走り出す。
ホークアイはエドワードに軽く敬礼し、手を下ろす。
「大丈夫?エド君。」
「……助かったよ、中尉。な、ウィンリィ…」
そう言いながら、エドワードは背後のウィンリィを振り返る。
「……あ、れ?」
振り返った先には、男達を追って走り行く軍人の姿がまばらに見えるだけで、
背後にいたはずの彼女の姿はどこを見回しても無い。
「…どうしたの?エド君」
ホークアイが首を傾げると、エドワードは顔を蒼くした。
「う、ウィンリィ……!?」
慌ててエドワードは踵を返す。
「ちょ、ちょっとエド君!?待ちなさい…!」
「ウィンリィが攫われた!」
いつの間に…?とエドワードは動悸がぐんと跳ね上がるのを感じる。
しかし、背後から届いた声にエドワードは足を止める。
「エド!」
その声に、エドワードはもう一度ホークアイのほうを振り向いた。
正確には、ホークアイのさらに向こうに立つ彼女のほうを。
……なんで、そこにいる?
「何やってるの!?」
ウィンリィが立っていた。
はぁ?とエドワードは混乱する頭を整理しようと試みる。
安堵で、身体の力が一気に抜けるのを感じていた。
「……そ、それは、オレの台詞だ。お前こそ、なんで…」
「あたしはリザさんと一緒に帰ろうとしてたところをあんたを見かけたから来ただけよ。……こんなトコで何してんの?」
整合性の無い不穏な違和感を感じながらも、
ぎくり、としてエドワードは後ずさりする。
ウィンリィの視線は、自分の右腕に真っ直ぐに注がれていたからだ。
「いや、ちょっと待て。これはだな、その…」
痛い殺気を刺すように向けながら、ウィンリィはつかつかと無言でエドワードの元へと歩み寄る。
「またあんたは!!あたしが丹精こめて造った機械鎧をそんなにしてっ!!」
鈍い音が痛く響いて、
エドワードは頭を抱えながらその場にうずくまる。
「いってぇ………。…っこんの……」
暴力女、と言おうとするエドワードの言葉は、ホークアイによって阻まれた。
「何があったの。説明して頂戴。」
オルドールの屋敷ではエレーナがまだ寝室で横になっていた。
「ハンス?」
扉を開閉する物音を耳にして、エレーナは顔を上げる。
「ここに。」
低い声が落ちてきて、エレーナは嘆息した。
「サラムは?」
ハンスは首を力なく振る。
「……奴に理解を求めるなど…とてもではありませんが…。」
エレーナは、辛そうに瞳をゆがめる。
「言うな。」
「しかし」
エレーナは首を振る。顔を上げて、ハンスを見上げる。
「お前までがそう言ってしまったら、希望が無くなる。
これ以上、血を流すのは、やめてくれ。」
ハンスは眉をひそめ、押し黙る。
そして、一拍の沈黙の後、絞り出すように声を震わせた。
「………俺は、どうしても、あの石が欲しいんです。」
ぴくりとエレーナの顔が強張る。
「どうしても……。あれは、最後の希望なんです。」
エレーナは首を振った。
「お前まで……父と同じことを言うか。」
違う、とハンスは震えた。
「俺に、もっと大いなる力が使えたら……こんなコトはさせない。
俺はただ……ただ、あなたを……」
エレーナは制止するようにハンスに手を向ける。
「………言うな。聞きたくない。」
俯き加減になりながら自分に向けられたエレーナの手を、ハンスは見つめた。
その腕には、あの腕輪が巻かれている。
思わず、ハンスは自分の手を伸ばそうとした。しかし、その手は途中で動きを止める。触れそうになった自分の腕を黙って下ろしながら、ハンスは唇をかんだ。
沈黙を破るように、エレーナはぽつりと言った。
「禊に、出る。」
「……無理は、なさないよう。」
は、とエレーナはハンスの言葉に力なく笑った。
「今無理せずにいつ無理をしろと?」
ハンスの返答は無かった。
エレーナは空虚な赤い瞳をハンスに向けた。
「もうすぐ、月が昇る。……それが、最後のチャンスだ。」
その言葉に滲む必死さにハンスは口を開こうとした。しかし、開きかけた唇は音を作らなかった。
ぱたりと扉を閉めて部屋を出て行くエレーナの後姿を、ハンスは声も無く見つめる。
自分の腕に巻かれた銀のリングに、ハンスは目を落とした。
……あの約束を、俺は守りたいだけだ。
唇をそれに落としても、何の味もしなかった。
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