小説「Holy Ground」

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3章 暗転-2



「おや、鋼の。なんだ、その顔は。」
「……別に。」
朝からいやな顔に会ったぜ、とでも言わんばかりの表情をエドワードは浮かべる。
朝食に呼ばれたマスタングは、
エドワードとウィンリィ、そしてホークアイを呼んで
食堂へと向かっていた。
眠そうにあくびを噛み殺しながら、
エドワードは横を歩くウィンリィをちらりと盗み見る。
見ればウィンリィも目を腫れぼったく瞬かせている。
「お前、眠れなかったのか?」
エドワードの問いにウィンリィは、ちょっと…ね、と答える。
「あんなにすやすや寝入っていたくせに。」
「うるさいわねぇ〜。
昨日は怖くて、ホント、眠りにくかったんだから。」
「どこがだよ。びくとも動かなかったくせに。」
それを聞いていたマスタングがにやりと笑う。
「なんだ?部屋はばらばらになったと聞いていたが。」
「そーなんだよ。こいつ、自分で出て行ったくせに、
変な音がするだのなんだの言いやがって。
結局なんも異常はなかったけどな。
しまいには、怖くて眠れないとかなんとか。
おかげさまでこっちが睡眠不足だぜ。」
「何よ!音がしたのは本当なんだから!」
ウィンリィはむっとしてエドワードに反論する。
しかし、エドワードは生あくびしながら、はいはい、と軽く流そうとする。

そんなエドワードの肩をぽんと叩いたマスタングの顔は
意地悪な笑みがいっぱいに広がっている。
あくびを噛み殺すエドワードの耳元にそっと囁く。
「そうかそうか。
睡眠不足になるほどよろしくするのは結構なことだが、
任務に差し支えない程度にな。」
「…はぁ?」
よろしくするって……とエドワードは首をかしげ、
一拍の間を置いてから、その顔を赤くさせる。
「なっ……ち、ちがうっ!!何言ってんだよ!!」
顔を真っ赤にさせて怒り出すエドワードを尻目に、
マスタングはホークアイから差し出された何かの資料に目を通し始める。
「………なに、怒ってるの?」
ぽかんとするウィンリィの顔を見て、
エドワードはなんでもねぇよ、とそっぽを向く。
……たく。誰のせいだと思ってるんだよ。
心の中でぼそっと呟きながら、エドワードは
心臓がドキドキしてしまうのを止められない。
隣の幼馴染の顔をまともに見ることができない。

「ところで、大佐。
オレの弟をそろそろ返して欲しいんだケド。」
気を取り直して、
エドワードはマスタングを見上げる。
マスタングは涼しい顔で、資料に目を通したまま、
「今日の昼には、戻ってくるはずだ。」
と答えた。
「あいつは軍属じゃないぞ。
というか、そろそろ何をやらせているか教えてくれよ。」
マスタングは書類に目を落としたまま、
「ちょっと使いにやってるだけだ。」
と言うのみだった。
エドワードはむっとし、思考をめぐらせる。
「じゃあ、昨日の爆弾騒ぎはどうなったんだ?」
「憲兵が調査中だ。」
「内部の人間の仕業なのか?」
「まだはっきりせんな。」
「列車の復旧は?」
「あと数日かかる。」
マスタングの答えは単調だ。
つかみどころのない答えばかりで、エドワードは苛々する。
そんなエドワードに気づいたのか、気づかなかったのか、
マスタングは、ああそうだ、という風に書類から顔を上げる。
「エレーナ・ハイゼンベルクが街におりるらしい。
朝食が終わったら、その護衛につけ。」
「街におりるって…視察か何かか?」
マスタングは書類をホークアイに返しながら、そのようなものだ、と答える。
「エレーナは一日に一箇所、斎場を回って祈りを捧げるという日課を持ってる。」
ああ、あの塔のことか、とエドワードはうなずく。
「斎場は七箇所。一日一箇所で一週間で一回り、というところだな。
……あの爆破騒ぎの犯人が誰にしろ、彼女の周りを固めておいて損はない。」
マスタングは何か思いをめぐらせるように、腕を組む。
エドワードはそれを見やってから、ウィンリィに視線をうつす。
「てなわけだ。…お前はここに残れよ。」
「なんでよ。」
「聞いてなかったのかよ。またあんな騒ぎに巻き込まれたりしたら…」
エドワードは昨夜の記憶を反芻する。
ウィンリィがいなくなったときに感じた、あの底冷えた恐怖にも似た感覚は、
もう二度と味わいたくなかった。
「とにかく!お前は残れ!」
「いやよ。」
しかし、ウィンリィはにべもなくエドワードの言葉を否定する。
お前なぁ!とエドワードは頭を抱える。
あんな感覚に陥るのは二度とごめんだ。
エレーナの側にいれば、エドワードはウィンリィのことまで手が回らなくなる。
それは、昨晩の騒ぎで証明済みだ。
ずっと目の届くところにいられるとは思えない。
「せっかくオルドールに来たんだもん。
あちこち見て回りたいし。」
「観光かよ!」
「それに、エレーナさんのこと、気になるじゃない。」
ウィンリィはそういいながら、わずかに目を伏せた。
エドワードは軽く息をつく。
「昨日の夜は無理言ってごめんとかなんとか言ってたのに
朝起きたらこうだもんなぁ……かわいげねー。」
なによ、とウィンリィは口をとがらす。
「かわいげなくて結構よ!豆のあんたにかわいいなんて思われたって…」
「豆ゆーなっ!!」
二人のやりとりを聞いていたマスタングは
やれやれ、といわんばかりに肩をすくめた。
「鋼の。」
「あん?」
「惚気話ならよそでやってくれたまえ。」
言い合いを中断されて
ぽかんとした表情を浮かべるウィンリィとエドワードだったが、
はっとエドワードの顔に朱がのぼる。
一拍の沈黙が落ちて、エドワードの拳がふるふると震える。
廊下にエドワードの怒鳴り声だけが響いた。
「だ〜か〜ら〜!そんなんじゃねぇっての!!!」





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