小説「Holy Ground」

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3章 暗転-11



結局、アルフォンスに会うことは叶わなかった。

軍の詰め所へ行こうとするのは、結局ホークアイに押し止められ、
エドワードを襲った集団については追跡を続けている、というホークアイの報告を聞いてから、エドワードはウィンリィと共に、エレーナの屋敷に送られてしまった。
さすがに腑に落ちないエドワードだったが、
ホークアイがキビキビとした口調で戻って頂戴、と言うその言葉になんとなく反論できずに、結局言われるままになってしまっている。

「ねぇ、何があったの?」
「………それはこっちが聞きてーよ。」
乗せられた軍用車の中で、隣に座るウィンリィの問いに対して、エドワードはぶっきらぼうに答える。
何よ、もう!と頬を膨らますウィンリィをエドワードは横目でちらりと見てから、お前、怪我とかない?と聞いてみた。
「……なんで?」
案の定、ウィンリィはぽかんとした表情で、聞き返してくる。
「なんでもねぇよ。」
素っ気無く返すと、一体なんなのよー!と彼女が声を上げたが、今はそれに構ってられないとばかりに、エドワードは車窓の外に目をやる。
車窓に、自分の顔が映っている。その向こうには、オルドールの街並みが流れていた。エドワードにはさっぱりワケが分からなかった。本屋の女の話も、エレーナの話とは矛盾がみえ、今度はワケの分からない連中に襲われた。その連中の狙いが、どう考えてもウィンリィにあった。…なのに、目の前のウィンリィは、何も覚えていないというような平気な顔をしている。……自分は、夢を見ていたのか?連中に襲われた時にウィンリィに感じた、あの「違和感」も引っかかった。

……ありえない。

エドワードは自分が導き出した思考を慌てて頭の中で振り払おうとする。しかし、一度もたげた疑惑の感情はもう引っ込めることが出来なかった。

……あれは、誰だった?本当に、ウィンリィだったか?

ウィンリィを見間違えるはずは無かった。
しかし、何か違う。
すぐ横の彼女に聞けば済むことだった。
しかし、なんとなく、聞きにくかった。
自分が何か間違えているのかもしれない。見間違えたのかもしれない。
けれど、そんなことが、本当にあるのか?

「何よ。」
エドワードが再び自分のほうを振り向いたので、ウィンリィは身構えるように言葉を返す。エドワードは、あのさ、と口を開こうとした。しかし、言葉は途中で止まる。
……心配、かけたくない。ましてや、狙われてるかもしれないだなんて、言いたくない。

「何?」
なおも聞き返すウィンリィに対して、エドワードは一言言った。
「お前、絶対に、オレの側から離れるなよ。」
「…ああ〜あの女の人が連れ去れるってやつ?それなら………」
大丈夫よ〜と、ウィンリィは明るく言おうとした。
しかし、自分を見てくるエドワードの視線があまりに真剣なので、おちゃらけた口調は途中で消えてしまう。
「いいから。……絶対に、離れるな。」
その真剣な目にまっすぐ射られるように見据えられて、ウィンリィは何もいえなくなる。ただ、驚いたように、首を縦に一度だけ振った。




エレーナの屋敷に戻った時は、既に辺りは黄昏始めていた。
あてがわれた部屋にそれぞれ戻ろうとした時、ウィンリィはエドワードを呼び止める。
「エド。後で整備するから。」
「は?」
ウィンリィの言葉に、今度はエドワードがぽかんとする番だった。
「別に、調子は悪くねぇぞ。」
「でもアンタ、さっき、機械鎧を変形させてたでしょ。」
ああ〜、さっきのあれね、とエドワードは頭を掻く。
「わりぃ。」
全然悪いと思ってないくせに!とウィンリィはまたもや膨れっ面を見せ、
後で整備しに来るから、と言い残し、向かい側の部屋へと姿を消す。
その背中を見送ってから、
エドワードもまた、自分にあてがわれた部屋に入った。

部屋はやはりカラッポで、アルフォンスがもしかしたら帰って来ているのではないか、という淡い期待はまたしても裏切られる。
これは、明日にはマスタングに問い詰めなければいけないなぁと思いながら、ふと自分の手や腕を見れば、あちこち擦り傷ができている。さっきの騒ぎでついたものだ、と思い至り、エドワードは眉をひそめる。

……なんだかひっかかるんだよなぁ。
部屋の中に備え付けられているシャワーでも浴びようと、シャワー室に入りながら、エドワードはただ思考だけをめぐらせる。
エレーナ達の言う伝説と、本屋の女の言い伝えの違い。
本屋の女が残した言葉はエドワードの胸にひっかかっていた。
『ボルティモアはただの飼い犬だよ』

…昨晩テラスから見た夜景の美しさとは裏腹に、市井は酷く荒んでいるような印象があった。あの本屋の女が言うことが本当なら、憲兵は薬を使って拷問をしたことになる。そんなことが本当に許されているのか?

アルフォンスのことも含め、マスタングには色々聞かなきゃならないなぁとエドワードが内心決めて、シャワーの蛇口をきゅっとひねった時だった。


「………エド…ッ!!」


一瞬、何が起こったかわからなかった。
ただ分かるのは、
振り向いたらなぜかウィンリィがシャワー室の前に立っていて、半泣きになっていて、自分は何も身につけていないということだった。

「うわ……っ、お、お、お前…ッ!?」
なんでここに…・・・と言いかけたエドワードは、ひねりすぎたシャワーから注がれる熱湯にあちちッとなおも動揺に拍車をかける。
「ちょ、ちょ、ちょっと……!」
こっち見るなー!!と言いかけたエドワードだったが、それよりもウィンリィの言葉が先だった。

「また変な音がするのー!!」
昨日のあれよぅ…と半泣きになりながら床にへたりこむウィンリィに対して、分かったから頼むからこっち見るな!とエドワードは怒鳴る。頭から降り注ぐ熱湯に思わず蛇口をひねり返したら今度は冷水が降ってきた。しかし、身体の熱は火照るばかりだ。

「……エド…?」
はたと我に返ったように、ウィンリィが顔を上げる。
そして、次の瞬間、ウィンリィの悲鳴と、鈍器の潰れるような音と、ドアを叩き壊すかのように閉める音だけが、辺りにひびいた。






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