エドワード、アルフォンス、ウィンリィの三人が、
マスタングに伴われて駅へ降り立つと、
赤い目をした7、8人の男女が待ち構えていた。
「エレーナ様から、お世話するよう仰せつかりました。」
声を揃えてそう言われてしまい、
エドワード達三人は、どうも居心地が悪い。
それを尻目にマスタングがしれっとした表情でありがとうございます、と応えている。
そのマスタングの斜め後方には、
厳しい表情を崩さずに直立するホークアイがいる。
「で、どーすんの?」
駅のホームを見回して、
エドワードは諦めたようにマスタングに問う。
マスタングの周りには群青の軍服に身を固めた兵が10人ほど、
寄り添うように団をなしている。
「どうするも何も。このままついてこい。」
軍靴を鳴らしながら進むマスタングの表情は少し硬い。
言いながら、その目は前方を進んでいく集団を捉えている。
人だかりの中央には、長い黒髪を揺らせながら車に乗り込もうとしている
エレーナが見える。
「いいか。お前はここから、私の指揮下に入る。
勝手なことをするのは慎めよ。
問題を起こせば私の出世に関わるからな。」
「へいへい。分かってますよ、マスタング大佐殿。」
やれやれ、という風にエドワードは嫌味をこめて大げさに息をつき、
さっきからおとなしい背後の二人にちらりと目をやる。
アルフォンスはさっきから無言でついて来るだけで、
その横を進む幼馴染も、肩に羽織った赤いコートの一端を握り締めたまま
硬い表情を崩さない。
「……やけに静かだな。腹でも壊したか?」
おちゃらけたように、
ほんの数時間前に列車の中で言われた言葉をそのまま返してみた。
しかし、ウィンリィの声に力はない。
「……あんたと一緒にしないで。」
エドワードはもう一度ため息をついた。
「…悪かったよ。なんだか、巻き込んじまって。」
「あんたのせいじゃないわよ。」
それは、そーかもしれない、とエドワードは頭をひねる。
そもそも列車事故に遭ってしまった自分達やウィンリィがついていないだけだ。
マスタングにも言われた。悔やむなら自分達の不運さを悔やめと。
しかし、隣で意気消沈したような表情を見せる幼馴染に、
何か言葉をかけてやれないものか、
エドワードは疲れた頭をほんの少しばかりめぐらせる。
「兄さん……」
「ん?」
不意に呼ばれて、ずっと押し黙っていた弟を見上げる。
アルフォンスの表情は読めるはずがないのだが、
その声色はずっと厳しいものだった。
「このまま、ウィンリィを連れて行っても大丈夫かな……」
アルフォンスもまた、横を歩く幼馴染を気にしていた。
「仕方ねーだろ。こうなっちまったら。」
エドワードは努めて明るい声で言い、
三人の間に落ちる不安を払拭しようとする。
「まぁ、アレだ。……こんなガサツな暴力女をかっさらおうなんて……」
「…っ!なんですってぇ〜!!」
「うをっ!?」
飛んできた拳をなんとかエドワードは交わす。
「甘いっ!」
しかし、ウィンリィはもう片方の手に忍ばせていたらしいレンチを振りかざす。
「どっからそんなの出してくるんだよっ!普通死ぬぞ!てかヤメロ!」
「うるさい!」
ホームの真ん中で言い合いを始める二人を、戸惑ったように兵士達が眺めている。
それを目にしたアルフォンスはあ〜あ、また始まったよ、と肩を落とす。
やり取りの一部始終を耳で聞いていたマスタングは
ふっとバカにしたような笑みを浮かべたが、
「顔を引き締めてください、大佐」
とぴしゃりと隣の副官に言われ、慌てて咳払いをする。
ホームを出ると、そこに、黒い制服に身を包んだ集団が現れた。
「……ご苦労。」
マスタングの言葉に、先頭で指揮をとっているらしい男がマスタングに敬礼をする。
「これはこれは。中央の」
「ロイ・マスタングです。」
男はちらりとマスタングの階級章に目をやりながら自己紹介する。
「グレナダ・ボルティモア大尉であります、マスタング大佐。
……ハイゼンベルクの監察は我々に任せて頂けると思っていたのですが。」
ボルティモアと名乗った男は、マスタングよりも若干老けて見える。
灰色の目と顔色が、直立不動の姿勢でマスタングを睨むように仰いでくる。
別に、この男の地位がその歳にくらべてとりたてて低い、というわけではなかった。
マスタングの地位の方が、はるかにその年齢にそぐわなかったのだ。
「いや、そのまま任務を続けてくれ。我々はトラブルでここに戻ってきただけだ。
エレーナ殿の希望で、今からハイゼンベルクの屋敷へ向かう。兵卒はここへ残すが
君達は通常の任務についていてくれて構わない」
「了解しました。」
ボルティモアの返事は明瞭だった。しかし、その顔色には、別のものがにじんでいるのをマスタングは見逃さない。よくあることだ、とマスタングは心の中で呟いた。自分のような年下の佐官に敬礼することで崩されるような矜持など、マスタングにはどうでもよかった。そのような羨望の目で見られるのには、もう馴れた。
駅前に待機していた車二台に分かれて乗り込む。
「なんでオレが大佐と同じ車なんだよ。」
アルフォンスとウィンリィとは別の車に乗り込んだエドワードの開口一番の言葉に、
マスタングは吹き出す。
「悪いな。ロックベル嬢と乗りたかったか?」
「誰がそんな話してるか!」
やはりムキになって怒り出すエドワードを、まだ子どもだな、と思う
マスタングとしては、普段から何かと生意気なこの国家錬金術師をいじる
絶好の材料を手に入れた気分なのだが、
助手席に控えたホークアイが、ミラー越しに射るような視線を送ってくるので
慌てて、まぁ、冗談はおいといて、と話題を変えるように、またも咳払いを一つする。
「で、あの女が疑われてるって話だけど。なんで軍が出張るんだ?
あの事件は憲兵隊の担当じゃないのか?」
新聞からの情報を頼りに尋ねるエドワードにいいえ、と答えたのはホークアイだ。
「ある情報筋から彼女の名前が出た時から、憲兵隊の手に負えなくなったと上層部が判断したのよ。」
アメストリスは軍事国家だ。
警察の役割を担う憲兵隊という組織がもちろんあったが、何よりもやはりその軍隊が絶大な力を持っていた。先ほどのボルティモアなどは憲兵であり、マスタングとは属する組織を異にしていたが、やはり軍属のほうが力があるのだ。お陰で、憲兵は縄張りがかぶると何かとうるさい。そう思い至ってマスタングはこっそり息をつく。
「そういうことだ。護衛の際に少しでも尻尾がつかめれば、と思っていたが、
こんなアクシデントに遭遇することが出来たからな。」
ふふん、とマスタングが心の中で笑ったのがエドワードには手に取るように見えた。
ロイ・マスタングといえば、その若さで大佐を拝命しているやり手の青年将校だ。出世のための足がかりになるような機会は、彼が逃さぬはずが無かった。
「ハイゼンベルクは曲がりなりにも自治権を保有している一部族だ。
今まで手出しできずにいたが…これを機会に、彼らの懐へ入り裏づけを行う。
…シロならば情報部の失敗と片付けられるし、
黒だと判明できずともグレーと言えるような証拠が挙がれば…」
マスタングはそこで言葉を切る。
「……君も一応少佐官相当の地位にある軍属だ。
くれぐれも、私の目が届くところでヘマはしてくれるなよ、鋼の。」
「分かったって言ってるだろ!」
しつこいぞ、とエドワードは苛々しながら言葉を返す。
ふっと前方に目をやると、ミラーの中に、後方の車両が写っているのが目に入る。
そこに、おーい、といわんばかりにこちらに手を振っている人影を見てとり、
エドワードは、あ〜あ、とため息をついて片手で顔を覆う。
……遊びに来たんじゃないってのに。
「あ、あいつ、気が付いたくせに、無視した!」
その頃、後方の車両には、少しばかり元気を取り戻したウィンリィがアルフォンスと仲良く後部座席に座っている。
「あいつってば、ホント、ワケわかんないわ。
すぐに怒るし、かと思えば……」
と、ウィンリィは言いかけて、口を閉ざす。
ぎゅっと彼女の右手が握り締めるのは、エドワードの赤いコートの端だ。
「……ねぇ、アル。」
「どうしたの?ウィンリィ」
ウィンリィは前方を見据えながら、ぎゅっとその赤いコートを手の中で握る。
「あんた達、危ないこと、しないでよね。」
「…ウィンリィ?」
アルフォンスは、頑なな表情を浮かべてそれっきり何も言わなくなった幼馴染を見つめる。
……それ、僕に言わないで、兄さんに言えばいいのに。喧嘩ばっかりしないでさ。
無茶をするのは、たいていは兄のほうなんだから、とアルフォンスは心の中でひとりごちた。
滑るように車は闇を切り裂き前へとひた走る。
「見えてきたぞ。」
マスタングの言葉に、エドワードは顔を上げた。
エドワードの目に飛び込んできたのは、
高い高い、一本の塔だ。
西の山陰に沈みそうになる月を背後に、
くっきりと浮かび上がる一本の塔のシルエット。
エドワードの金の瞳に、いびつな形をした月が映る。
あと数日のうちに、それは完全な満月の形になりそうだった。
「伝説によれば…」
と、不意にマスタングが口を開く。
「…オルドール地方には、赤い月が昇る日があるらしい。」
「赤い、月?」
聞き返すエドワードの目に映るのは、いたって普通のやわらかな白い光を降らせる月だ。
「その月が昇る夜、流れるような金の髪をした乙女が月からやってきて、
天上へと続く梯子をおろしてくる。
その梯子を上って、その先へたどり着いた者は、
大いなる力を得られるという、伝説だ。」
まぁ、いつから伝わるようになったかは知らないがな、とマスタングは言い置く。
「天から女性が降りてくる。さぞかし綺麗な貴婦人だろうな、なぁ、鋼の?」
「………しらねぇよ。馬鹿馬鹿しい。ただの伝説だろが。」
「ダメだな、鋼の。こういうロマンチックな話はきっとロックベル嬢も……」
「…あーうるせ〜っ!!」
最後までマスタングはエドワードをからかいたいらしい。
しかし、前方から凍るような冷たい声が降ってきた。
「お二人とも。……静かにしてください。」
車内に冷たい空気が吹雪いているのをエドワードは悟って、ざまぁみろ、とマスタングを一瞥する。
憮然とした表情を浮かべるのはマスタングだ。マスタングはどうも、この優秀すぎる自分の副官相手だと分が悪い。
闇の中をひた走る二台の車は、
夜空を裂くようにそびえる塔と、その下に広がる巨大な屋敷へと吸い込まれるように消えた。
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