小説「Holy Ground」

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1章 裏切りの街-4



オルドールの駅から代理の列車が届いたのは
夜もすっかり更けこんでからだった。

軍の指揮下にある乗客たちは、それぞれ列車に乗り、
最寄のオルドール中央駅へと向かう。
「復旧には4、5日かかる。」
という軍からの情報に、ウィンリィは肩を落として、
電話をしないと…と呟いた。

マスタングとホークアイに向かい合うようにして座ったエドワードの横には、
疲れたような表情をみせるウィンリィと、アルフォンスがいる。
場所は一等客車。
エドワードはあまり利用したことの無い場所だが、
普段使っている二等客車と大したつくりの違いはない。
そして、さらにその奥の特等車には、
あの、エレーナという少女が乗っているということをエドワードは知った。

「そろそろ、話してくれてもいいんじゃねぇの。」
詰め寄るように問いただすエドワードを、マスタングは鼻で笑う。
「君もしつこいな。……しつこい男は嫌われるぞ?
ロックベル嬢、あなたもそう思うでしょう?」
ウィンリィは話をふられて、はは、と軽く笑うしかない。
「うるせーなっ!なんでそれとこれが関係あるんだよっ!
ていうか、ウィンリィは関係ねーよっ!!」
と、エドワードは叫んでから、はーっと息をはく。
このやり手の青年将校がエドワードはひどく苦手だった。

「軍の指揮下に入るというなら、オレにも聞く権利があるはずだぜ。」
やれやれ、という風にマスタングは首を回す。
「……気づかなかったのかね?我々は君と同じ列車にずっと乗っていた。」
「1等車のことなんて知るかよ。」
くるりとエドワードは背後に乗る兵士を見渡す。
「ざっと100くらいか?何を企んでいる。」
マスタングはやれやれ、と首をすくめる。
「君は軍属のくせにやたらに軍を疑ってかかるんだな。
一歩間違えれば上官批判で軍法会議モノだぞ。」
そういい置いてから、マスタングは眉をつりあげる。
「………ここ半年ばかり頻発している事件を知っているか?」
「それって、もしかして、女の人たちが消えるっていう?」
アルフォンスの言葉にホークアイ中尉がうなずく。
「ええ。我々はその調査をしているの。」
「だからって、こんだけの兵士を動かすか?」
エドワードの問いに違う違う、とマスタングは手を振る。
そして、若干声をひそめる。
「これは別命だ。我々はエレーナ・ハイゼンベルクの中央訪問を護衛する任についている。」
エドワードは首を傾げる。
「エレーナって、さっきのあの子か?」
ウィンリィがはっとしたように口を開いた。
「あの子…もしかしてイシュヴァールの…?」
エドワードもふと思い出す。さっきの少女の目は深紅の色だった。
「ちょっと、違うな。彼らはイシュヴァール人ではない。」
マスタングはウィンリィの言葉を訂正する。
「イシュヴァールの系統を汲むが、イシュヴァールを離反した一部族だ。」
「離反?」
マスタングはうなずく。

その時だった。
一人の兵士がマスタングの側へやってくる。
何かをぼそぼそと囁かれて、マスタングは眉をしかめながら立ち上がる。
「鋼の。ロックベル嬢。ちょっとここへ。」
戸惑いながらもエドワードとウィンリィは、マスタングに導かれ、
特等車の扉を進んだ。
どこへ行くんだよ、と小さく尋ねるエドワードを無視して、マスタングは先へと進む。
その先に、あの少女がいた。

「マスタング殿。先ほどの采配、とても見事でした。」
ん?とエドワードは首を傾げる。
目の前の少女は、先ほど同じく、赤い目をしたエレーナと呼ばれていた少女のはずなのに、
先ほどとはずいぶん印象が違う。
「お褒めに預かり、光栄です」
とマスタングは敬礼する。
ゆったりと椅子に腰をかけた彼女の顔はひどく蒼白かったけれども、
紅い双眸だけは射るような威圧感があった。
長い黒髪をなびかせながら、
威圧するような、しかし柔らかな微笑みを浮かべたエレーナは
マスタング、エドワード、そしてウィンリィをまっすぐに見つめた。
さっきは意識を取り戻した直後で弱っていたのか?とエドワードは思う。
「それで、そちらが、ハンスを助けてくれたお嬢さん?」
ぴくん、とウィンリィの身体が撥ねた。
ウィンリィは慣れない場所に酷く緊張した表情を浮かべた。
「本当に有難う。お礼が言いたくて。
……よろしければ、路線が復旧するまで
私のところにおいでくださいませんか?
4、5日ほどと聞きますし、
ぜひ、私のところへお招きしたいのです。
ああ、マスタング殿も一緒に。
……ぜひ、お礼がしたいのです。宰相代理の命の恩人として。」
あの人が宰相代理!?とウィンリィは内心驚く。
「ね。構わないわね?サラム?」
少女の横に控えるようにたつ、男がゆっくりと首を縦に振る。
いや、そんな気を遣わなくても…とエドワードとウィンリィが言いそうになるのを、
マスタングが止める。
「それは嬉しいでしょうね。この二人も喜んでお供します。」
なんでそーなる!?と慌てるエドワードとウィンリィを尻目に、さらりとマスタングが快諾した。
マスタングの目が、私に任せておけ、と言っている。
むっ、として、エドワードは何もいえなくなった。
自分は今、彼の指揮下に入っているのだ。

ふと視線を感じてエドワードは顔を上げた。
見れば、エレーナの側に控えるサラムと呼ばれた男が、
じっとこちらを見ている。
歳はマスタングよりも5、6歳くらい上だろうか。
短い銀髪にすらりとのびる細身の体躯、そして色の悪い蒼白の顔に、
血の色をした紅い双眸がこちらを睨むように見ていた。

……なんだ?

エドワードは眉をしかめて、睨み返す。
そうこうしているうちに、マスタングに引っ張られて、特等車を出た。


「なんであの女の家に泊まることになったんだよ!?」
エドワードは戻った席でマスタングに詰め寄る。
「オレはともかく……ウィンリィは関係ないぞっ。」
「あの方がそれを望んだ。断る理由はない。だから承諾した。」
「理由ならある。」
エドワードはマスタングを睨みつける。
「これが軍務なら、ウィンリィは関係ない。ウィンリィは軍属じゃないからな。」
「え、エド…」
ウィンリィは困ったように、息巻く幼馴染を制止する。
「あたし、別にいいよ。まぁ、ちょっと、ビックリしたけどさ。」
えへへ、と暢気に笑う幼馴染を見て、エドワードはため息をついた。
「お前……まさか、オルドールへいけるって喜んでるんじゃないだろーな……」
そ、そんなことないわよぅ〜とウィンリィは苦笑いを浮かべる。
「どうせオールトに行けないなら、オルドールで観光ってのも…」
観光じゃねーよっ!というエドワードのツッコミもウィンリィには効き目がない。
「い、いいじゃない。どっちにしろここから出れないなら
人助けして宿代がチャラになったってことで〜。」
そういう問題かよ!とエドワードは怒鳴りたくなる。
そういうことじゃなくてだな〜とエドワードは苛々しながら横目でマスタングを睨む。
「ん?どうした鋼の。彼女もああ言ってることだし、素直に従いなさい。
女性の意見を尊重することも男として立派な務めだぞ?」
彼女じゃねーっ!!というエドワードの怒声はさらりと無視して、マスタングは顔を引き締めた。

「まぁ、冗談はおいといて。
さっきの話の続きだが。」
「イシュヴァールを離反したとかなんとかっていう?」
アルフォンスが身を乗り出す。マスタングはうなずいた。
「そうだ。
彼らはイシュヴァール戦争の直前、セントラルの人間と組んでイシュヴァールを離反した。
お陰で彼らはそのほかのイシュヴァール人とは区別されて、
普通住居としてオルドールを与えられて、そこである程度の自治権を獲得してる。」
マスタングの言葉を継ぐようにホークアイが続けた。
「エレーナ・ハイゼンベルクはそこの族長の娘。
現在病に臥しているハイゼンベルクの族長に代わって
セントラルとの内交関係などに奔走しているの。
我々はその護衛として列車に乗り、事故に遭遇したの。」
「………それと、人攫いと、何の関係があるんだ?」
エドワードは冷静になりつつある頭の中で、ゆっくりと考えを組み立てていく。
腑に落ちない。
先ほどのサラムとかいう男の舐めるような視線は、憎悪に満ちていた気がする。
「察しがいいな。鋼の。」
にやりとマスタングは笑う。
「オルドールには…いや、あのエレーナ・ハイゼンベルクには、集団誘拐の嫌疑がかかっている。」
ウィンリィの目が見開いた。信じられない、という風にマスタングを見つめる。
エドワードはちくしょ、と呟いた。
……ウィンリィは関係ないのに、大佐の話を聞いてしまった。
「だから、言っただろう?悔やむなら、己の運のなさを悔やめと。」
マスタングは軽く笑いながらそう言い渡す。

列車はガタガタと揺れながら、闇を切り裂くようにひた走る。
そして、前方に見えはじめる駅へ向かって減速を始めた。
「ここは、裏切りの街だ。」
小さくマスタングは続けた。
「アメストリスの人間でもなければ、イシュヴァール人でもない者たちの街。
………彼女をしっかりと守るんだな、鋼の。」
エドワードはそう言うマスタングの不敵な笑みをにらみつけた。

列車はするりと静かに駅のホームに滑り込んだ。





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