小説「Holy Ground」

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1章 裏切りの街-3



「あなたは……」
と目を丸くするウィンリィの横で、凶悪に顔を歪ませるのはエドワードだ。
「……大佐!なんで、ここに……っ。」
「私は君と違って忙しい身なのだよ、鋼の。軍務以外に何がある?」
そういい置いて、後ろに控える部下に目配せする。
軍靴を鳴らしながら列車に乗り込み、
倒れていた二人の男女を担ぎ出す。
横転を防ぐように、太い杭で列車を支える兵士達の合間を縫うようにして
エドワードとウィンリィは列車から降りる。
そのとたん、地響きを立てながら、列車は横倒しになってしまった。

燃え上がる火の粉を見ながら、マスタングはため息をつく。
「…たく。余計な仕事が増えたな。
……ホークアイ中尉、被害状況を報告しろ。」
「はい。」
きりりとした表情でマスタングの斜め横にはリザ・ホークアイ中尉が控えている。
「大佐!……なんで、こんなところに軍がいるんだ?
しかも好都合のようにわらわら出てきやがって!」
倒れていた少女を兵士に預けながら、エドワードは噛み付くように言う。
「だから言っただろう。軍務だと。」
「それは分かる。オレが聞きたいのは……」
しかし、マスタングは聞いていない。
エドワードの側で、身の置き所がなさげにそわそわと視線を動かしているウィンリィに向かって、にっこりとマスタングは微笑む。
「鋼の。君にこんなかわいらしい彼女が居たなんて知らなかったな。」
「だー〜〜っ!!彼女じゃないっ!ていうか、オレの話を聞けっ!」
しかしやはりマスタングは聞かずに、
ウィンリィに向かって手を差し出し、握手を求める。
自己紹介するマスタングの横ではホークアイが何やら指示を出して忙しそうだ。
エドワードは混乱渦巻くこの場をじっとにらみつけた。
きびきびと動いている軍人達の数は、ざっと見て100いるかいないか。
燃え上がる列車の消火作業をすることもなく、
けが人の収容と、乗客の統率にせわしなく動いている。
「大佐、……目が覚めたとの報告が。」
ホークアイ中尉の言葉に、マスタングは今いく、と声をかける。
「鋼の、お前も来い。」
「どういうことか説明が先だ。」
ふん、とマスタングは笑う。
「列車爆破事故に遭遇した。だから、兵を動かした。それだけだが。
……あぁ、ここは水が少ない。だからあれもそのまま燃えるにまかす。」
幸い、ここは移り火しやすい木々がすくないからな、とマスタングは続ける。
「トンネルは崩壊した。復旧には時間がかかる。
それとも、君が得意の錬金術を使って直すかね?」
バカ言え、とエドワードは吐き捨てる。
「復旧…って?え、先に進めないんですか?」
そう言ったのはウィンリィだ。
「そんな…。仕事が…。」
うなだれるウィンリィの肩をぽんと叩くのはホークアイ中尉だ。
「ごめんなさいね。」

エドワードはそんなウィンリィの様子を見ながらため息をついた。
「ウィンリィ……アルを探して、この辺で待っててくれ。」
「う、うん。」
本当は言いたいことがたくさんあった。
しかし、エドワードは何も言わずに先を行くマスタングを追う。
そんなエドワードを見ながら、マスタングはまたも笑う。
「鋼の。彼女を慰めなくていいのか?」
「だーかーらー!彼女じゃねぇっての!!しつこいぞ、大佐。」
マスタングはふん、とバカにするように笑ってから、
本題に戻すぞ、といわんばかりに顔を引き締める。

敬礼する兵士にご苦労、と言い置いて、マスタングは仮設されたテントに入った。
それに続いたエドワードは、テントの中で横たわるあの少女を見とめた。
「マスタング……殿」
少女は瞳だけをくるりと動かして、やってきた軍将校とそれに続く少年を射るように見返した。
その瞳は、炎をたたえるような深い紅の色をしている。
……イシュヴァール人か?
エドワードは首をひねる。その割にはイシュヴァールの特徴を踏んでいないような気もする。
エドワードが見たことのあるイシュヴァール人の肌の色はもっと褐色がかっていたが、
目の前の少女の肌はそれとは明らかに違っている。
「無事になによりでした、エレーナ殿。」
マスタングは軽く敬礼する。
「ハンスは……」
少女の唇が小さく動いた。赤い瞳が不安げに揺れている。
「宰相代理殿もご無事です。これの連れが…」
と、マスタングはエドワードを示す。
「なんとか処置していたお陰で一命は取り留めました。」
そう、と息をつきながらエレーナと呼ばれるこの少女は安堵したように目を閉じる。
「列車の行く手に爆破物を仕掛けられたようです。
セントラルへ続くトンネルが崩壊し、先には進めません。
ここは一度、オルドールへ戻られたほうがよろしいかと考えます。」
なんてこと…と少女は呟いた。
そして、ゆっくりと瞳をあけて、エドワードの方を正視する。
「私の部下を助けてくれて、有難う。礼を言います。」
「お、オレじゃ、ありません…。」
慌てたエドワードは言うけれど、少女はもう一度、ありがとう、と瞳を伏せる。
「オルドールへ戻ります。サラムに連絡を…。」
「無線が回復しましたら、すぐに。」
マスタングの答えに、お願いします、と言い置いて、少女はまた目を閉じた。

「……大佐。」
テントを出たエドワードは、マスタングに詰め寄る。
「あれは…。」
しかし、マスタングは手を上げて、エドワードの言葉を制止する。
「列車に偶然お前が居合わせた。悔やむんなら自分の不運さを悔やめ。
しばらく、お前は私の指揮下に入ってもらう。どうせ、この峡谷から出られない。」
「?どういうことだ。」
「ここら一帯は狭い峡谷に北と南の出口をはさまれた盆地だ。
こちら側のトンネルと正反対の方向にもうひとつトンネルがあって
それ以外に出入り口がない。それに……」
マスタングはそう言ってふいっと空を仰ぐ。
燃え続ける炎が、暮れかけ始めた空を紅く焦がしている。
「それに、この切り立った断崖がぐるりとこの一帯を囲んでいるのだ。
あれを越えるのは容易ではない。
それに、もう一つのトンネルも、同じく列車爆破でふさがれたという報告がある。」
何かを言おうとしたエドワードの耳に、兄さん、という声が届く。
「アル…」
「兄さん、どうしちゃったの?なんで大佐がいるの?」
それはこっちが聞きてぇよ、と言い捨てて、
エドワードは立ち尽くすウィンリィに目をやる。
その格好に目をあてられなくて、
エドワードは思わず自分の着ている赤いコートを脱いだ。
「エド……」
驚いたように身をひくウィンリィに、いいから着ろ、と無理矢理彼女の肩にコートをかけた。
彼女のワンピースの裾は無残に裂かれていて、
露出した白い足に、赤々と燃え上がる火の光が反射している。
エドワードはそこから目をそらして、
「無茶しやがって…。」
と呟いた。
ごめん、とウィンリィは呟く。
でも、身体が勝手に動いてた、とウィンリィは笑おうとした。
しかし、顔がこわばって、うまく笑えない。
あの時は夢中だったが、炎に巻かれた列車を目の前にして、
ようやく自分がとった行動を思い返すことができた。
そして、震えが走った。
うつむくウィンリィの目に、
コートを脱いだエドワードの腰に光る銀時計の鎖が目に入る。
ウィンリィの視線に気づいて、今度はエドワードが無理に笑おうとする番だった。
「仕方ねぇよな…。国家資格を取ったときから分かりきってることだ。」
ウィンリィの表情が曇るのをみながら、エドワードはぽつんと言った。
ウィンリィはそれに対しては何も言わず、小さく呟いた。
「コート……ちょっと小さい。」
むっとするエドワード。
「うるせぇ。」
しかし、ウィンリィはそれ以上は何も言わない。

そんな様子を見ていたマスタングはにやりと笑う。
「ふむ?若いということは素晴らしいことだな、なぁ、中尉?」
しかし、側に控えていた中尉はそれには応えず、
「代理車の采配を指示してください、大佐。」
とぴしゃりと言った。





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