小説「Holy Ground」

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1章 裏切りの街-2



「きゃッ!」
か細い悲鳴を上げたのはウィンリィだ。
「!」
周囲の乗客も同じように声を上げる。
何が起こったのか、さっぱりわからない。
唐突に列車を揺るがす衝撃が、混乱と共に車内に走り抜ける。
しかし、エドワードはそれにも驚いていたが、
それ以上に自分の身体に倒れこんできたウィンリィに気が散って仕方が無かった。
衝撃で窓の桟にがちんと頭をぶつけてしまうけれども、
そんなことよりも、倒れ掛かってきた彼女のふんわりとした髪がちらつくのが気になる。
しだれかかるハニーブロンド。
自分の胸に押さえ付けられた彼女の華奢な掌。
間近で聴こえてきそうな息づかい。
思わずその彼女の両腕を掴んでしまう。

……ヤバイ。

しかし、「兄さん!」という弟のひと声で、エドワードは我に返る。
「……大丈夫か。」
覗き込むように尋ねると、彼女の髪がさらりと揺れてこくりとうなずいたのが分かる。
どこも怪我してないみたいだ、とエドワードはほっと安堵する。
ゆっくりと身体を起こし、彼女を椅子に座らせた。
「何が、あったんだ?」
気がつけば衝撃は収まっている。
しかし、遠巻きに、人々の悲鳴のような喧騒が聞こえてきており、
それがどんどん近づいてくる。
周りにいた乗客たちも、ざわめき、不安の色を露わにしながら
きょろきょろと辺りを見回している。

「爆発だ!」
唐突に、悲鳴にも似たその叫び声があたりを切り裂いた。
ざわつきは一層大きくなり、人々に狂気にも似た混乱が奔り始める。
エドワードはアルフォンスと顔を見合わせる。
鼻をつくのは、何かが焼け焦げる臭いだ。
一瞬だが、ぱちりと何かが爆ぜる音を聞いたような気がした。
「出たほうがいいな。」
「うん。」
「行くぞ。…ウィンリィ、立てるか。」
ウィンリィは不安げに視線を泳がせる。
目の前に、手を差し出して立つエドワードがいた。
「う、うん。」
エドワードはぐいっとウィンリィの腕をひっぱる。
「急げ。とりあえず、何が起こったか確かめる。」
既に乗客の幾人かは、列車の扉を自力でこじ開け外へと逃げ出し始めている。
エドワードはウィンリィの手を引いて走り出す。
赤色のコートを翻して息一つ乱さずに前を行くエドワードに
ウィンリィは目を丸くする。

…はやい…。
前を行く背中を見つめながら、こんな状況だというのに
ウィンリィは思わず顔がほころんでしまう。
大丈夫だ。エドがいるなら、大丈夫。
ウィンリィはなんとか気を持ち直して、
息を乱しながらエドワードに必死についていく。

外に出ると、そこは、車内から逃げ出した乗客でごった返している。
列車が止まったところは、ちょうど山々に囲まれた峡谷にあり、
切り立った山肌が寒々しくそびえている。
「何が……」
エドワードが何かを言う前に、また地響きが走る。
人々の悲鳴と混乱の叫びが渦巻きだす。
「兄さん、あれっ!」
アルフォンスが指さす方向を見て、エドワードは目を見張る。
「トンネルが…!」

峡谷を抜ける出入り口であるトンネルが崩れている。
「あっ!…ちょっと待て!ウィンリィ!」
エドワードの手を握っていたウィンリィが突如として走り出した。
爆破の衝撃で先頭車両はひしゃげ、線路から脱線し、
トンネルの岩盤が落ちてきた衝撃で目にみえて形が潰れているのが分かる。
そして、その先頭車両から赤い炎が燃え上がっている。
「あのバカっ!」
「に、兄さんっ!?」
エドワードは荷物をアルフォンスに投げ出して、ウィンリィの後を追う。

全速で駆けるウィンリィは、先頭車両の入り口に、
人の腕が投げ出されているのが見えた。
それを見とめて、思わず身体が動いてしまったのだ。
「大丈夫ですか……っ?」
混乱と悲鳴と怒号が飛び交う中で、ウィンリィは声を張り上げる。
腕の主は、列車の床にうつぶせに倒れていた。
ウィンリィの声に、うめき声が返ってくる。
「れ、レナを…。」
ウィンリィは覚悟を決めて、列車の中へ足をかける。
ぎしりと嫌な音を立てて、列車は不安定に揺れた。
レナ、と呟いた男が、自分のほうを真っ直ぐに見てきた。
それを見たウィンリィは、一瞬ぎくりとする。
その男の目の色を見て。
……イシュヴァール人?
しかし、躊躇した心を責める暇もなく、男がなおも声を上げる。
「レナを、探してくれ。早く……」
「あなたも酷い怪我をしてるわ…っ」
「レナが…先だ…!お願いだ!…は、やく…っ」
「れ、れな、さんね。わ、分かったわ!」
ウィンリィは不安定に揺れる車内の中をぐるりと見回す。
燃え上がる火の手がすぐそこまで来ているのか、黒い煙が目や喉を焼く。
「レナさん!いませんか?レナさんっ!!」
「……ウィンリィッ!!!」
ようやく追いついたエドワードは、車内の中を見渡してぎょっと竦む。
倒れている男は真っ赤な血の海に顔を横たえていたからだ。
「レナ……さんっ?」
ちょうどその時、ウィンリィは、視界の端に床に横たわる人影を目に留める。
駆け寄ってウィンリィはなんとか彼女の身体を抱き起こした。
さらりと黒い髪が揺れた。
身につけているイヤリングやネックレスがしゃらりと音を立てる。
自分と同じ年頃の少女だった。
なんて綺麗な人だろう、とウィンリィは目を見張る。
「怪我はしてない…。気を失ってるだけだわ。…エド!」
エドワードを呼び、ウィンリィは彼女を預ける。
「お、おい!」
エドワードの声には耳も貸さず、
散乱する割れたガラスを慎重に踏みつけながら、ウィンリィは男の元へ戻る。
男の頭にゆっくりと手を添えて、怪我をしている場所を探す。
「レナは…?」
「大丈夫。この車両に、あなた以外にけが人はいないから。」
ウィンリィは諭すように言ってから、止血のために手ごろなものがないか辺りを見回す。
しかし、目に見えて白い煙が充満し始めた車内にそんなモノはなく、
躊躇している暇も無かった。
「!」
エドワードは、託された少女を引きずりながら、ウィンリィの行動に目を見張る。
ウィンリィは自分のワンピースの裾を引きちぎり、
男の頭を縛った。
「これで、少しは血が止まるはず。」
はやく、この列車から脱出しないと、と、ウィンリィが立ち上がろうとしたとき、
またもや衝撃で地面が揺れた。
列車が横転しようと傾きはじめていた。
くそっ、とエドワードは頭をめぐらす。
錬成でなんとかできないか?
しかし、目の前には崩壊するトンネルが見えた。
ここでいじれば、被害がさらに拡大するのでは、とエドワードは躊躇する。

その時だった。

「おや。こんなところで会うとは、奇遇だな。」
この声は……と、エドワードはいやな予感を確信しながら、その声のほうを向いた。






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