線路をひた走る列車に揺られながら、
エドワードは何度目か知れないため息をついた。
さっきからため息ばかり落としている兄を、
弟のアルフォンスは首をかしげながら見つめる。
「兄さん、………どうしたの?」
「………なんでもねぇよ。」
しかし、そこを別の声が割り込む。
「腹でも壊したんじゃないの。拾い食いとかでもしてさ。」
「……!誰が拾い食いするかっつーのッ!」
あら、これは失礼、と言う声が返ってきたが、
相手の様子を見た限り、謝っている風にはとても見えない。
「だいたいなぁ、ウィンリィ。なぁんでお前がいるんだよっ!」
「…あら。耳まで豆粒並に聞こえが悪くなったの?さっき言ったじゃない。」
「豆って言うなっ!それは関係ないだろが!」
ふてくされたようにエドワードは、
ぷいっと横を向き、窓の桟に肘をついたまま外の景色に目を向ける。
目の前では、穏やかな青空が広がり、次々と流れていく。
エドワードとアルフォンスは汽車を移動手段に旅を続けている。
全ては目的のため。
しかし、まさか、その旅の途中で、彼女に出会うなんて思いもよらなかった。
ここはリゼンブールとはだいぶ離れている。
こんな偶然ってあるのか?
しかも、隣に座る彼女は、いつもとは服装が違う。
もちろん、自分が里帰りするとき、彼女はいつも作業服を身にまとっていたし、
幼い頃からそれ以外の服を着ているのを見ていた。
しかし、なんだか違うのだ。
やたらに綺麗に見えるのはなんでだ?
肩の出たワンピースは薄い桃色で、白い帽子をかぶっている。
そんな服装で機械鎧整備用の工具入れを持っているのはちょっと似合わない。
「つまりね、この先のオールトって街に住む人が、
わざわざこのあたしを指名してきたってわけ。」
「………わざわざ、お前を、ねぇ…。」
エドワードの呟きをウィンリィは見事に無視する。
「でもね、ウィンリィ。最近、ここ物騒らしいんだよ。」
アルフォンスが世間話でもするように話し出す。
「若い女の人ばかり狙った人攫い事件が多発しているんだ。」
それは、今日買った新聞から得た情報だった。
「だから、ウィンリィも気をつけないと。」
しかし、親切なアルフォンスの忠告を、ウィンリィは大丈夫、大丈夫、あたしは仕事なんだからと
何の根拠があるのか、底抜けの明るさであしらう。
耳で聞き流すフリをしながら、エドワードはなんとなく面白くない。
仕事ならなんでそんな格好で出歩いてんだよ!
「で、あんた達はどこへ向かってるの?」
「…べっつにぃ。お前には関係ねーだろ。」
むっとしたように、ウィンリィは頬を膨らませる。
「何よ、その言い草。ねぇ、アル?なんでこいつ、こんなに機嫌悪いわけ?」
そんなこと、僕に聞かれても……とアルフォンスは応えようが無い。
兄が不機嫌になる理由は思い当たらなかったが、
自分に理由が分からないとなると、十中八九、
この不機嫌はウィンリィ絡みなのだろう、とアルフォンスは思う。
が、それをここで言うのはなんとなく得策ではない。
取り繕うようにアルフォンスは言った。
「ぼ、僕たちはこれからセントラルに戻るところなんだ。」
「…そ。セントラルに戻るから、お前とは途中でお別れだな。」
せーせーするぜ、とでも言わんばかりのエドワードに、
アルフォンスはなんでそんな態度取るんだよぅ、と鎧の中でこっそりため息を落とす。
セントラルへ向かうこの列車は、途中でオールトにも止まる。
ウィンリィの目的地がそこなら、途中でお別れだ。
そう思ったとたん、なんとなくエドワードの胸によぎったのはすぅっとした寂しさだ。
しかし、エドワードは、そんな自分の感覚に目をつぶる。
……まさか、こんなところで会うとは思わなかったぜ。
旅の途中で彼女のことを思い出すのはしょっちゅうだ。
リゼンブールに帰る予定は今のところないから、
いつもは想像だけの彼女が予想外のところで自分の目の前に現れて、
エドワードはなんとなく落ち着かなかった。
……このまま、ずっとオールトの街に着かなければいいのに。
それを願うのは無理な話だし、自分にも弟にも予定はあることは分かりきっていたが、
エドワードは感傷的な気分に陥ってしまう。
思うだけなら、自由なはずだ。
しかし、横の彼女はそんな自分には目もくれず、
弟のアルフォンスと機械鎧に関する自慢話を始めている。
話がよく判らないアルフォンスは、それでもまじめに相槌を打っている。
……この機械オタが。人の気も知らないで!
またしてもだんだん不愉快になってきて、
面白くない半分、からかい半分な気持ちで
エドワードが口を開こうとしたその時だった。
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