1.「おいおい、ちょっと待て」
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――冷やかし程度に10のお題


*エドとウィンリィの会話中心。






「血の匂いがする…」


ウィンリィのその言葉に、オレはびくりと身体を震わせる。
むぅ〜っと口を曲げて、不満そうに眉を顰めてみせるウィンリィに、
オレは、「あーなんだそのあれだ…」と無意味な代名詞を並べる。

右腕の整備中。
ラッシュバレーに行く前に、間に合わせの付け焼き刃的手入れをしてみたものの
ものの見事にそれは見破られて。
付着して離れない匂いに、
普段からそれに触りなれている彼女にバレるわけが無い。
しどろもどろになりながら、オレは頭を巡らせる。
こういう時、うまく立ち回って、安心させるようなことを言ってやれたらいいんだが、
どうもうまくいかない。
間に合わせの手入れが彼女を誤魔化せなかったように、
何を言っても見透かされてる気がするのは被害妄想か?

言葉をうまく継げないでいると、
ウィンリィは黙ってことんとドライバひとつをテーブルに置く。
その一挙手一投足に息ひとつ呑む。
彼女が、何をしだすか。
殴るか、怒るか、泣くか。
…どれも勘弁願いたい。ちょっと待て。今考えるから。

しかし、そんなオレの思考とは裏腹に、
ウィンリィは唐突に手を伸ばす。
なにするつもりだ、
そんな言葉を継ぐ暇もなく、ウィンリィはすっと身体を寄せて来た。
意味もなく、オレの思考は混乱しだす。
そう、意味もなく。意味は、ない。ないつもりだ。

ウィンリィは、オレの機械の右手を抱くようにして、身体を押し当てる。
「おい…」
身体を引こうとする。
しかし、間に合わない。
その腕に感覚が無いことを今は感謝すべきなのか、それとも。

「…・・・大事にしてよね」

ウィンリィはぽつんと言葉を零した。
オレは身を引こうとしつつも、
しがみつくようにしてオレの右腕に視線を落とす彼女を横目で見る。
伏せ目がちな彼女の表情は、きゅっと唇を一文字に結んで、
一心に機械鎧を見つめている。
形良い唇は小さく動いて、さらに言葉を紡ぐ。

「好きなんだから」

もちろん、それはオレに対する言葉じゃない。
その証拠に彼女の目には、機械鎧しか映っていない。

「…へいへい」

分かったから、離せよ。

それ以上は何も言わずに腕を引く。
するりと彼女の身体から自分の腕が離れていく。
感覚は無いのに、無いから余計に想像してしまう。かきたてられる。…勘弁してくれ。

投げやりなオレの言葉に、
ウィンリィは呆れたように大袈裟にため息をついてみせる。
眉をつり上げて、なんなのその怠慢な口調は、とオレをたしなめる。
怒る分にはまだマシだ。泣かれるのが弱いし、泣かしたくないし。
今はまだ、嬉し泣きにはほど遠いこの状況。
情けないことこの上ない。

「あたしが好きなものなんだから、大事にしてよね」
「へいへい」
金属の擦れ合う音がする。
カチャカチャと音を立てながら、ウィンリィは片付けを始める。
腕の具合を確かめつつ、ちらりと彼女の方を見れば、
どうした拍子かぱちりと彼女と目が合う。
不自然な間がひとつ落ちる。

「何よ」
先に口を開いたのは彼女の方だ。
…先を越された。なんだかやるせない。
「それはオレの台詞だ」
お前こそなんだよ、とオレは口を尖らせる。
別に、とウィンリィはあっさりとした口調だ。

「大事にしてよね、ってだけ。……機械鎧!」
手が伸びて、ぺちりと叩くように、彼女の手が機械鎧に触れる。

工具類を片付けたウィンリィは、部屋を出て行こうとする。
のびをしながら、あー働いた、と口調は明るい。
しかし。
あ、と思い出したように彼女は足を止める。

「アンタも」
「は?」

部屋の扉の前で、ウィンリィはくるりと振り返る。

「アンタも大事にしてって言ってるの。」
「……機械鎧だろ。分かったって」
「だけじゃなくて」

アンタよ、アンタ、と、ウィンリィは真剣な表情でオレを見つめてくる。
オレはきょとんとして、オレのことか?と自分に指をさす。
そうよ、とウィンリィは生真面目に頷いた。

「あたしが好きなものなんだから大事にしてよね」


「へーい」とのんびり返事をする。……しようと、した。

今、何か大きな聞き間違いをした気がするのだが。
ぽかんとして、戸口に立つ彼女を見返したが、
ウィンリィの表情は変わらない。
じっとオレを一瞥した後、
くるりと踵を返した。
踵を返す間際にぶつぶつと言い捨てられる。

…どうせ惚れるなら話の分かる男が良かったわ。
趣味が全然合わないじゃない。

「………はぁあ…!?」

椅子から立ち上がって、
ちょっと待て、と慌てるオレに
有無を言わさないかのように彼女はぱたんと扉を閉める。
閉まり際に見えた彼女の背中はなにやらどこか楽しげで髪を揺らしながら
扉の向こうに消える。

取り残されたオレはひとり呆然と立ち尽くす。
彼女の消えた扉をただ声も出せずに見つめた。

なんだよそれ。

身体を投げ出すように、椅子にガタンと座り直す。
勢いついて、ギシっと床が軋む。

「おいおい……」

身体の中に巡るように、立ち上るのはきっと赤い熱。
隠すように片手で顔を覆う。隠す相手はもう居ないと分かっていても。
ずるっと椅子に背を預けるようにして、天井を仰いだ。


「ちょっと、待て……?」

呟いた声は、向ける相手のないまま立ち消えた。


(fin.)




********
2005.9.18 初出
2005.9.30 
告白タイム(おい)
自覚症状有りウィンリィ対よくわかんないエド。…私もわかんない。




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