;Prologue
お前が選ぶなら、オレは捨てる。
彼は、そう言った。
「あ…」
彼女が小さく声を上げた。
押し留めるように唇を塞ぐ。
鼻腔をくすぐるのは薔薇の花びらのような甘くて少し棘のある香り。
背中に爪を立てられたけれども、
徐々に彼女の力が抜けていくのが分かる。
調えられたシーツの上に、口付けながら彼女を押し倒す。
ゆっくりと唇を離して、それからまたついばむようにまた口付ける。
欲しいのは唇だけじゃない。全部だ。
漂うように漏れる彼女の香りも、
紡がれる吐息も全て手に入れたい。食べてしまいたい。
そんな衝動。
「もう一度、言う」
顔を離せば、潤んだ瞳の彼女がいる。
どこか不安げなその青い目が、迷うように揺れる。
口をきけないのか、何度か躊躇うように小さく開いたその珊瑚色の唇は、
それでもやはり音を作らずにそのまま閉じられた。
そんな様子を、エドワードは焦れたように見つめる。
カーテンを引いていないガラス窓から、
月の光が蒼く淡く部屋を照らしていた。
その光の下で、震えるように剥き出しになった彼女の肌は白い。
エドワードは待った。
しかしやはり腕の中のウィンリィは何も言おうとしない。
ゆるゆると頭をもたげてくるのは不安だ。
拒絶されるのは嫌いだ。そんなはずはないという確信はあったが、確定ではなかった。
だから不安だった。
言葉を聴かせて欲しかった。
彼女に誓わせたかった。選ばせたかった。
「自由になりたいんだろ?」
エドワードは諭すように口を開いた。
確か、彼女はそう言ったはずだ。逃げたいと。だったら、逃がしてやる。
自由にしてやるから。一言、yesと言いさえすれば。
気の遠くなるような時間が過ぎたような気がした。
彼女の言葉を、ただ待つ。
うながすように、エドワードはもう一度言った。
「選ばせてやる」
だから、選んで。オレを。
そうしたら、全てを手に入れるから。全てを捨てて。