52.「譲れない」
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ヤサシイ方程式-4



眩暈がする。


「あ……ああッ……!」
ウィンリィは思わず漏れた声を、慌てて飲み込もうとしたが遅い。
エドワードの身体はとても重くて、きつい。
彼が動くたびに、ぎ、ぎ、とベッドが激しく軋んだ。
ウィンリィは声を抑えようと、
自分の腕を噛むようにして唇を塞ぐ。
そして、もう片方の腕で顔を隠すように目の辺りを覆う。

短く息を吐きながら、
エドワードはウィンリィの上にかぶさるように身体を倒す。
すぐ目の前に彼女の顔があった。
目も唇も硬く閉ざして、耐えるようにただ身体を震わせている。
それがなんだかとても腹立たしい。

…言えと言っているのに、目の前の彼女は言わない。
言ってくれたらこんなコトするのをやめるから。頑張ってやめるから。
それが、病人の彼女にしてやれる、オレの精一杯の事だと思ったのに、
当の彼女から今度は「優しくするな」と言われた。
オレがやめるくらいなら「言わない」だと。
でも、続けても「言わない」んだろ?
じゃあ、オレが馬鹿みたいじゃないか。
「優しくするな」ってなんだよ?
今やってることが「優しくない」ことなのか?
だったら、優しいってなんだよ。わかんねぇよ。易しくねぇよ。

ちくしょ、とエドワードは唇を噛む。

「手ぇ、どけろ」
エドワードは動きを止めて、ぽつりと言った。
答えは無い。
「目も、あけろ」

間を置いて、嫌、という低くこもった返答が返ってくる。

「きかねぇよ」
エドワードはそう言って、
ウィンリィの腕を無理矢理、彼女の顔からはがす。
「や……っ!」
離して…、とウィンリィはわずかに抗うが、
風邪で体力を失ったウィンリィに出来ることは無い。
目ぇ、開けろ、ともう一度言うと、やはり嫌、という声が返ってくる。
ウィンリィの両腕は、エドワードの両腕に押さえつけられたままだ。
じゃあ、キスする、とエドワードが言うと、これにも嫌という答えが返ってくる。

エドワードはさらに苛々した。
…馬鹿にしてんのか、こいつ。

「…わかった。もう、いい。」
エドワードが低く声を落とすと、
やめても無駄よ、とウィンリィはすかさず言う。
「どっちにしても、あたしは絶対に言わないから」
は、とエドワードは息をついてから、
ベッド脇に転がった濡れたタオルに目をやる。
「…お前の好きにすればいいさ」
そう言いながら、ウィンリィの両の腕を、片腕で一つにまとめる。
そして、あいた手でタオルをとった。
水気の含んだそのタオルを口に食み、
びり、と音を立てて二つに引き裂く。
「…なに…?」
ウィンリィは不安そうに身じろいだ。
しかし、エドワードはもう構わない。
「や…だ……」
ウィンリィは逃れようと身体をねじらせる。
しかし、両の胸の膨らみがわずかに揺れただけで、
エドワードの力には敵わない。
「や……。こんなの…」
頭のところで腕を縛られるのが分かって、
ウィンリィはようやく目を開けようとした。
「エド……待って…やだ……」
しかし、目を開けようとしても、視界は闇に遮断される。
両の目の辺りに、ひやりとした感覚が当たる。
縛られたその布のせいで、もう、目を開けることも叶わない。
「やだ……こんなの…」
しかし、エドワードは低く言った。
「お前が言ったんだろ。……『優しくするな』って」
エドワードはするりとウィンリィの頬を生身の手で撫で上げ、
彼女の目に覆われた布をなぞる。
「お前、ワガママなんだろ。…優しくするなって言葉、きいてやるよ」
そう言いながら、
エドワードはウィンリィの唇に唇を合わせる。
深く口付けを落とすと、
しないで、って言ったのに、と涙声が返ってくる。

……優しくするな、ってなんだ?
優しいって、なんだ?

エドワードは頭の中にそう疑問符を飛ばしながらも、
ウィンリィに低く呟いた。
「キスすんなってお前が言ったなら、やってやる。」
優しくするな、って言ったのは、お前のほうだ。

「あ……っ!」
ウィンリィは声を殺そうとするが、無理だった。
エドワードの動きにあわせるように、どうしても声が漏れてしまう。
手は縛られて、頭の上で彼の手に押さえつけられている。
目を開けて、彼を確認しようにも、そんな自由さえ奪われた。
「あ、…あ、あ、………」
短く息を切るように、声だけがどうしようもなく漏れる。
かき回されるように身体を激しく動かされて、
ベッドが悲鳴を上げるのが耳に届く。
そして、それに重なるように低く濁ったように響く、卑猥な水音。
さらに、息がかかるほど近いところから、
エドワードの切れるような短い呼吸が落ちてくる。
そうかと思ったら、不意にぐいと唇を奪われ、
息が続くまでキスが続く。
ひどいことをされている。
そう思った。
それなのに、身体に生まれるこの熱はどうだろう。
どうしようもなく切なくて、
もっとほしくて、もっとして、と言いたくなる。
でも、本当に言いたいことはもっと別なことだと分かっていた。

熱に任せて、生まれてくるどうしようもない快感の波に洗われながら、
敵わない、とウィンリィは涙が出てくる。
彼がひどくするのも、自分がお願いしたからだ。
「優しくしないで」って言ったからだ。
言ったから、だから彼は優しくしない。
自分のお願いをきいたばかりに。

…馬鹿。

ウィンリィは、混乱しつつある思考をなんとか手繰るように引き寄せる。
分かってしまった。
やっぱり、エドワードは優しいと。
「優しくしないで」という自分の言う事を聞いて
優しくしないエドワードはやっぱり優しいんだ。
自分のワガママをやっぱり聞いてる。
優しくしないって言ったくせに。
やっぱり優しいんじゃない。

目隠しをしていても、
ウィンリィが泣いていることがエドワードにはよく分かった。
泣きたいのはオレのほうだ、とエドワードは唇を噛みながら
さらに動きを激しくしていく。
優しくするなって言ったから、だからした。
そうしたら、今度は彼女は泣く。
いつもの涙と違うことくらい、自分にもよく分かっていた。
でも、とエドワードは思考を立ち止まらせる。
でも、よく分からない。
優しくするなといった彼女が泣いている。
何がまずいんだ?言ってくれないと分からない。

ハタとエドワードは動きを止めた。

「…な…に…?」
ウィンリィは涙声で小さく呟く。
エドワードは僅かに動くその唇をもう一度ゆっくりと味わう。
お互いに、切れた息が暗闇にこだまするように部屋に響いた。
目隠しをしたウィンリィの、その小さな唇だけが動くのは
壮絶に淫らで、エドワードは切なくなる。
このまま行為を続けて、全部奪い取ってしまいたい。
けれどそれ以上に気になっていることがどうしても知りたくて。

身体を起こして、
繋がったままウィンリィを膝に抱く。
視界を遮られた彼女はどことなく不安そうでされるがままだ。
縛った両手を自分の首に回させて、
エドワードは静かに問うた。
しかし、返ってきた言葉は、先ほどと全く同じだった。
エドワードはため息をつく。
どことなく虚脱感が自分を襲うのを覚える。

「泣くなよ」
そんなに泣きながら、絶対に嫌って言わないでくれ。
もう何が嫌なのか、どうして自分が病人の彼女にこんなコトをしているのか、
どうでもよくなってきていた。
ただ確かな気持ちは一つだけだ。
それは最初から結論として出ているはずなのに、
彼女は違うのかと疑いたくなる。
それほどに、自分と肌を合わせながらも泣きじゃくる彼女が理解できない。

「泣くなって」

エドワードは辛抱強く言葉を繰り返した。
そして、小さく息をつく。

「オレ、嫌われてんの?」

こんなコトしながら聞くようなことじゃない。
ズルい質問だ、と自覚しながらも聞かずにはおれなかった。
それほどに不安でたまらなくて。
彼女が泣いている理由が分からない。
教えてももらえない。


違う、とウィンリィは小さく言った。
じゃあなんで、とエドワードは問う。

……もう、罰にもなっていないよ、
とウィンリィは止まらない涙を憎らしく思いながら、
エドワードに返す言葉を探す。

……これのどこが、罰?
気持ちよくって、どうしようもなくて、
優しくしないでというワガママも優しくて、
涙と一緒になって止まらないほどに溢れてくる
どこまでも確かな気持ちは一つだけだ。


ウィンリィの言葉を待ちながら、
自分の中で、先ほどまでは微塵も無かった不安が形を作っていくような
そんな気持ちを、エドワードはどんどん募らせていく。

知りたい。恐いけど、知りたい。

「言って。………怒らねぇから。」

ちゃんと、受け止めるから。

ウィンリィは何も言わない。
エドワードは、ウィンリィの腰をさらに引き寄せ
力をこめて抱き締める。

「お前がワガママだからとか、そんなのは無しな。
…それ言ったら、オレも同じだから」
それを聞いたウィンリィは、しゃくりあげながら小さく答えた。
「……あんたが困るって…言ってるでしょ…」
お前、わかってねぇな、とエドワードは食い下がるように言葉を継ぐ。
オレだって、恐いんだよ、と。

「お互い様だろ。……だから、言え」
エドワードはそう言いながら、ウィンリィの目隠しを解く。
ぼんやりと霞む視界が明瞭な像を結ぶまで、僅かに時間を要した。
彷徨うように瞳を巡らせたら、すぐ目の前に金色の両目がある。

「お前がワガママだろうが、なんだろうが、
これだけは譲れねぇよ」
その言葉に、ウィンリィは涙に濡れた瞳をわずかに見開く。
だから、とエドワードは繰り返す。
「言って。………怒らねぇから。」


ワガママなのはお互い様。
……だからだ。
ウィンリィは、ひきはじめていた涙がまた溢れ出すのを止められない。
恐くて、身体は震えている。
それなのに、どうしようもなく思い知らされていた。
だから、あたしはあんたのそれに弱い。

しゃくりあげながら、ウィンリィは小さく言った。

「すきなの」


え、とエドワードは一瞬呆ける。
その言葉はあまりに唐突すぎた。

「だから」

ウィンリィは小さく続けた。
どうしようもない確かな気持ち。
あたしも譲れないのは一緒。

「だから、側にいて」




(fin.)







2005.2.19
…次回で終わります。


⇒「42.お互い様」の予定。




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