90.手に入れたい
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トライアングル-5


足を引きずるようにして小さくなっていくエドワードを、
ウィンリィはぼんやりと見つめていた。
彼の表情は全く見えなかったけれども、
全身でウィンリィは感じていた。
彼の視線を。彼の言葉を。
離れていても伝わる。心が痛いほどに感じている。
目では確認できないエドワードの視線を、ウィンリィは全身で受け止めていた。
そして、自分と同じようにエドワードを見送るのは、アルフォンスだ。

許して?というのは卑怯なのだろうか。

ウィンリィには分かりきっていた。
彼はきっと悩み、苦しむ。
自分のやっていることが、彼にとって負い目になることくらい、分かりきっていた。
でも、彼が昨夜言ったように、
忘れることはもうできない。
後戻りは、できない。
選んだのは彼だ。自分が、選ばせた。
それを迷うのは彼が自分自身を許さないから。
そして、彼がウィンリィを許したいから。
それさえも、全て分かりきってる。
触れた唇が、何度も交わした熱が、それを教えてくれた。
分かりきっているから、だから、ウィンリィは
そんな自分が嫌だった。
何も分からない、盲目のように相手を求めることができたらどんなに楽だろう。

だって、本当に仕方がないのだ。
求めているものがある。
エドワードにだってある。アルフォンスにだってある。
そして、ウィンリィにも。
欲しいものは欲しい。
それを素直に願ってはいけないのか。
そして、ウィンリィの中で、それは明瞭に自己主張している。


「ウィンリィ!」
階下から祖母であるピナコに呼ばれて、ウィンリィはため息を落とす。
盲目ではいられない。
自分には生活があり、仕事があった。
そのことばかり考えていられるほど子どもじゃないのだ。

ピナコから、友達が来ていると告げられた。
誰だろうと見てみれば、それは学校が一緒だったメリィだった。
昨日の昼、道端でキスをしていた女の子だ。
「メリィ…。久しぶり。」
ウィンリィはなんとか明るい声を出そうと努力する。
メリィはえへへ、とはにかむように笑い、
話があるの、とぽつんと言った。

長い黒髪をゆらゆらと揺らせながら歩くメリィの横を、
ウィンリィは目を伏せがちにしながら歩く。
この道の先を、エドワードが歩いて行ったのを思い出して、
少しだけ胸が高鳴るのを感じた。
今は、鉢合わせになりたくなかった。
彼には家がない。
メンテナンスの間はウィンリィの家に泊まる。
だから、必然的に顔をあわせなければいけなくなるのだが、
今は、今だけは、考えたかった。
それはきっと、彼も同じ。
だから、アルフォンスさえもほったらかして、
エドワードはふらふらと出て行ったのだろう。

「話って、何?」
ウィンリィはなかなか話を切り出そうとしないメリィを促すように
口を開く。
「……実を言うと……話っていう話はなくて……」
ウィンリィは首をかしげながら、
困ったように忙しく動く彼女の黒い瞳を覗きこむ。
「その、さ、……昨日、見られちゃったから。…なんかね、…」
顔を赤くしながら、彼女はぽつんと呟いた。
いてもたってもいられなくて、と。

「どうして?」
なおも首をかしげて、ウィンリィは尋ねる。
「いやー、どうしてって言われると……私もわかんなくて。」
困っちゃうよね、と彼女は笑う。
頬をほんのりと染めながら笑顔を向ける彼女は
驚くほど眩しかった。
「メリィの話、聞かせてよ。」
思わず、ウィンリィも笑みをこぼす。
それくらいに、彼女はとても幸せそうで。

道端にいい具合で二つ並んだ木の切り株に二人して腰掛けて、
メリィの話にウィンリィは耳を傾ける。
それは、彼女がいかに相手のことを好きかがこぼれてくる話ばかりで、
ウィンリィはそれがうらやましい。
告白したのはメリィからなのだという。
好きだと思ったら、止まんなくなったの、という彼女が本当に嬉しそうで、
ウィンリィは口元に笑みを浮かべながら黙って話を聞いている。

腰掛ける二人の目の前に広がるのは、のどかなリゼンブールのいつもの光景だ。
見上げた空が眩しくて、ウィンリィは目を細める。
生まれた時からずっとここで生きてきた。
春がきて、夏がきて、同じように一年は巡っていき、
それでもずっとこの世界は変ることはないと信じていた時期があった。
いや、そんな疑いさえも知らない幼い時代があったのだ。
いつの間にか、あいつがいて、アルフォンスがいて、
それが当たり前だと思っていた。
自覚したのがいつなのかも知らない。
気がついたら、そんな気持ちが生まれていたのだ。
あいつが旅に出るようになって、
帰りを待つようになって、そんな思いは日増しに強くなってくる。
側にいなかったからこそ、自覚するようになったのかもしれない。

流れるように広がる青い空の下で、
黄金色に焼ける小麦畑が風に撫でられて波をうつ。
まばらに群れる羊とそれを追う犬の声が遠くに響き、
羊番の人影がくるくるとよく動きまわっている。
それを目で追いながら、ウィンリィは、ああ…と嘆息する。

始まりがいつなのかさえも分からない気持ちだった。
昔はこんな風にはならなかった。
唐突に目に入ってきた小さな人影が、
エドワードのものだとすぐに直感する自分がいる。
そして、どうにも止まらない動悸は
果てがないのではないかと思えるほどにどんどん高まっていく。
「ねぇ、メリィ。
欲しいものがあるのに、それがかなわない。
どうすればいいと思う?」
とめどなく溢れてくるメリィの話はとどまるところを知らないようだった。
彼女なら言うに違いない、とウィンリィが思ったことを、
思ったとおりに、メリィは言った。
「手に入れるまで、頑張るしかないよ。」

ウィンリィは軽く笑った。
小さく、わかった、と唇が動く。
しかし、その目は遠くの人影をしっかり捉えている。
びっこをひきながら歩く彼は
揺れる金髪に太陽の光を弾きながらこちらへと近づいてくる。

あたしに気づいてる?

ウィンリィは立ち上がる。

あたしはここにいる、と彼に言いたい。
こんなにも心が震えている。
好きな気持ちがいっぱいで。
欲しくてたまらない。


何も解決していない。それは分かっていた。
けれど、足を踏み出せば、それだけ彼に近づける。

許して?というのは卑怯だろうか。

卑怯だと言われてもいい。
許されなくてもいい。
どうせ、どちらにしろこの胸の高鳴りから解放されることはないのだから。

ウィンリィは足を踏み出した。
人影が、ゆらゆらと揺れながらこちらに向かってくる。
近づけば近づくほど胸が痛い。感じすぎて、痛い。
それが、逃れられない事実だった。



(fin.)







2004.11.16
……だらだら続いてます。管理人の能力不足のせいで…;
もうちょい続きます。いいわけは全て終わってから。




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