10.Love or like?
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トライアングル-4


「兄さん…。」
アルフォンスははっと居直った。
整備室の外の廊下に、エドワードが立っている。
少しだけ離れたところから、兄が自分を見上げてくるその視線があまりに暗いので、
アルフォンスは感覚を覚えるはずのない魂のみの存在であるにも関わらず、
立ちくらみのような眩暈を覚えた。
「兄さん。……聞いてたの?」
「何の話だ。」
エドワードはくるりと背を向けて、
ひょこひょことびっこをひきながら歩き出す。
アルフォンスは鎧の足音をガシャガシャ言わせながらそれを追った。
「兄さん。待って。待ってよ。」
エドワードは何も応えず、無言でロックベル家を出る。
「聞いてたんだろっ。ウィンリィの話。あれって……」
とぼけて見せたけれども、エドワードが嘘をついているとアルフォンスは直感する。
ロックベル家の玄関を出れば、デンが勢いよく吼えてエドワードにまとわりつく。
エドワードはそれには構わず、
足をひきずるようにしてただ歩く。
エドワードの左足はピナコが調整するために、今はスペアが取り付けられていた。
足元をまとわりつくデンをそのままに、
エドワードはロックベルの庭先を抜け、一本道を突き進む。
「兄さんってば!」
アルフォンスはどうして自分がこうムキになるのか分からなかった。
ただ、何かに焦っていた。
それを確かめるかのように、兄の言葉を、兄の表情を、感情を、知りたい。

エドワードはぴたりと立ち止まり、
くるりとアルフォンスのほうを振り向く。
一本道の真ん中にアルフォンスが途方にくれたように立っている。
そのさらに向こう側には、晴れた青空の下にたたずむロックベル家が見える。
「アル。……オレはな、お前が大事なんだ。」
…お前と誓った。
元の身体に戻ると。それを忘れてはいけない。あれは、約束であり、戒めであったはずだ。
真っ直ぐに金の瞳が自分のほうを見てくるので、
アルフォンスは口ごもった。
「僕だって…それは、一緒だよ……。」
でもね、とアルフォンスはためらうように続けた。
「僕にはウィンリィだって大事だよ。」
だって、ずっと小さい頃から一緒だったもの、と小さくアルフォンスは言った。
「オレもだよ。」
そう言った兄の表情はしかし、これまで見たことないほどのものだった。
なんとか笑ってごまかそうとした兄の口元が、わずかに震えているのが目に見えて分かった。
「なぁ、アル。」
「何。」
「オレは許せる立場に無いんだ。」
…許して欲しいのはオレも同じ。しかし、それは同時に彼女を許すことと同義だった。
だったら、自分には出来ない。
昨夜口付けた弟の身体はあんなに冷たいのに、
どうして彼女の温かな唇を平然と求めることが出来た?
これが、現実だった。
彼女は、自分のせいだから、と言った。
そんなはずは無かった。求めていたのは自分も同じなのだから。
それなのに、彼女は彼女自身を責め、自分を責めない。
責めることもされない自分に募るのは、どうしようもなく降り積もる罪の意識だった。
あんなことを彼女に言わせる自分が、嫌だった。どうしようもなく、罪悪感だけが残る。

「オレはお前も大切だし、ウィンリィも大切に思ってる。」
言いながら、自分の中にどんどんどす黒いものが溜まっていくのを感じる。
昨夜の嵐の夜に、自分は気づいてしまった。
弟と自分の認識が大きくかけ離れてしまっていることに。
小さい頃からずっと一緒だった。でも、それ以上に何かが違う。符合が合わない。
「優劣なんか、決められないくらいに…。」
「何言ってるんだよ。そんなの……」
優劣なんてあるわけないよ、とアルフォンスは言いかけて、はたとやめる。
優劣という言葉がどうして兄の口から出てくるのか、アルフォンスはふと思い至る。
どうしてウィンリィは、自分に対して許しを願ったのか?
そして、すぐにその願いを撤回したのか?

自分を見上げてくる兄の表情が追い詰められたかのように必死で、
アルフォンスは首をかしげた。そして、はっと後ろを振り向く。
振り向いた先に、光を弾くハニーブロンドが翻る。
ベランダに立って、こちらを真っ直ぐに見ているのがウィンリィであることに、
アルフォンスはすぐに気づいた。

「大切に、思ってるんだ。」
背後で、呟くように兄が言った。
それは自分に向けられたものであり、そして同時に、そのさらに向こう側に立つ彼女に向けられたものでもあった。
……けれど、それだけじゃ足りない。
彼女が言っていることは、つまりはそういうことだ。
そして、自分も。

エドワードはくるりと背を向けて歩き出した。
それにお供をするのはデンだ。
しかし、アルフォンスはそれ以上、兄を追うことはしなかった。
馴れない足取りで小さくなっていく兄の背中を、アルフォンスはぼんやりと見つめていた。
そのさらに後ろでは、やはり、ハニィブロンドが風に揺れていた。


(fin.)






2004.11.05
…あと3回くらい?もしかしたら4回?続きます。




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