28.三角関係
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トライアングル-3


「兄さん……眠れないの?」
何度目かの寝返りを打ったとき、
唐突に闇の中に声が落ちた。
「……まぁな。」
ばれていたのか、とエドワードはこっそり息をついた。
上半身を起こし、隣のベッドでその鎧の身体を横たわらせている弟を見る。
闇目にも、弟が自分のほうを見ているのが分かった。
星ひとつ無い嵐の夜に、窓がガタガタと震えている。

「なぁ、アル。……今、何考えてる?」
「え?」
鎧の中からびっくりしたような声が反響した。
アルフォンスは生身の身体がない。
鎧の身体に定着されているのは、
エドワードの血印によって鎧に留め置かれた魂のみだった。
食事を取る必要もなければ、眠る必要も無かったのだ。
休むエドワードの隣で、アルフォンスは長い夜の時間をやり過ごしていた。
エドワードは離れたところからじっとアルフォンスを見つめた。
アルフォンスにはその表情はまったく見えなかったけれども、
兄の真剣な声に少し考え込む。
「……兄さんこそ、何考えてる?」
エドワードの身体が少し身じろいだ。
「何って……」
聞き返されるとは思わなくて、エドワードは口ごもる。

頭の中に蘇るのは、彼女との口付けだった。

「……賢者の石のコト。」

ほんの少しだけ、二人の間に沈黙が下りた。
「…僕も、だよ。」
アルフォンスは身体を起こし、見上げてくる兄を見下ろした。
「朝がくるまで暗闇の中でじっとやり過ごすだけの夜が来なければいいな…て。」
自分たちには目的がある。
賢者の石を見つけること。
何度かそれに手を伸ばそうとして、失敗した。
そのたびに、頑張ろうと這い上がってきた。
元の身体に戻る。その目的のためだけに。
前に進む。
それが、弟との誓い。

エドワードはまた一つ息をついた。
そして、ベッドからするりと抜け出す。
「…兄さん?」
兄が近づいてくる。
アルフォンスは首をかしげながら、闇に動くその影を見つめる。
「アル、…じっとして。」
エドワードはベッドをぎしりと言わせて
アルフォンスの鎧に手を伸ばす。
「兄…さん……?」
何か、音がした。
アルフォンスは首を動かそうとするが、エドワードの腕に押さえられていてそれが出来ない。
エドワードはゆっくりと目を閉じ、
鎧の頭に唇をあてる。
その感触はひどく冷たくて、哀しいほどに硬い。
「何…?」
エドワードは目を伏せる。
そう、これが現実なのだ。
どうしようもなく立ちふさがって、答えの可能性をすべて奪ってしまう現実。
「……お休み。オレ、もう寝る。」

ばさっとシーツを翻して、エドワードは自分のベッドにもぐりこむ。
それから、ひとつも身動きすることなく。
アルフォンスはぽかんとして、
兄が触ってきたらしい額の辺りに手を伸ばした。
何がなんだか分からなかった。
呆然としたまま、朝は来た。


「ねぇ、ウィンリィ。兄さんがなんか変なんだ…」
翌朝。機械鎧の整備室で黙々と作業を始めるウィンリィのすぐ横で
アルフォンスはぼんやりと呟いた。
ウィンリィの作業する手がぴくりと止まる。
エドワードは、
別室でピナコに足を見てもらっていた。
「変?……エドが?」
「うん。……ずっとぼんやりしてる。」
しかし、昨夜の兄の様子を具体的に明かすのはなんとなく気がひけて
アルフォンスはそれ以上は言わない。
アルフォンスの言葉にくるりと振り向いたウィンリィの目は、少し赤い。
「腹でも壊したんじゃないの。」
それか、悪いものでも食べたか、とウィンリィは自嘲するように言った。
「そんなんじゃなくて……」
言いながら、アルフォンスはひやりとしたものを覚える。
それは、直感とでも言うべきか。
……ウィンリィと兄さんの間に、何かあった…?

アルフォンスは内心首をひねる。
喧嘩か?それとも……。

「ねぇ、アル。」
「え?」
ウィンリィの言葉にアルフォンスの思考はぷつりと途切れる。
「あたしね、許す覚悟があるのよ。」
「え?」
ウィンリィは手にした工具を机の上に置く。
手袋を脱いで、
ゆっくりとアルフォンスに向き直り、近づく。
「アル、…かがんで?」
伸ばされたウィンリィの手に引っ張られるままに、
アルフォンスは鎧の頭をウィンリィに傾ける。
そして、やはり、あの音が降ってきた。
鎧の空洞に、それが反響する。
冷たいな、とウィンリィは小さく息をついた。
だから、だ。だから、あいつは許さない。
「……ねぇ、何か、あったんでしょ。兄さんと、ウィンリィ。」
最初に落ちた疑念は確信へと姿を変えて、
アルフォンスの空洞の鎧を満たしていく。
唇を離して、ウィンリィはアルフォンスを見上げた。
その目はやはり赤く腫れている。
「…許そうと思ったの。…でもね、あいつが許してくれないの。」
「わかんないよ。言っている意味が。」
アルフォンスの言葉にただウィンリィは笑う。
アルフォンスは戸惑う。
それは笑っているはずなのに、泣いているみたいだった。
「こんなあたしを、アル、許して?」
アルフォンスは首を振る。
分からない、という意思表示だ。
ウィンリィの笑顔はどんどん泣き顔に変っていく。
そんな気がした。
しかし、彼女は泣かなかった。
困ったように、笑顔を浮かべてアルフォンスを見上げている。
「ううん。……許さなくてもいいの。
だって、ホントにどうしようもないことなのに。」
ウィンリィはぽつりと言った。
エドが好きなのよ、と。

嗚呼、とアルフォンスは吐けないため息をつく。

ウィンリィは泣くように笑った。笑って見せた。
「ね?……ホントに、どうしようも無いの。」

アルフォンスは黙り、整備室から出る。
ぱたんと後ろでに扉を閉め、
そこで立ち尽くす。
彼女が口付けたらしいその箇所にそっと手を触れる。
そして、もう一度、吐けないため息をやるせなく吐いた。



そこは、昨夜、兄が唇を寄せた場所だった。



(fin.)





2004.11.01
…意味不明です。でもまだ続きます。もう少しお付き合いいただければ幸い。




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