「夢落ちる」





彼が出て行く。
朝靄の中、あたしはその背中を見送る。
何も言うつもりは無かった。
それなのに。
「行かないで…」
思わず、口に出てしまったその言葉。
慌てて唇を押さえても、もう遅い。
小さな呟きは、まっすぐに彼に届いてしまっていた。
くるりと振り向く彼。
金色の目がわずかに見開かれている。
「ウィン…リィ……?」
しまった。
言ってはいけないことを、言ってしまった。
「ち、違うの。・・・今の、無し!」
エドワードの顔が、どんどん険しくなっていく。
「無しって………なんだよ、それ……っ」
入り口へ向かっていた体を方向転換し、
エドワードは真っ直ぐにウィンリィの側へ寄ってきた。
「違う。ホント、間違いなのッ!」
ウィンリィは両手を顔にあてうつむく。
エドワードの顔を見ることができない。正視できない。
しかし、その手を力強くとられ、
ウィンリィは無理矢理顔を上げさせられる。
小刻みに震える、金色の瞳がすぐ側にあった。
「オレは……ホントは……」
目を伏せながら、エドワードは絞り出すように言う。
「ホントは……っ」





目が、覚めた。
ウィンリィはむくりと起き上がる。

………夢?

ようやく自覚した瞬間に、自分の目から涙が溢れていることに気づいた。
ベッドの上には自分ひとりだけがいる。
側に、彼のぬくもりが残っているはずがない。
彼がそこに居たのは、もうずっと前のこと。
いなくなってしまったのに。

ウィンリィは、ぎゅっと抱きしめた枕に顔を埋めた。
少し湿ったその枕は、自分がずっと泣いていたことを示している。
泣きたくないのに。
涙はとめどなく、勝手に溢れてくる。
一体、どこに、こんな大量の涙があるのかしら。
ウィンリィはそう思いながら、目を押さえる。

行かないで、って言えばよかった…………?

ウィンリィは、そんなはずは無い、と一人で首をふる。
そんなはずはない。
彼には夢があった。
弟の身体を取り戻す。
あたしの我侭をきいているゆとりはなかった。
けれども、アルフォンスは戻ってきても、彼は戻ってこなかった。

本当は……
ウィンリィは自分が悔しかった。
約束すればよかった?
そしたら、戻ってきてくれたのかも?
行かないで、って言えばよかった…?

言えば、彼の負担になっていた。
言ったか言わなかったか、
それで結果が変わるなんて思っていない。
それでも、愚かなことだと思っていても、
どうしても繰り返し自問してしまう。

行かないで、って言えば、あなたは戻ってきたんじゃないかって。

でも、何度過去を嘆いても、
たとえ過去に戻れるとしても、
あたしは言えない。
今、この未来が過去の自分に見えたとしても、
彼に言いたくない。言えるわけが無い。

なのに、こんな夢を見てしまった。


「オレは……ホントは……」

ありえない過去を夢見て、
胸を焦がす自分がバカみたいだった。
その言葉の続きはなに?
その言葉の続きが聴きたい。
あなたの声が、聴きたい。


「…っ」
破れそうになるくらいに、枕を抱きしめる。
涙は、止まらない。
はやく、泣き終わらないと。
また朝はきて、一日は始まる。
なんでもない風に一日を過ごして、また夜がくる。
その前に、この涙を早く枯らさないと。


それでも、焦がれるように願ってしまう。
その言葉の続きが聴きたい。


けれど、あんな過去はありえない。
そして、あの言葉の続きを言ってくれるはずの彼はここにはいないのだ。それが、現実。

「エ、ド……ぉ」

嗚咽が、止まらない。

その言葉の続きを。
あなたのその声で、聞かせて?




永遠に訪れることのないその過去の夢に、
あなたが出てきたことだけで
こんなにも胸を焦がしている。








(fin.)

2004.10.14
やはり、まとめられませんでした。どうやらまだ最終回をひきずっている模様。





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