「雪の降る音がする日には」




音も無く雪が舞い続けている。

小さい頃、「雪の降る音がする」と言ったら、
「何言ってんの、お前」と馬鹿にされたことがある。
無心に舞う粉雪をガラス越しに見ながら、ふとそんなコトを思い出した。

窓辺の桟に腰をかけながら、コーヒーをすすれば
ふんわりと甘い味が口の中に溶ける。
窓の外を見やれば、そこは一面に白い雪で覆われている。
リゼンブール駅へと伸びる一本道さえも雪の白に埋もれてしまっている。
「ま、期待するだけ、無駄かな。」
あたしの呟きに、脇に座っていたデンが一吼え返す。
それに軽く笑みを浮かべて、あたしは立ち上がった。
クリスマスだろうが関係ない。
それでもあたしの毎日はいつも通り始まって、いつも通り終わるのだから。


「おや、今年はツリーは飾らないのかい?」
ばっちゃんの言葉に、あたしはさらりと飾るよーと返す。
「ほら。」
ばっちゃんは首をかしげた。
「そんな小さいのかい?」
「うん。今日の為に作った。あたし専用。」
えへへ、と笑いながら、
あたしは両の掌に載るくらいのサイズしか無いミニチュアサイズのツリーを、
腰掛けていた窓の桟にちょこんと載せる。
「小さい頃はでかいモミの木に飾ってたのにねえ」
そういいながら、ばっちゃんはヤカンを火からおろす。
こぽこぽと湯気を立てながらマグカップにお代わりのコーヒーを注いでもらって、
あたしはもう一度窓の桟に腰をかけた。
手の中にじんわりとこもる熱があたたかい。
ふわりと漂うコーヒーの香りを楽しみながら、
あたしはもう一度、何気無い振りを装いながら窓の外を見る。
「でかいモミの木はいらないわよ。もう、そんな子どもじゃないもん。」
それに、一緒に飾る幼馴染も今はいないしね、とは、
あたしは口にしなかった。

小さい頃は三人でモミの木の飾りつけをしたこともある。
てっぺんの星がどうしても飾れなくて
三人で四苦八苦しながらそれでもどうにか飾り終えると、
今日はクリスマスなんだ、という気持ちになれた。
でも、今はそんなことはもう出来ない。

無心に降り続ける窓の外の雪模様を目にしながら、
もうひとすすり、コーヒーを口にする。

しんしんと積もりゆく白いそれは何かを隠して、氷付けにしていく。
音を立てながら、何かをひた隠していく。
今でも彼は馬鹿にするだろうか。
雪の降る音がする、と言ったら。

待っている、と決めた。
それなのに、どうしても切に願ってしまう。
こんな、雪の降る音がする日には。
もっと、どんどん降って。
降って、隠して?
誤魔化して?


電話が鳴った。
心臓がことんと跳ねる。
気がついたら、ばっちゃんよりも先に受話器に手をかけている。


「ウィンリィ?」


ああ、バカね。

声を聞けただけで、こんなにも心臓がドキドキ言ってる。
眩暈がする。泣きたくなる。
それなのに、出てくる言葉は全然違うもので。

「何よ。……珍しい、わね………」
アンタが電話してくるなんて、という言葉は、続けられなかった。

「あー…別に、用ってほどでも無いんだけどな…」
雪がすっげぇ降ってんだ、と低い声でエドは言った。

「聴こえる?……雪の音」
一瞬、電話の向こうでエドの気配が消えた。
彼が何をしているかようやく気づいて、
そして、彼が今何を言ったのか、その言葉の意味をようやく理解して、
え、あたしが声を漏らす前に、
耳の奥に、切り裂くような汽笛の音が響いた。

「な、に…?」
電話の向こうに、彼の気配が戻ってくる。
低い声は呟いた。
今、駅にいるんだ、と。


「…ばっちゃん!」
受話器を置いて、あたしはとるものもとりあえず、外に出る。
背中で、どこに行くんだい!というばっちゃんの声を聞いて、
駅!と大きな声を張り上げた。

デンが吼えながら付いてくる。
家で待っててね、とデンをたしなめながら、
あたしはふと、さっきまで座っていた窓に目をやった。
ガラス張りの向こうに、小さなクリスマスツリーが見える。

…こんなことなら、うんとデカイ、モミの木を切っておくんだった。

「行って来まぁす!」

気をつけるんだよ!という声に押し出されて、
あたしは走り出す。
手には傘を二つもって。


待ってるんじゃなくて、迎えに行く。
今日だけは。
こんな雪の降る音がする日には。

だって、今日はクリスマスじゃない。


(fin.)









2004.12.24
…エドよ、……お前、誰だよ!!と激しく自分でツッコミながら書きました…。
突発的に書こうと思いついた小説。仕上げまで総所要時間40分。…短かッ!
何はともあれ、いつもサイトにお越し頂いている皆様、有難う御座います。
サンタにはなれないと悟った管理人からお礼とも言えないクリスマス小説で御座います。お楽しみ頂ければ幸い。
ではでは、皆様、良いクリスマスをv






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