「そよ風」






「エド〜?パーツの計量が終わったから……」

じんわりとにじむ汗を払って、
肩をぐりぐり回しながらウィンリィは作業場を見回す。
しかし、当のエドワードの姿がどこにも無い。

彼のことそっちのけで作業に没頭していたためか、
ウィンリィは
彼が一体いつ、作業部屋から抜け出したのかも思い出せない。

「あれ……?エド?」

しょうがないなぁ、とウィンリィは伸びを一つしてから、
するりと頭からバンダナをはずす。
縛られたままの頭が解放されて、
ふっと気が軽くなる。

首と肩をひねりながら、
まったく、どこへ行ったんだろうかとため息をついた。
ちらりと外をみやってから、
この暑さだからきっと家の中だろうと呼んでみる。
が、返事はない。
照りつけるような太陽の光が、窓から家の中まで反射している。
夏はもう終わりなのに、セミの声はひっきりなしに響きわたり、煩わしい。

「もう。世話が焼けるなぁ…。」
家の中であの錬金術オタクが行くところといったら書棚しかない。
ウィンリィは盛大なため息をついて、ぎしぎし音を立てながら階段を上る。
「もぅ。計量終わったからさっさと…。」
書棚のある部屋の入り口に立って怒鳴りつけようとしたら…。


「………エド?」

反応はない。
見れば、彼は書棚にもたれかかって居眠りをしていた。
左手から分厚い本が落ちそうになっている。

まったく暢気なものだ。
ウィンリィはもう一つ盛大にため息をついてみたが、彼が起きる気配はない。
何の本を読んでいるんだろう、とウィンリィはそろりと近づいてみる。
ぎしり、と床がかしいだが、それでも彼は身動き一つしない。
彼の抱えている本の中身をひと目みて、ウィンリィは頭を押さえる。

…よくもまぁ、こんな本が読めたもんだわ。

彼が国家錬金術師だということは知っていたが、ウィンリィはいまいちそれがどういうことなのかよく判らない。
しかし、彼はやっていないように見えて、実は昔から結構努力家だ。それを、ウィンリィはよく知っている。よくやるもんだわ、と昔から感心したものだ。それを口に出して言ったことはないけれど。

出来るだけ物音を立てないように、彼の横にちょこんと座ってみる。背後の書棚がぎしりと悲鳴を上げたが、彼は目覚めない。
彼の手からずれ落ちそうになっている本を持ち直そうとしたがうまくいかず、仕方なくウィンリィはそれを彼の左手から取り上げる。そして、そのまま自分の膝の上に乗せた。

…………う〜ん。やっぱり、わかんないわ。あたしには。

並んでいる文字は確か、昔国語の時間に習った自分の国の言葉のはずなのだが…。それでもウィンリィにはさっぱりだった。
ぱらりと、風に吹かれて、その本のページがめくれる。ふと見れば、
隣のエドワードの金色の髪も、折からそよぐ風のせいでふわふわと揺れている。硬く閉じられたまぶたがぴくりとも動かないので、ウィンリィはイタズラしてやろうかしら、という邪な考えを振り払うのに苦労する。しかし、彼がこうして寝ている顔をまじまじと見るのは初めてだったので、もう少し見ていたい、とも思う。

……気持ちいいなぁ。

隣には寝入ってしまって静かなエドワード。
膝には意味のわからない錬金術の本。
そして、部屋をそよぐ優しい秋の始まりの風。

ついつい、ウトウトしてしまったって、不思議ではない。

「ねぇねぇ、兄さん……」
とやってきたアルフォンスは、兄と幼馴染が仲良くお昼ねしていることに気づいて、邪魔してはいけない、と慌てる。

……兄さん、昨日も徹夜で本を読んでいたし。ウィンリィだって疲れているだろうし。

起こすのは忍びない、とアルフォンスはご丁寧に書棚のあるその部屋の扉をぱたんと閉めて出て行く。

「……ん…?」
扉の閉まる物音に気づいてようやく目が覚めたエドワードは、隣で自分の肩に頭を寄せながら寝入る幼馴染を見て仰天する。

……なんでここにコイツがいて、こんなとこでオレと昼ねしてるんだ?
慌てて体をずらそうとしたが、しだれかかってくるウィンリィの身体が気になって動かせない。彼女を支えなおそうとしたが、左肩は彼女の頭が乗っており、頼みの右手は整備中でここには無い。

……う、動けん。

さて、どうするか、と左手をぱたぱた地面に這わせると、ウィンリィの太もも辺りに手が当たってしまい、さらにぎょっとしてしまう。つなぎの服の上からでもわかるその輪郭とやわらかさに思わず心臓がどきんと撥ねるのを自覚してしまう。

………ば、バカ。意識したら…。

慌てれば慌てるほど、気になってしまう。
首だけ動かしてそっと確認してみれば、やはり彼女は寝ている。
「ウィンリィ……寝てる……か?」
閉じられた瞼が動く気配はない。
なんで自分がこんなに緊張しているのか、ふと気づいてバカバカしくなってくる。元々はコイツが悪い。こいつがオレの隣で暢気に昼寝なんかしてるから!

そろそろと身体をずらし、ウィンリィの顔をゆっくりと覗き込む。エドワードが身体をずらすごとにウィンリィの身体はどんどんエドワードのほうへ倒れこんでくる。

胸が高鳴るのを、エドワードは自覚していた。ひどく悪いことをしているという感覚。それを、コイツが悪いんだ、という風に人のせいにしながら、エドワードはどんどん顔を近づける。

しかし、エドワードの目論見は途中で破られてしまう。

「ウィンリィ!どこにいるんだい!」
彼女の祖母の声が階下から響きわたったからだ。
「!?」
ぎょっとするエドワードは、自分と彼女の身体を支えていた左腕をカクンと折ってしまう。その拍子に一気に彼女の身体が倒れこんできて…。

「……。」
エドワードを下敷きにしてしまったウィンリィは、その拍子にぱちりと目を開けてしまう。
「……なに、やってんの。あんた。」
「……それは、オレ、の、台詞、だっ。」
息も切れ切れにエドワードは慌てて取り繕おうとしたが、ウィンリィは気にした風もなく、立ち上がり、「はーい」と祖母に返事をする。

「あ、あんた、パーツの計量終わったから、あとから来なさい。」
書棚の部屋から立ち去る間際に、ウィンリィは思い出したようにエドワードに言い渡す。
「……へいへい。」
盛大にため息をつきながら、エドワードは横柄な返事を返す。ウィンリィの膝から転げ落ちた錬金術の本に手を伸ばし、また続きを読もうとページをめくりだす。
その様子をじっと見つめていたウィンリィは、ぽつりと一言。

「今度からは、正々堂々とやりなさいよね。」

はた、と動きの止まるエドワード。ぱっと勢いよく上げた顔は茹で上がったように赤くなっている。
「お…前っ…!起きてたのかよっ!!!」
「さぁ?何の話?」
勝ち誇ったように立ち去るウィンリィの顔は、満面の笑顔だ。
「ちょ…っ、待て、コラ!」
エドワードは本を投げ出してウィンリィの後を追う。
「何をやったっていうのかな〜?エドは。ほら、言ってみなさいよ、ほらほら。」
「寝たフリしやがって!待て、コラ、おい。」
「何の話かしら〜?」
くすくすと笑いながら逃げるウィンリィを、茹で上がったタコのような顔をして追いかける兄。その様子を見ながら、首を傾げるのはアルフォンスだ。

やれやれ、と肩を落としながら、兄が散らかしたままの書棚部屋へとアルフォンスは向かう。
そよ風にぱらぱらとページがめくれる錬金術の本を拾い上げ、アルフォンスはそれを書棚へと戻す。

部屋にかかるレースのカーテンが優しく風にそよがれ揺れている。
それを見ながら、もう秋だなぁとしんみりするアルフォンスを尻目に、
エドワードとウィンリィの言い合いだけが、ロックベル家を揺るがしていた。

「寝込みを襲うなんて最低ッ!!」
「何がだ!寝たフリするほうが悪いんだろッ!」


「………。」
事情を察したアルフォンスは、また一つ、深刻なため息を落としていた。



(fin.)







2004.10.08
若干、ウィンリィが攻め気味で。書いていて楽しかったです。かなり明るめで。






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