「お嬢様の起こし方」



*執事設定なパラレルです。
苦手な方は退避願います。
パラレルOKな方はどうぞ。朝に弱いお嬢様VS執事な小話。
いろいろ試行錯誤中につき、読み辛い点等ご容赦下さい






お 嬢 様 の 起 こ し 方







カラカラカラ……と金属が床を噛む音がする。

途切れ途切れなその音は、
まだ寝静まっている屋敷内の廊下に
意外に大きく響いた。

聞こえるか聞こえないかの大きさだったそれが、
屋敷の最奥へ徐々に近づいて行く。



その音に、「ん」と小さくあがる声にもならない声。


そこは
屋敷の最奥にある部屋。

重く閉ざされたカーテンのせいで薄闇に沈む部屋の真ん中で、
ベッドに横たわる少女はまだ朝のまどろみから抜け出せずにいた。


そんな少女に追い打ちをかけるように、
響くのはノック音。


形式ばかりのノックは三回で止み、
問答無用とばかりに重い扉は押し開かれる。

「お嬢様」
ぽつんと落ちた声は、どこか押し殺したように低い。


銀色に光を鈍く弾く給仕車を押しながら、
部屋に入ってきたのは、この屋敷の執事だ。

皺ひとつない燕尾服をかっちりと纏った彼は、
太陽にも似たその金色の眼差しでもって、
部屋の中を静かに見渡した。

ベッドの中で乱れたシーツに抱きつくようにして
横たわる少女がいる。
この屋敷では、彼の主人にあたる存在だ。

「ウィンリィお嬢様」
彼はめげずに、物静かな声で主人の名をもう一度呼ぶ。
しかし、白いシーツの上で
豪奢なハニイブロンドを乱れるままにさせながら
まどろみを抜け出せずにいるウィンリィは
やはり彼の声に反応しない。

彼は息をひとつついて、
おもむろに部屋の大窓に歩み寄る。
そして、
窓を覆う厚いカーテンを両手で容赦なくひいた。
暗かった部屋に、朝の陽光がいっせいに入り込む。


「ん……」

低く声がひとつ零れる。
それを耳で捉えながら、
彼は両手で窓を押し開いた。

ガラス窓の向こうはテラスへと続いている。

さんさんと光さす太陽に、
すっかり透き通るような青に色を変えた空。
すがすがしいほどの快晴だ。

どこからか届く鳥のさえずりを耳にしながら、
彼がくるりと振り向くと、
ベッドに横たわる少女は、しかし、
まだ眠りについたままだ。

「お嬢様」
朝です、と言いながら、
彼はベッド脇に近づく。

しかし、ウィンリィは朝の光から背を向けるように
ころりと寝返りをひとつうったのみだ。

そんな主人を一瞥する彼の表情に、
動じた様子は見えない。

少女は朝が苦手だ。

「お嬢様」
「………」
朝の光を浴びて浮かび上がる彼の黒い影が
枕にひしとしがみついたウィンリィの上に
ゆらりとさす。

「お嬢様、朝です」
「ん……」
ウィンリィは眠そうに小さく声をあげると、
シーツの下に潜り込もうとする。

「…………あと、五分、待って……」
しかし、彼はにべもなく言い渡す。
「だめです」
「…………」
「朝です」
「…………」
「起きてください」
「………………」
「遅刻しますよ」
「………………………」

畳み掛けるように物静かに諭す彼だったが、
ウィンリィは頑として起きようとしない。

ほほう、と彼の精悍な表情がわずかに動く。
それまで何事にも動じないような仏頂面をつくっていた彼の金色の瞳に、
それまでの穏やかさとは別種のものの光がひとつ宿る。

「お嬢様」
寝ているウィンリィにさらに彼は近づいた。
体を軽く屈めて、まだ眠りを続けようとする彼女の顔を覗き込もうとする。

んー………とウィンリィは小さく唸った。
眉をしかめ、自分の眠りをしつこく妨げようとする執事を追い払うように、不機嫌そうに言う。

「………あとさんぷん…」
しかし、彼の言葉は変わらない。
「いけません」

「………あといっぷん」
「だめです」
「あと、さんじゅう秒」
「起きてください」

執事の声音が変わる様子はない。

目を頑なに閉じたままむぅーっと唇をとがらせたウィンリィは、それでもまだ食い下がる。

まどろみはゆるやかにさめていっていた。
それでも、なんだか彼を困らせてみたくて、
ウィンリィはさらに続けたときだった。

「あと十秒………」
「わかりました」

うってかわって落ちてきた今までとは別の答えに、
え、とウィンリィの思考が止まる。
だめです、と彼が咎めてくれると思っていたからだ。

ぎ、とベッドがひとつ軋む。
背を向けているウィンリィの耳元に
彼は顔を近づける。
黒いテールコートとは対照的な金色のポニーテールが、
するりと彼の肩から一房滑り落ちた。

耳元に、間近に落ちてきた彼の低い声。

「あと十秒で起きてくださいませんでしたら、
キスします」


何を言われたか。

ウィンリィは一瞬理解できなかった。
しかし身体が反射的に動いている。
ガバっと上半身を起こす。
それをすべて予測していたかのように、
彼はひょいと上体をかわしたため、
彼と彼女が不遇にもぶつかってしまうということは
もちろん起こらない。


あ、あ、アンタねぇ…………っ!
と顔を赤らめたウィンリィは、
酸欠状態の魚のように口をパクパクさせながら
彼を睨み見上げたが、
当の執事は涼しい顔だ。

「お目が醒められましたか、お嬢様」

素知らぬ表情でいつもの挨拶をひとつ。
運んできた銀色の給仕台には茶器が一式そろっている。

真っ白に磨かれたカップから、
ほとほとと心地よい水音が溢れて、湯気が立ち始めた。
つんとひとつ薫るのは、紅茶の匂いだ。

執事が目覚ましのお茶を用意しているのを
ウィンリィは顔を赤らめながら睨んだ。
物静かな彼の顔からは、
さっきの言葉が本気なのかウソなのか、簡単には判別できない。


「どうぞ」
「……」
物静かな所作でカップの乗ったソーサを手渡されて、
ベッドに入ったままのウィンリィは揺らぐ白い湯気に鼻を寄せる。

「ダージリン?」
「ええ」
執事は頷く。
「少し濃い目に」

ウィンリィは息をひとつついて、
そっと唇をカップにつける。
眠そうに紅茶をすする主人を、執事は黙って見守る。

「眠い」
ひとくち飲んだ彼女が漏らす第一声。
「目覚ましにならない」

困らせようと思ったのに、目の前の執事は全くもって動じてくれない。いいように起こされてしまった彼女は、なんだか少し、面白くなかった。

「左様でございますか」

それならば、
とベッド脇に立つ彼は少女の手からソーサをとる。
彼女の手からとりあげながら、
彼はひょいと顔をかがめて、彼女の顔を覗き込んだ。

真下から見上げるように目の前に現れた金色の眼差しに、
ウィンリィは真っ直ぐに射抜かれてしまう。


「それではほかの目覚まし方法を?」

「!」

右手でソーサを受け取ったまま、彼は器用に顔を傾ける。
彼の左手がウィンリィの頭の後ろにするりと回った。
しかし彼は、彼女に触れようとはしない。


不意打ちに、ウィンリィの挙動は全て止まってしまう。
近づいてくる気配に思わず肩をすくめて目を閉じる。


キスされる。





しかし、唇はもちろん、落ちてこない。


ただ一瞬だけ、ウィンリィの唇に吐息がひとつ触れてきたのは
彼女の錯覚だろうか。


「冗談ですよ」


顔を離しながら
笑みを含んだ声でそう言った彼だったが、
細めた金色の眼差しは笑っていない。

「お嬢様」はようやく目が醒められたらしい。
ウィンリィの頬に、鮮やかな朱が昇る。
それを見つめながら、
彼はようやく言った。


「おはようございます、お嬢様」


ウィンリィは唇をかわいらしく尖らせる。
またしても負けてしまった気分だ。
とりたてて何か勝負しているわけではないのに、
どうしてこうも悔しいのだろう。


涼しい顔をして紅茶を片付ける彼に、
ウィンリィはようやく朝の挨拶を返す。

とうの昔に、目は醒めていた。
しかしまるで、白旗を降る気分だ。


「……おはよう、エド」


不服そうに赤らめた頬をわずかに膨らませながら呟いた主人に、
ええ、とエドワードは口元だけ笑って応えてみせた。
ウィンリィは目をそらす。
彼の笑顔から。


開け放たれた窓から飛び込んでくる朝陽が眩しい。
しかしそんな光満ちた朝よりも眩しい執事の顔を
真正面から見れないほどに動揺してしまっている自分を、
ウィンリィは人知れずこっそりとうらんだ。





(continue....?)








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2007.05.29up

こんな朝を繰り広げてたら楽しそうですねという妄想。
こんなんエドウィンじゃねーーと思いつつも大変楽しいのがパラレルです(パラレルを書く楽しさはマフィアで実証済みです。こういうのが楽しかった方はChoiceかMelissaをどぞーと、どさくさに紛れて意味不明な宣伝ですか)

こんなセクハラ執事、速攻で解雇モノだろ!常識的に考えて。

普通はお嬢様ならメイドが起こしにくると思いますが、見逃してください…。(執事が起こしにくるのは旦那さまだった記憶がある)

アル様を登場させたいので地味に執事が続きそうな気配です。
その際はまたお付き合いくださると嬉しい。
実はテケトーな設定があったりなかったりですが、今から出来上がっていくかと。こんなエドになっちまったのはまぁ理由があったりなかったりですが、読みたい方いればまた書きます。



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