*12巻収録内容前提に適当な捏造。甘みはカケラもありません。
「は?」
さて、オレは今日、何度「は?」と言っているのだろう。
***
蜂蜜色のポニーテールを揺らしながら、
ウィンリィは既に仁王立ちだ。
言わんこっちゃない、とばかりにおろおろするアルフォンスの脇で
エドワードはぶすっとしかめ面を見せたまま、「よぅ」と右手をあげる。
ウィンリィに反応は無い。
仁王立ちのままふるふると震えているのは
間がいいのか悪いのか、彼女の右手に握られているスパナだ。
言っとくけどな、と
右腕を示したエドワードは、警戒するように
ウィンリィをじぃっと真っ直ぐに見据えた。
「これは不可抗力だ」
言い終わる前に狂気めいた銀の凶器が飛んでくる。
「なぁにがっ、不可抗力よ――!!」
ラッシュバレー。とある晴れた午後。
往来に響く怒声に行きかう人々が一斉に振り返る。
地面にもんどりうって、エドワードの視界はくるりと反転ひとつ。
目の前いっぱいに広がるのはやたらに間の抜けた青い空だ。
(あー……これは)
まっさらな青い空を瞳にうつしながら、
エドワードはぐらぐらする頭の端でぼんやり呟く。
(…いつもどおり、ってやつか)
ずかずかと足音を立てる勢いで側に寄ってきた彼女が
不意にエドワードの視界に入る。
エドワードの顔を上から覗き込む彼女の肩から
蜂蜜色のオーロラがさらりと零れた。
見上げた先で、彼女の視線とエドワードの視線がカチリと合う。
「おかえり」
落とされた言葉に、おう、とひとつ、返事をした。
*
あんたってホント学習しないわね!と
アトリエガーフィールの中でまたひとつお決まりのように怒鳴られて、
それでもどこかほっとしている自分がいるのをエドワードは自覚している。
差し出された機械鎧の腕を、
ウィンリィはエドワードの隣に座って検分を始める。
いつもどおりの作業を順番どおりに始める彼女に、
エドワードはなんとなく落ち着かない。
彼女はどこまでもいつもどおりだった。それが、落ち着かない。
(触れていいのか、悪いのか)
どこか躊躇している自分が、なんとなくみっともない。
しかし、どうしたことか踏み出せなくて、
エドワードはじりじりとしている。
中央であったことを忘れたかのように、
いつもどおりの彼女。
(触れていいのか、…悪いのか)
エドワードのそんな気持ちなど露知らずといわんばかりに、
ウィンリィはてきぱきと機械鎧を分解していく。
手際のよさをちょっぴり感心しながら
彼女の手元を横目で眺めていたら、ぽそっと彼女が一言。
「また変形させたわね……」
ぎくっとひとつ身体を震わせて、
あー…なんだその…とエドワードはしどろもどろになりながら
言葉を探す。
しかし、エドワードの言葉を待つことなく、
ウィンリィは作業を続行する。
それっきり、二人の間に言葉は無い。
エドワードは横目でちらりとウィンリィを見る。
自分の右隣に椅子を並べるようにして座る彼女の視線は
一心に自分の右手のみに注がれている。
迷いの無いその目に、
訊いてみようか、どうしようか、迷っている自分がいる。
「なぁ」
「なに」
「………」
ウィンリィはこちらを見ようとはしない。
それにちょっぴりほっとしながら、
しかし、何を聞きたかったんだっけ、とハタとエドワードは言葉を失う。
「なによ」
ウィンリィはやはり、視線はそのまま、言葉だけできいてくる。
「お前」
「うん?」
「……変わり、ないか?」
「…なにが?」
初めて視線をあげて、ウィンリィはエドワードの顔を見る。
一瞬だけ視線が重なる。
ひどく近いところにお互いの顔がある。
それに、ようやく気付く。
いたたまれなくなって、瞬間的に斜めに視線を外す。
(…なにしてんだ)
どこか、なぜか、いたたまれない。
やっぱ、なんでもねぇ、と言おうとしたが、
ウィンリィのほうが早かった。
「…ひとつ」
「は?」
ウィンリィは視線を機械鎧に戻してから、
ぽつんと笑うように言った。
「ひとつだけ、あったかな」
エドワードは一瞬言葉を失う。
すぐそばに、彼女の横顔がある。
笑うようにそう言った彼女の目元はやたら柔らかく緩んで、
結んだ唇にも淡い笑みが浮かんでる。
「へ……ぇ」
それって何、と訊こうとした時、
ウィンリィはおもむろに整備の手を止める。
「肩凝っちゃった」
ちょっとだけ待って、とウィンリィは両手を組んで伸びをする。
「昨日、ちょっと夜更かししちゃったんだよね」
納品が迫ってて、とウィンリィは付け足すようにぽつんと言う。
「少しは休めよ」
そう言ったら、
「あら、あんたには言われたくないわね」
と茶化すように言葉を返された。
何の話だよと、エドワードはむすっと口をへの字に曲げる。
「あのなぁ。オレは真面目に……」
しかし、言葉をまたさえぎられる。
「ありがと」
「は?」
音が立たないのが不思議なくらいに、
またしてもぴったりと視線が合ってしまう。
オレは今日何度「は?」と言っているのだろう……と
エドワードは自分がなんだか間抜けな気がしてくる。
いつもどおりの彼女が、
いつもどおりなのが、なんだか落ち着かない。
「ありがと」
視線を真っ直ぐに向けたまま、
ウィンリィは小さな唇をゆっくりと動かす。
「なにが」
多少の間を置いて、彼女はぽつんと呟く。
「……休めって」
…ああ、それか。
エドワードはほっとしてしまう自分がいる。
…それくらいで、礼なんか、言うな。
ウィンリィはもうひとつ小さく伸びをしてから、
おもむろに立ち上がる。
「?」
なんだ?とエドワードが見守る中、
ウィンリィは座っていた椅子をずるずると引きずり始めた。
「おい」
「……」
「何のつもりですか?……ウィンリィサン?」
「……休憩」
「は?」
オレは今日何度「は?」と言っているのだろう…
とまたしてもエドワードは言葉を失う。
背中に、彼女の髪があたる。
髪だけではない。
「前ばっかり俯いてると、首と背中痛いの」
そう言うウィンリィは、どこか笑いをかみ殺したような語調だ。
「いて」
エドワードは、がくっと前のめりになる。
背中に彼女の背中が当たる。
エドワードの真後ろに、背中合わせになるように座ったウィンリィは、
伸びをするように、エドワードの背中に背中を預ける。
「あー…眠い」
ちょびっと休憩、と
背中を傾けた彼女は笑うように繰り返した。
伸びをする彼女に、押されるようにエドワードは前のめりになっている。
こつんと背中に当たる感触は、
預けるように傾けられた彼女の頭。
…なんなんだ。
いつもどおりの彼女が、
いつもどおりなようで、そうでない。落ち着かない。
何か言おうとエドワードは言葉を捜す。
しかし、何も出てこない。
背中合わせに彼女を伺うが、彼女もまた、何も言おうとしない。
落ちる沈黙は、しかし居心地は悪くはない。
「エド」
不意に呼ばれて、
なんだよ、と思わずぶっきらぼうに返す。
「ありがとね」
「……」
休憩がか?とエドワードは小首をかしげる。
前のめりになったこの状態で、
後ろの彼女の表情は確かめようがない。
耳と背中に全神経を集中させる。
「あのとき」
落ちてくる言葉は、はっきりしたことを何一つ示さない。
それでも、その言葉が示しているのが、
自分がずっと気にかけていることに違いないと、
エドワードは瞬間的に確信する。
「あのとき」
「……」
「止めてくれて、ありがとね」
「……」
預けた背中をそのままに、
ウィンリィはもう一度、その言葉を口にする。
…礼なら、一度言った。
面と向かって、言った。
…ひとつ。
変わったことがある。
だから。
ウィンリィは預けた背中を感じながら、
ふっと笑う。笑いをかみ殺す。
背中合わせなら見られない。
ひとつ、変わったことがあるのだ。だから。
エドワードに見られるがいやだから、
だから背中合わせに言葉をひとつ。
「ありがと」
「……おう」
低い声が返って来る。
布越しでも、背中越しでも伝わってくる。
あわせた背中は硬くて、そして大きい。
…同じところには並べない。
知っている。
それでも今、どうしようもなく穏やかな気持ちでいられるのは。
(生かしているだけじゃない。
あたしも、エドに生かされている。
生かす為の手を、エドに、生かされた。…あの時。)
だから、あの時、ありがとうと。
「エド」
「ん」
「危ないこと、あんまり、しないでね?」
「……おう」
背中合わせに言いたいことを、言いたい放題言ってみる。
「機械鎧、壊さないでね?」
「……おう」
「壊したら、スパナだからね」
「……………おう」
そろそろ重いんだけれど、と言おうか言うまいか
エドワードは悩みはじめる。
いつもどおりの彼女が、
いつもどおりなようで、そうでない。しかし、いつもどおりだ。
しかし当たる背中の感触はどこか心地よくて、
エドワードはぼんやり前を見つめた。
彼女の表情は見えないまま。
言葉だけが背中合わせに落ちてくる。
「エド」
「ん…」
「すきだよ」
「おう……」
一拍の間が落ちた。
「は?」
聞き返した自分はひどく間抜けに違いない。
しかし、エドワードは聞き返さずにはいられなかった。
…さてオレは今日、何度「は?」と言っているのだろう、と。
(了)
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2005.11.23
12巻発売おめでとーございます(意味不明)
同人誌用のネタでしたが色々迷って使わないことにしたので適度にオン用に書き直ししてアップ。
12巻後、色々あってラッシュバレーに帰り着いた…という妄想補完をお願いします。
原作のウィン→エド発覚はヤバいですね。どうしてこの二人は未だにちゅーの一つもしていないのか私は真剣に疑問です(すいません)
告白タイムは何度書いても美味しい…。背中にも萌えてますが、今萌えてるのは手です。手ふぇちです。すいません。