ひるがえるのはエドワードの背中だった。
硝煙が立ち込める破壊された街中で、
建物の瓦礫の合間を縫って、彼の背中が遠くなっていく。
待っているしかできないの?
傷の男に向けた憎しみは行き場を失って、
引き金をひくことのできなかった己の無力さだけが身の内に残る。
蛇蝎(だかつ)のごとく、自分の非力さを呪った。
それと同時に、ウィンリィの身の内に宿ったのは、恐怖だった。
失いたくない。
遠のく背中を空色の瞳に焼き付けながら、ウィンリィは戦いていた。
この戦場で、
この無力な自分が、
彼を失わないために、
何ができるのだろう、と。
「エ、ド……?」
見たことのないような、精悍で真っ直ぐな金色の瞳に囚われる。
ウィンリィは動けなくなっていく。
まるで世界のすべてがそれであるように、彼の瞳を見つめ返す。
予兆めいた衝動が、身体の内側から打ち乱れる鼓動となって競りあがってくる。
(なんだろう、この感情は)
定められた儀式の所作のように、ウィンリィは思わず目を閉じる。
困惑と同時に誘われるまどろみのような安堵の予感がそこにあった。
彼の顔が近づいてくる。空気が動いて、それがわかる。
この感情を確信する。
もう音楽もなにも関係なかった。
そこにエドワードがいる。そこにウィンリィがいるという、二人だけが認める世界。
二人して重なった想いが、感情が、なんという名前を持つのか、
二人して今はまだ知らない。
それでも身体は知っているかのように、二人を近づけあう。引き合わせる。
この感情に、名前をつけるとしたら?
答えを出すよりも、エドワードは目を閉じていた。
ウィンリィの後れ毛に手を添えて、ゆっくりと彼女の顔に顔を近づける。
「あなたが彼を見ようとすれば、
彼は必ずあなたから目を逸らすんです。
……ご存知でしたか?」
【あらすじ】
旅の途中、偶然ウィンリィと乗り合わせたエドとアルは、列車事故に巻き込まれてしまう。
煙を上げる車両の中からウィンリィが助け出したのは、赤い瞳をした少女エレーナだった。
足止めを喰らった三人は、乗り合わせていたマスタング、そしてホークアイと共に、
イシュヴァールの血の流れをくむ民族の自治区・オルドールへと降り立つ。
そこは疑惑と伝説が渦巻く「裏切り者の街」と呼ばれた場所だった。
「エレーナには気をつけろ」
この近辺で失踪する女達が何人もおり、
その失踪事件の首謀の嫌疑がエレーナには掛かっていた。
マスタングはエドワードに、ウィンリィを守るようにと忠告する。
<王が死の如き苦しみに直面したとき、3匹の蛇が選択をせまる。
ひとつめは肉体を喰らう蛇。
ふたつめは精神を喰らう蛇。
みっつめは魂を喰らう蛇。
どの蛇を選んでも、王は代価を支払い、その苦しみを和らげる天女を手に入れる。
ただし、契約のとき、王は必ず、蛇をひとつしか選べない。
選ばれた蛇は大いなる赤い石に代わり、王を永遠の至福へと誘うだろう。>
言い伝えに彩られた街で、数日を過ごすことになったエドワードとウィンリィとアルは、
街の首長の娘・エレーナと、その幼馴染であり、宰相の息子・ハンスの不思議な絆に触れる。
「あたしは待っていることしか出来ないんです」
エドワードに「生かす手だ」と言われ慟哭するしかなかったウィンリィは、
あの戦場で身を切るほどに切実に感じざるを得なかったエドワードへの想いを
ハンスに打ち明けてしまう。
そんなウィンリィに対して、ハンスはまるで何かを狙うかのように、
ウィンリィに諭すのだった。
「……待つだけではない。あなたにも、出来ることがある」
「Holy Ground -Please Kill me, and Kiss me」 「愛してる女から、殺してくれと言われたことがあるか?」 |
【お読みになる前にご注意】
・このお話は原作テイストをお借りした、架空の街を舞台に展開するエドウィン捏造ストーリーになります。 |