側にいないことが日常。
いないことが、普通。
側にいるほうが、異常。
側にいるのは、毒々しくて、
でもどうしようもなく甘美な、そう、まるで呪いのよう。
目を開けているのか、閉じているのか。
それさえも判別出来ないほどに、重い夜の帳の中で、
エドワードは静かに金の両目を開く。
そうして、エドワードは5分ほど、見えない天井を一心に睨みつける。
その後に、ようやく決心がついたように、そっと身体を動かして、
隣で眠りにつく少女に目をやる。
頭をエドワードの肩の辺りにこすり付けるようにして、
彼女は浅い寝息を立てている。
エドワードはじっと彼女の顔を見つめ、
ほんとに寝てるよな……?と確かめるように顔を近づける。
お互いの睫がふれあいそうになるほど顔を近づけてみるが、
ウィンリィは身じろきひとつせずに静かに寝息を立てる。
「……起きろ。暴力女。」
ためしに言ってみる。やっぱり、起きないけれど。
エドワードは息をひとつついて、ゆっくりと身体を起こす。
彼女を起こさないように、動作は慎重に、だ。
ベッドがぎしりと音を立てるのにもいちいち敏感になりながら、
エドワードは着替えを始める。
支度が終わったころには、東の空は白々と明け始めていた。
事情を察しているらしい弟のアルフォンスは、決して部屋に入ってはこない。
たいていは、一階の入り口の辺りで、エドワードが降りてくるのを待っている。
愛用のコートを羽織り、手袋もはめた。鞄も持った。
ウィンリィは起きる気配はない。
ほっと胸をなでおろして、
エドワードは部屋を出ようとする。
扉に手を掛けたときだった。
「………エ、ド。」
ぎくっと、エドワードの動きが止まる。
恐る恐る、彼女の方向を振り向く。
朝靄の藍色に包まれた彼女の部屋には、
身じろき一つせずにベッドの上に横たわる彼女だけがいる。
エドワードは、「ちくしょう!まったくもう!」、と自分の頭をくしゃくしゃにかいた。
未練がましい自分が、ものすごく嫌だった。
鞄を置いて、そっとベッドに近づく。
規則正しく寝息を立てている彼女に手をのばして、
そして髪に触れようとして、途中で止めた。
思いなおしたように手袋をはずし、右手と左手で交互にウィンリィの髪をかきわけた。
彼女のぬくもりを感じ取れる左手と、
そうでない鋼の右手。
いやおうなく、自分の罪を意識する瞬間。
本当は、もっとこうしていたい。
でも、ダメなんだ。
自分に言い聞かせるように、エドワードは呟いて、ウィンリィの髪を撫でる。
「ン……」
薄く開いた彼女の唇から、息がこぼれる。
次にここへ帰ってくるとき、彼女はここにいるのだろうか。
不意に胸をよぎるのは、一抹の我侭な不安。
そうだ。この先、何が起こるか誰も確かなことはいえない。
いつ帰ってくるかも判らない自分を、彼女がまた待っていてくれるのか。
そう思い至り、エドワードは、ちくしょ、と心の中で呟く。彼女を疑うなんて、ただでさえ彼女に無理を言っているのに、二重の間違いだ。
けれど、自信が欲しい。証が欲しい。
エドワードはもう一度、寝入るウィンリィを見やる。
そっと頬に触れた。
薄く開いている唇の上に、そっと唇を重ねる。
触れたそこから、甘くしびれが走る。
唇を離す間際、唇が触れているかいないかというところで、そっとエドワードは囁く。
帰ってくるから。だから、待っててくれ。
それは、目が覚めている彼女には絶対にいえない言葉。
わがままでしか無い言葉。
ゆっくりと身体を離し、エドワードは扉へ向かう。手袋をはめて、鞄を持っても、もう彼女はうわごとでも呼び止めてはくれない。
エドワードはぎゅっと目を閉じ、扉を開ける。
「…行くぞ。アル。」
遅い兄を心配したのか、アルフォンスがすぐそこにいた。
ぎしり、ぎしり、と階段を降りる音が小さくなっていく。
「……………バカ。」
エドワードの去った部屋に、ぽつりと声が響く。
「ホント……バカ。」
唇を押さえながら、ウィンリィが呟く。
彼がいなくなった部屋に、その言葉は儚く消える。
いつかやってくる王子様のためだけに眠りにつく少女でいられるわけがない。
それでも、今の彼の言葉は、魔法だ。
彼の口付けは、棘のように毒々しくウィンリィを縛るに違いない。
ウィンリィは気だるく身を起こす。
言えるものなら言ってしまいたい。
行かないで。と。
言えるわけ、ないじゃない。
それなのに、彼はどうしようもなく甘美な口付けで、ウィンリィを縛る。
ゆっくりと両手で目をこする。
泣いていない。
涙で心がひたひたになる前に、また彼が帰ってくるといい。
そうでないと、また泣いてしまう。
外で、デンが吼えている。
側にいないことが日常。
いないことが、普通。
側にいるほうが、異常。
側にいるのは、毒々しくて、
でもどうしようもなく甘美な、そう、まるで呪いのよう。
呪いに囚われた御伽噺の中のお姫様は、それでも必ず幸せな結末が来る。
あたしは御伽噺のお姫様なんかじゃない。
それでもあたしは毒に囚われ、王子の帰りを焦がれるんだわ。
バカみたいに、ひとつおぼえで。
ため息をついて、ウィンリィはゆっくりと立ち上がった。
カーテンを音を立てて開ける。
飛び込んでくる朝の光が眩しい。
また、一日が始まる。
彼がいない、一日が始まる。
長い、長い、毎日が。
(fin.)
2004.10.07
いきなり唐突にエセシリアスっぽく…。が、なんだか……ものすごく微妙な感じ。うまくまとまらず…、こんな形に。
…精進します。