眠れない。
月さえも溶かしてしまいそうな深い闇の中で、ウィンリィは小さくため息をついた。
その隣では、ウィンリィを腕に抱えるようにして眠りにつくエドワードがいる。
その腕は、今朝、ウィンリィが完成させた機械鎧だ。
徹夜明けで昼間は寝続けてしまったので、眠れるはずがないのだ。
いつもはコトの終わったあとは前後も分からず眠りに落ちてしまうのに。
先ほどまで続いていた行為がリアルに頭の中で思い出されてしまい、
ウィンリィはまた心臓がドキドキと高鳴ってしまうのを自覚してしまう。
上体を起こし、ウィンリィは横たわるエドワードを見つめた。
正確に言えば、部屋の暗さでエドワードの表情や姿はぼんやりとしか見えない。
ベッド脇には窓があったが、カーテンで閉じられている。
リゼンブールの闇夜には低く月がかかっていたが、
カーテンのおかげでほとんど光は漏れない。
息がつまるほどに、部屋の中は静寂と闇が横たわっていた。
眠れないと、困るのだ。
エドワードは思い出したようにリゼンブールに帰ってきては、ウィンリィを求めた。
何度か繰り返しこの行為を経験したが、いまだにウィンリィは慣れることが出来ない。
しかし、明日の朝には、エドワードは旅立つだろう。
だから、眠れないと困るのだ。
「まったく、もうこのバカは……。」
思わず呟いてしまう。部屋が暗くて本当に良かった。
いや、エドワードは寝ているので、問題はないのだが。
どちらにしろ、今の自分は顔が赤いに違いなかった。
それを、見られたくない。
「……………バカってぇのは、聞き捨てならねぇな。」
「え」
思わずひいてしまった身体を、鋼の腕が引き寄せる。
「逃げるな。」
「お、お、起きてたの!?」
「おう。」
エドワードは抱き寄せたウィンリィの髪を手でいじりながら、息をついた。
「16回だ。」
「え?」
ウィンリィはエドの顔を覗き込もうとしたが、表情は見えない。
が、エドワードがわずかに怒っているということはすぐに分かった。
「16回。お前のため息の回数。」
「!?……っずっと起きてたの?ため息って…数えた!?」
髪をいじる手を、今度はウィンリィの顎へと持ってくる。
エドワードの表情は闇に溶けて分からなかったが、舐めるようにじっと彼に見つめられていることだけは分かった。
「なんかイヤなことでもあったのか?……それとも、…その…、」
エドワードは最後の所で言いよどむ。
ウィンリィはじっとエドワードの言葉を待った。
イヤなことがないわけではない。
毎日生きていれば、ささいなことでも嫌になることがあるものだ。
でも、そうじゃない。
ウィンリィが抱えているものは、自分でもそれが我侭だということが分かっていた。
だから、目の前の男にそれを言うことは出来ない。
ためらいながらもエドワードは言葉を続けた。
「それとも、そ、その……イヤ…だったか…?さっきの…」
「……」
一拍の間を置いて、ウィンリィはエドワードが言いたいことに合点がいった。
「やっぱり、バカね。」
「なんだよっ!なんなんだ?やっぱりイヤだったのか?」
思わずムキになってエドワードは言い返す。
「…ち、違うわよ!いや、そうじゃなくて…。」
イヤ、じゃない。でもイヤじゃなかった、って言うのはすごく恥ずかしい。
だからそんなことを言わせるエドワードにだんだん腹が立ってくる。
「……バカ!い、言わせないでよ!」
見えないエドワードに向かって思わず振り上げた手を制止されてしまう。
手首をつかまれ、シーツの上に強く押し付けられた。
「……や…っ……ァッン」
乱暴に唇を塞がれた。
すぐに息苦しくなってきて、ウィンリィの身体は思わず逃げてしまう。
しかし、エドワードは逃さない。
息もつかせず、ついばむようにキスを繰り返す。
ウィンリィの息が荒くなっていく。
「だ…めぇ……ってば…!っさっきも…し、たでしょ…ッ!」
「……っまだ、だ。」
エドワードは片手でウィンリィの手首を押さえたまま、彼女の身体に唇を這わす。そしてベッド脇のカーテンに手をかけた。
「やッ!」
ウィンリィは顔をそむける。やわらかな月の光が、ウィンリィの白い身体を浮き上がらせた。
「閉じて、エドッ!…や、ヤダッ!」
しかし、エドワードは聞かない。
「…このまま。このままで」
「エドッ!」
思わず涙が出そうになって、ウィンリィはぐっとこらえた。
闇になれた目に月の光がささる。
見上げた先に、エドワードの顔があった。
「?…エド?」
そのエドワードの顔が真っ赤に染まっていて、ウィンリィは目を丸くする。
「な、なにッ!?」
「や…その……なんというか。まじまじと見たのは初めてというか…。」
「…このバカ!!変態!」
「うわッ!?」
ウィンリィの身体に見とれてつい緩んだエドワードの手から、ようやくウィンリィは自由になる。しかし、恥ずかしさに任せてエドワードに向けられた手はやはり空を切って、つかまってしまう。
「その、…キレイだな、ウィンリィ…。」
恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。
ウィンリィは空いていたもう片方の手をエドに回した。
恥ずかしがっていると知られたくなかった。
「眠れないの…。」
エドワードの肩に顔を埋めてウィンリィは震えていた。
彼の身体にしがみついて耳元でささやく。
心臓が早鐘をうち、頭の中で痛いほど響いていた。
恥ずかしいけれど、言ってしまいたかった。
本当に言いたいことは絶対にいえないのだ。
なら、これくらい、聞いて欲しい。
どうせ、明日いなくなったら、またしばらくは会えない。
そう、眠れなければ、意味がない。大変なことになる。
「して、…いいよ。エド。」
言葉を吐き出して、エドワードの中でウィンリィは震えた。恥ずかしくて死にそうだった。
…本当の言葉が言えないのなら、これくらい聞いてよ…。
エドワードはゆっくりと身体を離し、ウィンリィの顔を包むように手をあてる。
味わうようにゆっくりとキスをした後、エドワードは低く呟いた。
「イヤなことが、あったのか?」
ウィンリィはゆっくりと首をふった。
さらりと長い髪がゆれて、月の光をはじく。
「眠れないから…。疲れただけ。」
エドワードはそれ以上何も言わなかった。
「や…はぁ…!」
ぎこちない手でエドワードはウィンリィの乳房に触れる。
キスを落とし、包むように舌で先を転がせば、そのたびにウィンリィの身体は震え、鳴いた。
胸を弄るだけ弄り、エドワードの手と舌はさらにさらに下腹へと伸びていく。
足を開かされて、少しばかり乱暴にエドの手がそこを弄る。
月の光に照らされて、自分の肢体が全てエドワードに見られていることに激しく羞恥を覚えた。
「やぁ…!ダメぇ……ッ」
自分が何を言っているのか分からない。
あまりに恥ずかしくて、あまりに感じすぎて、ウィンリィは鳴く。
ダメと言ってもエドワードは止めないし、止めて欲しくなかった。
鳴くウィンリィの口をまたもエドワードは塞ぎ、
ウィンリィは逃れるように身をよじった。
この人はどこでこんなことを覚えてくるのだろう。
波打つ快感に呑まれながら、ウィンリィは必死でエドワードの身体にしがみつく。
エドワードに抱かれるのは嫌いじゃなかった。
最初は戸惑ったけれども、エドワードが自分を求めてくれるのは嬉しかったのだ。
…いつも傷だらけの機械鎧。
震えるように母の墓の前で一人立つ彼。
彼を包みたい、と思っていた。
でも、ことはそう単純ではなく、彼はいつも傷だらけだった。
だから、笑った顔も、怒った顔も、その声も目も髪も唇も、
すべて、好き。
すべて、感じていたい。
だけど、一番言いたいことは、絶対に言えない。
彼を知っているから、だから言えない。
『側に、居て。』
たったこれだけの言葉。だけど…言えるはずが、無い。
言ったらエドワードは…。
「ウィンリィ…大丈夫か。」
わずかに息の上がっているエドワードがゆっくりと覆いかぶさってくる。
「あ……ッ」
ウィンリィは言葉にならず、首を縦に何度も振る。両の手を伸ばしてエドワードにしがみついた。
「いれるぞ…」
言った瞬間、エドワードはウィンリィを貫く。
「あ…ッゥ……あんッ…!はぁん!」
エドワードは何かを確かめるようにゆっくりと動き、次第にその律動を早めていく。
「や…ッあ!!はんッ!ああ……ッ」
喘ぎ声が部屋中に響く。
自分の声にあわせるように、エドワードと繋がった部分から水音が打ち、ウィンリィの耳に刺さる。
身をよじって逃れようとしても、ぴたりと結合した腰が激しく振られる。
そこから生まれる熱い快感が、エドワードとウィンリィを溶かしていく。
もっと、感じていたい。
泣き喘ぎながら、ウィンリィは手を伸ばしエドワードの唇を吸う。
応えるようにエドワードの舌がゆっくりと差し入れられた。
側に居てもらえないなら、もっとめちゃくちゃにして欲しい。
何も分からなくなるくらいに自分を酔わせて欲しい。
でないと、眠れない。
眠れないと、辛い。
あなたがベッドから抜けて出て行くその姿を見なくてはならなくなる。
そうしたら、我慢していたものが全部こぼれてしまいそうになるのが分かるのだ。
だから、抱いて。壊れるくらいに。
何も分からなくなるくらいに。
揺れる視界の端に、月明かりに照らされて繋がる二つの陰をみた。
床の上で繰り広げられる影の痴態がウィンリィの羞恥心をさらに煽る。
「ウィン……リィ…ッ!」
余裕の無い声でエドワードがさらにウィンリィを強く抱きしめた。
動きはさらに激しくなる。
「好きだ…ッ…ウィンリィ……」
果てる瞬間にエドワードが投げた言葉。
全身でエドワードを感じながら、ウィンリィは泣いた。
どうして、そんなことを言うの?
普段は言わないくせに。
一番、一番、欲しい言葉…。
だめだ…泣いたら、きっと彼が困る。泣けない。泣いてはいけない。
しかし涙は止まらなかった。止めることが出来なかった。
そして、そのまま、何もかもが闇の奥のさらに奥へと引きずられていくのを感じていた。
気がつけば、たいていは、いい時間帯だ。
ウィンリィは気だるく重い身体を起こした。
隣に手を延ばし、エドワードがいたはずのその空間を確かめるように握る。
そこは、ほんのりと、暖かかった。
外で、愛犬のデンが吼えている。
それは、合図だった。
ウィンリィは顔に手をやり、ゆっくりと覆う。
自分が泣いていないことを確かめるために。
裸足のままベッドを降りる。
素足に冷たい木の床がギシリとかしいだ。
昨晩踊っていた影はもうどこにもなく、まばゆい朝陽が差し込んでいる。
朝陽に目が眩みながらも、ウィンリィはベランダに立つ。
眼下に、あの目立つ赤のコートが翻る。
光をはじく金髪を揺らし、エドワードはウィンリィを見上げた。
金の両目がまっすぐにウィンリィを射る。
ウィンリィは笑った。笑ってみせた。
そうすれば、照れくさそうに彼はきっと笑ってくれるから。
その笑顔も、すべてが、何もかも愛しい。
エドワードはきっと知らない。知るはずがない。
一番欲しいエドワードの言葉は貰っているのに、
欲張りな自分が嫌でたまらない。
一番言いたい言葉を飲み込みながら、
ウィンリィはエドワードが欲しいであろう、その言葉を言う。
「いってらっさい。」
「…おう。」
手を振って、エドワードは出て行く。
風に揺れる赤いコートが小さくなっていく。
それを見つめながら、自分の視界がみるみるぼやけていく。
バカね、一生の別れでもないのに…と、ウィンリィは笑いながら呟こうとした。
しかし、笑うことが出来なかった。
エドワードにバカバカ言っていたけれど、一番バカなのは自分だ。
欲張りな自分が、ひたすらに嫌だった。
泣いてはいけない。泣きたくない。
昨晩、エドワードに愛された身体を両手で掻き抱きながら、
ウィンリィは一人、ベランダに立っていた。
昨夜の記憶を反芻し、エドワードがくれた記憶とぬくもりが消えるのを恐れるかのように強く強く自分の身体を抱きしめる。
なだめるように目を閉じ、涙を払って、もう一度顔を上げた。
濡れた瞳に、朝の光が痛い。
光の先に、彼の姿はもうなかった。
(fin.)
2004.09.13
…く暗い…。でもこの位がやはり自分の中ではしっくりきます。
ウィンリィのキャラが全然違います…。が、どうやら私の中ではこのスタンスが1番しっくり。