94.いこう
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トライアングル-1


買い物につき合わせたら、エドワードはひどく不機嫌になってしまった。

「なんですぐそう怒るのよっ!」
「別に。怒ってねーし!」
「怒ってるじゃない!」
ウィンリィの言葉にエドワードは反応せずに、
先をすたすた歩きはじめる。
始終そうした調子で、エドワードとウィンリィは汽車を降り、
駅からロックベル家へと向かう。

のどかなリゼンブールの田園地帯には
鮮やかな青い空と、黄金色に光る小麦畑が延々と続いている。
人影ひとつ見当たらない畦道には、
目立つ赤いコートを翻しながらすたすた進んでいくエドワードと、
それを十歩ほど遅れて追いかけるウィンリィの二人しかいない。
「もう!ちょっとはゆっくり歩いてよっ!」
エドワードが不機嫌になると、ウィンリィだってもちろん面白くない。
先を行くエドワードは、唐突にぴたりと立ち止まって、
追いかけるウィンリィの方をくるりと振り向く。
「早く来いよっ。」
「あんたが、もっと、ゆっくり歩けばいいんでしょ!」
「ウィンリィがはやく歩けばいいだろ。」
ああ言えばこう言う。ウィンリィはだんだん苛々し始める。
理解できない。
さっきまで妙に機嫌がよかったくせに。
街の本屋で、早く帰ろうとせかしたのが悪かったのだろうか?
それともちょっと高めな機械鎧の工具を買うお金が足りないのを
出させてしまったのが悪かったのか。
あれなら、後で返すと言ったのに、要らないとつっぱねたのはエドワードのほうだ。

ぶつぶつ呟くように思い当たる節を探してみるが、やはり見当がつかない。
そうこうしているうちに、突然、目の前に彼の背中が現れて、
ウィンリィはぶつかってしまう。
「ちょ…っと、エド!急に立ち止まらないでよ……っ」
しかし、エドワードは何も言わない。
どうしたのだろう、とウィンリィはエドワードの肩越しから前方を覗き込む。
そして、彼が見ているらしい視線の先にあるものを見て、
自分の顔が一気に赤くなるのが分かった。
「な……」
思わず声が出そうになるのを、慌てて飲み込んだ。

視界に飛び込んできたのは、二人の男女。
どちらも見知った顔だ、とウィンリィは即座に判別した。
自分達と同じ歳で、学校も同じ教室だった。
その二人が、道端でキスしてる。

……そんなの、初めて見てしまったものだから、
ウィンリィは、目を丸くして、その場に硬直した。
まるで足と地面がくっついてしまったかのように、その場につっ立っている。
ようやく我に返れたのは、エドワードがくるりと自分のほうを向いたからだ。

「…っ!」
ウィンリィは思わず肩をすくめて、顔を伏せた。
振り向いたエドワードの表情は見えない。
しかし、なんとなく、身構えた。
なんとなく、怖かったのだ。

しかし、何も起こらなかった。
ただ、ぐいっと手首を掴まれる。

「…いこう。」

ウィンリィはぎょっとして、自分の右手首を凝視する。
そこを、エドワードの右手がぎゅっと握り締めている。
感覚がないはずの、彼の右手。
なぜだろう。そこに、その一箇所に、熱が帯びだす。

手をつないだのなんて、初めてじゃない。
小さい頃から何度だってつないでいる。
でも、なんだかその時のそれは違っていた。

「い、痛いよ。」
小さく呟いたけれども、前へ進むエドワードには聴こえているか分からない。
彼の表情は見えなかった。
しかし、ウィンリィは自分の顔が今どんな状態か、鏡を見なくたって分かっていた。
前を向いて進む彼が、こちらを見ないでくれて助かった。
けれど、高鳴る心臓の鼓動は止めることは出来ない。
感覚のないはずの彼の右手から、
それが伝わってしまいそうで、怖い。

エドワードはすたすたと歩く。
ウィンリィは追いかけるように小走りする。
そうして、その二人の横を突っ切った。

……ひどいよ。
彼にひっぱられながら、ウィンリィは泣きそうになっていた。
あんなものを見せ付けられるなんて。
彼の前で。
それなのに、自分達は何もできない。

泣きそうな顔をエドワードに見られたくない。
惨めなほど、自分の顔は今、赤く染まっているに違いない。
けれども、エドワードがウィンリィのほうを振り向くことはなかった。
淡々と前へ進む彼がひっぱる腕が、悲しいほどに痛い。

痛い、よ。

ウィンリィは言おうとした。
しかし、唇は、音をつくらず、空を切った。


(fin.)





2004.10.17
……すいません。意味不明です。没にしようかと思ったんですが、これの続きを書いたのでそのまま残すことに。
でも、こういう気まずいコトってありませんか?(笑)





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