80.逆説
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足りない-1



帰ると決めてから、ずっと息苦しさを感じている。
何か足りない。足りないから、求めている。


そう思いながら、エドワードはアルフォンスとともに
リゼンブール駅に降り立った。

「お久しぶり」
久しぶりにロックベル家へ帰ったら、先客がいた。
へらりと締まり無い顔で笑いかけるその少年は、
エドワードやウィンリィ、そしてアルフォンスと同じ学校に通っていた同級生だ。

「エド、戻ってきたんだな」
なんでこんな所にいるのだろう、とエドワードは内心疑問に思いつつも頷く。
「…まあな」
少年はエドの後ろに立つアルにも笑いかける。


「何、してんの?こんなとこで」
エドワードはコートを脱ぎながら、何でも無いという風に静かに尋ねた。
部屋のさらに奥からは、キリキリと何やら金属音が響いている。
もうちょっと待ってておくれ、と言うピナコの言葉に頷きながら、
エドワードは、奥の部屋の方に意識をめぐらせる。
……ウィンリィは、仕事か…。

すぐに顔が見れないというだけで、
胸のどこかにすうっとしたものが落ちたような気がしたが、
エドワードはそ知らぬ振りをした。
据え付けられた腰掛けに身体を投げ出して、
向かい側に座っている少年を真っ直ぐに見据える。
「ちょっと怪我してさ」
言いながら、彼は自分の左足に目をやる。
「今、タイミング悪いことに医者が隣町まで出張ってて、そいでここにきたわけ。」
ふぅん…と、エドワードは興味なさげに相槌を打つと、
その隣にいたアルフォンスが、間を継ぐように少年と会話を始める。
それをどこか遠い所から離れて聞いているような気持ちになりながら、
ふと、作業場から金属音が消えたことに気づく。

「ごめん、ごめん、待たせて。」

声がして、自分の胸が震えるように撥ねたのをエドワードは感じた。
見れば、部屋の奥の扉に、彼女が立っている。

「あれ。…………エド?」
わずかに疲れたような色を見せていた彼女の顔が、
一瞬だけ蒸気したように明るくなったのを見て、
エドワードは思わず自分の顔が赤くなるのを自覚する。
来てたの?と笑う彼女は、一言お帰り、と言って、
ふいっとエドワードから視線をはずす。

「…と、エドの前に、順番ね」
呟くようにそう言って、ウィンリィは足を示す少年の方を向く。

膝をついて、屈むようにして彼の足を看るウィンリィを、
エドワードはぼんやりと見ていた。
彼女の露出した背中まで垂れたはちみつ色の髪はバンダナで括られていて、
作業着は相変わらず腰の辺りで着崩している。
そんな彼女の背中を眺め、
そして、足を看られている彼がじっと彼女を見詰めているのをさらに見る。

目の前の光景が、ざわざわと心の中で揺れる。
それを自覚してから、
バカみたいだ、とエドワードは思いなおそうとした。
自分がこんな感情を持つことを、目の前の彼女は知らない。知られたくない。

だったら、知らぬ振りをするだけだ。
感情に、蓋をして。


ちょっと待ってて、とウィンリィは彼に言い残して、
エドワードのほうは一瞥もせずに奥の部屋のほうへ消える。
軽い音を立ててウィンリィを吸い込んだ扉は閉まる。

それを見送って、エドワードは、ほっと息を吐いた。
そして初めて、自分が息を詰めていたことに気づいた。

「どうしたの?兄さん?」
深く息を吐くエドワードを訝しげにアルフォンスは見やる。
なんでもねぇよ、とエドワードは低く返すと、
ウィンリィってさぁ、と正面の彼が切り出した。

彼が口に出した言葉に、エドワードは思わず、何言ってんだ、と低く呟く。
「……どこがだよ。暴力振るうし、あんな、……スパナ女」
お前は知らないからそんなコト言えるんだよ、
とエドワードは息をつくように言葉を継ぐ。
そうかぁ?と、彼は首をかしげてから、
じゃあさ、とさらに続ける。
「そう言うなら、ウィンリィとエドって何でもないのか?」
一瞬の間が落ちて、
エドワードはその瞬間に、
隣に立つアルフォンスの気配を伺った自分に気づく。

何でもって、ナンだよ、とエドワードは多少上ずった声を出したが、
それでもなんとか平静を保った。
「お前ら、『怪しい』って噂があるんだよ。」
彼は臆さずにさらりと言った。
そう言う彼の顔には、
何かを探るような、少しばかりとがったような表情が浮かんでいる。

「馬鹿馬鹿しい」

エドワードはあっさり否定した。
誰があんな暴力女と…とエドワードは言いかけて止める。

さっきから息苦しい。
いや、ずっと、何かに追われているように苦しい。
何かが足りない。
言葉を吐くのが辛い。

しかし、エドワードは口を開いた。
「あいつは……」
「あいつは?」
促すように目の前の彼が言葉を待つ。
諦めたように、思考をめぐらせながら、
エドワードは吐き出すように言葉を継いだ。

「あいつは、………空気、だよ。」

「は?」
「え?」

同時に発せられた声は二つだった。
目の前の彼と、もう一つは、隣のアルフォンスのものだ。

「空気ぃ〜?………ワケわからん!」
頭を抱えるようにして返された彼の言葉に、
エドワードは困ったように軽く笑う。
エドワードの左腕は、無意識のうちに
むき出しになった機械の右腕に添えられた。
そんなエドワードの様子を見ていた彼は、
ぽつりと言葉を続ける。
「……でもさぁ、それ、なんか、可哀想だな」
そうか? というエドワードの言葉に、そうだよ、と返ってくる。
「空気。色も味も無いんだろ。あってもなくても気づかない、と。」
そういう意味だろ?と訊かれて、エドワードは肯定も否定もしない。
さあな、と自嘲するように低く呟いた。

だから、突然降ってきたその鎧の声に、
ぎくりとした。
「……でも、無いと、生きていけないね。」


一瞬、沈黙が下りてきた。
そして、それは唐突に破られる。
「お待たせ〜」
扉が開いて、ウィンリィが姿を現す。
言葉を無くしたように、一様に自分に視線を向ける三人に、
ウィンリィは首をかしげた。

「………どうしたの?」


三人は一様に、
ナンデモナイ、と応えた。


(fin.)







2005.1.28
…空気のネタは、何かの歌かなんかであったんですが、…忘れました。
パラドックスは恋愛の(ある意味)真理を語る最適な方法ではないかと思うのですが、
うまく現せなくてこんな形になりました。
短いですが、続きます。

⇒続編。「50.独占欲」へ続きます。




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