ただ願っている-1
「ありがとうございましたー」
その日の最後のお客を笑顔で送り出した。
戸口に立って、
手を振りながら帰っていくお客ににこりと笑って手をふり返す。
そして、そのままお客の背中が小さくなって、見えなくなっても、
ずっとウィンリィは戸口に立ち尽くす。
目の前に遠く伸びる一本道に、人影が現れないか、淡く期待しながら。
茜色に染まったリゼンブールの空が、
淡いグラデーションを描くようにその色をマゼンタからグレーへと変化させ、
夜の帳が降りはじめても、ウィンリィは立っている。
その足元では、愛犬のデンがちょこんと座り、ウィンリィを見上げている。
「……バカ。」
小さく呟いてみたら、返事をするようにデンが吼える。
ウィンリィは視線をデンへと移して、
軽く、疲れたように笑う。
「違う違う。お前に言ったんじゃないのよ?」
そう言ってから、ウィンリィは一つ息を落とし、
戸口の看板を「CLOSED」にひっくり返す。
それで、一日は終わり。
あいつがいなくなって、
アルも修行に出掛けて、
ウィンリィの一日はまたすっかりいつも通りになってしまった。
仕事に始まり、仕事に終わる一日。
変わったことといえば、同居人が出来たことだ。
温かな食卓を囲めば、話題は自然と温かなものへと向けられる。
その日一日あった他愛もないことを、笑顔を貼り付けて談笑する。
日に日にあいつの話が話題に上ることは少なくなって、
今では、話題に出すことがイケナイような雰囲気になってしまってる。
それは、ウィンリィの勘違いに過ぎないのかもしれなかったけれども、
少なくとも、ウィンリィはそう感じずにはいられない。
談笑を交わしながら、ウィンリィは視界の端ではしっかりと捉えている。
食卓の向こうに飾られた、あいつとアルの写真を。
それが、ウィンリィの毎日だった。
「ばっちゃん。おやすみ。」
コーヒーを淹れて、自分の部屋へ上がる途中で祖母に声をかける。
そうすると、決まってピナコはウィンリィを呼び止める。
「ウィンリィ。」
「ん。」
「お疲れだったね。」
「ん…」
ウィンリィは軽く笑みを浮かべて、二階へと上がる。
あたしは大丈夫よ?と笑ってみせる。それがウィンリィの一日の仕上げ。
テーブルにことんとマグカップを置いて、
ゆっくりと窓辺に腰を下ろす。
窓からは、リゼンブールの蒼い月光が優しく差し込んでくる。
そして、ロックベル家からまっすぐに伸びる一本道を淡く照らしていた。
窓辺にけだるく背もたれながら、その光景をぼんやりとウィンリィは見つめる。
バカだなぁ、と思いながら、ただ一心に、
遠く、細く伸びた道の消失点を睨むのだ。
睨みながら、涙が出そうになるのをいつも我慢している。
その夜の月の光みたいに淡く儚い期待は、いつも裏切られていた。
毎日のように期待は裏切られ、失望という感覚さえも既に錆付いてしまっていた。
思い出したようにコーヒーを手に取り、
ウィンリィはゆっくりとすすった。
味がしない。
けれど、飲まずにはいられない。
…眠らずに、あんたを待ってみる。
馬鹿馬鹿しいよね。分かってる。
だって、その証拠に、あんたはいないし、
あたしもいつの間にか眠ってしまってるのよ。
あたしには日常があって、明日もまたたくさん笑わないといけないから。
泣いてばかりいられないから。
悲しいほどに毎日は単調に流れていく。
エドワードが帰ってくるのをウィンリィはいつも待っていた。
待っていて、とエドワードは頼まなかったし、
待っているから、とウィンリィも言ったことは無かった。
それでもエドワードは必ず帰ってきていた。
いつも待ってばかりのウィンリィは、ちょっと不満だったけれど、
「今」ならそれが間違いだったとようやく知る。
彼は、あたしを裏切ったことなんて、一度も無かった。
待ってばかりの毎日は少しばかり不満で、
もっと側にいてよ、と思っていた。
それが我侭だと分かる分別を自分が持っていたことを悔しく思ったこともあった。
もっと我侭にあんたを好きになりたい、と願っていた。
けれど、エドワードがいなくなって、ようやくウィンリィは悟る。
思えば、彼が自分の期待を裏切ったことは一度もなかったではないか、と。
交わしていない約束を、彼はいちども破ったことはなかった。
だから、だからこそ、
今、自分を捕らえて離さないこの失望感が、
こんなにも自分の心を、身体を、痛くえぐっている。
細く伸びる一本道に、いくら待っても彼は現れない。
枯れない涙は、失望さえも錆付かせ、それでもなお、溢れてくる。
…悲しいね。
あんたがいなくなっても、あたしはいつも通りだよ。
仕事して、笑って、ご飯食べて、泣いて、
…そして、懲りずにまだあんたを待っている。
悲しいくらいに、いつも通りなんだよ…。
冷めたコーヒーは飲み終えてしまった。
泣きつかれたウィンリィに、誘惑のような眠気が忍び寄る。
眠気を振り払おうとするウィンリィの努力をあざ笑うかのように、
睡魔の手は優しく包みながら彼女を闇へと引きずり込む。
また一日は始まって、また同じように終わる。
この繰り返しの毎日に、
最果てがあるとしたら、夢でもいい、お願いだから、見させて…?
窓にもたれたまま、ようやく引きずられるように瞳を閉じるころ、
涙に濡れてまだ渇かないウィンリィの頬を撫でるように
東の空は赤く焼け始めた。
しかし、それでもやはり、
いつも通り、
夢は、見なかった。
(fin)
2004.10.21
今から思えば、アニメのリライトのOP絵で窓辺に頬杖ついて待つウィンリィのあの姿は、
この結末を象徴していたのではないのか。コンプリートベストのDVDを見ながら、ふっと思った今日この頃。.
2004.10.25
upした分読み返したら、……校正前のupしてました…。すすいませ…ッ。