熱夜-1
久しぶりにリゼンブールへ戻ってみれば、
そこはちょうど秋の収穫祝いとハロウィン祭りで何かと騒がしい頃合いだった。
ロックベル家でも、
機械鎧の整備の合間をぬうようにして
ウィンリィがお菓子の用意に余念がない。
「へっ。お菓子をあげなきゃイタズラするぞ、か。
ホント、子どもっぽい行事だぜ。」
エドワードは大げさにため息をつきながら悪態をついてみる。
というのも、さっきからウィンリィはバスケットの中のキャンディをつまみながら、
次々にやってくる村の子どもの相手ばかりしているからだ。
「しょーがないでしょ。今日ばっかりは。
こういうのも大事なんだから。早くセントラルに戻りたいのも判るけど、
ちょっとはわかってよ。」
眉を吊り上げながら、ウィンリィは横柄なこの幼馴染をたしなめる。
エドワードはそんなウィンリィの言動に、違うんだ、そうじゃなくて、
と言いたくなるのをかろうじてやめた。
「へ。どうせ、元々の由来が何なのかってことさえもあやふやになった行事だろ。
菓子をくれなきゃお化けがイタズラするなんて馬鹿馬鹿しいぜ。」
「何よ。あんただって、小さい頃はお菓子がもらえるってあんなに喜んでいたじゃないの。」
「…そ、それは、昔の話だろっ。」
「アレ、あれは誰だったかしら?
飴の数がアルより一個少ないってぶーたれてたのは……」
あーもうっ!とエドワードはウィンリィの言葉を遮る。
「わかった!わかったから!はいはい。そーですね。そーでした!」
「何よ、その態度。
しょうがないでしょ。アルが相手しちゃったら子どもたちが逃げちゃうんだもの。」
それを横で聞いていたアルフォンスは、しょんぼりとうなだれる。
「……僕、怖いのかな。」
アルフォンスが玄関の戸口で子ども達を迎えたとき、
お化けの格好に変装した子ども達が逆に逃げ出してしまったのだ。
「僕、こんな格好してるけど、ほんの3、4年前まではあの子達と一緒に……。」
などといじけながら呟いている。
それを見たエドワードは大仰にため息をついた。
「アル…。今日ならお前の格好もハロウィンの変装ってことで
他の家回ればお菓子もらえるんじゃねーか…?」
子どもに怖がられたってことは、立派な変装だ、うん。…という
若干ずれている兄の慰めを本気にしてしまうところに、
アルフォンスの素直さが現れているかもしれない。
そうだねっ!そうかもしれない、と急に気分を取り戻したアルフォンスは、
ウィンリィの制止も聞かずに外へと出て行く。
「ちょっと!どうするのよ、アルにあんなこと言って!」
ウィンリィの声が耳に届いてはいるが、エドワードは知らないフリをする。
「ちょっと、コラ………」
ウィンリィが何かを言いかけようとすると、外から子どもの声が聞こえてくる。
「あ……来たわ。」
ウィンリィはくるりと方向転換して、はーい、と返事をする。
イタズラしちゃうぞ、という子どもの声がエドワードの耳まで入ってくる。
エドワードは、あーあ、とため息をついた。
「…で、何をやっているのと、聞いてもいいのかしら?」
数分後、ウィンリィが戻ってくると、そこには白いシーツをかぶったエドワードが座っている。
エドワードはそろりと彼女の前まで近づいて、
「trick or treat」
彼女は、小さく息をついて、ぼーっとつっ立っている彼の頭から
白いシーツをひっぺがす。
ふわりとシーツが舞って、それが床に落ちる前に、
ウィンリィはぐいっとエドワードを自分のほうへ引き寄せる。
「な……」
エドワードが何かを言うまえに、
彼の唇に、じんわりとした甘味が広がった。
「ン……ッ」
甘い。
彼女に無理矢理唇をこじ開けられて、差し入れられた舌に、
硬くて甘いその粒を押し込められる。
余韻にひたるようにゆっくりとウィンリィは唇を離す。
何も言わないエドワードに、さすがに怒ったかしら、と
不安に思って彼の顔を覗き込もうとしたその時。
「まだ、足りねぇ。」
今度はエドワードがウィンリィの顔を引き寄せた。
くぐもった声を上げながら、ウィンリィはエドワードの求めに応える。
甘いその飴の粒を交互に舐めあって、
息も継げないくらいに激しいキスをエドワードは求めてくる。
さすがに苦しくなってくるウィンリィだが、エドワードは止めようとしない。
彼の手が自分の胸にそろりと伸びるのを見てとったウィンリィはさすがにいい加減にしろ、と思う。
「ちょ……調子に乗るんじゃなーいッ!!」
がつんと鈍い音が響き、エドワードは頭を抱えてその場にうずくまる。
「い………てぇっ!!…この、…スパナで殴るなっ!!」
息の上がっているウィンリィは顔まで真っ赤になっている。
「バカなことばっかり考えてないで、さっさとアルを探しに行きなさい!!」
そうしてエドワードはロックベル家からたたき出されてしまう。
盛大にため息をつきながら、まだ痛む頭を抱えて歩き出すエドワード。
………ただ、一緒に居たかっただけなのに。
「エド〜っ、早く帰ってきなさいよっ!この後もいろいろあるんだから!」
彼女の大きな声がすぐそこの窓辺から聴こえてくる。
この後は、村の集会所で催し物があるのだ。
村の人間が一同に会してわいわい騒ぎ合う一年に一度のささやかなパーティだった。
……そんなに大きな声をださずとも聴こえているっつーの。
エドワードはもう一つため息をついてから
アルを探すために歩き出した。
口の中で甘い小さな粒が転がる。
彼女の唇の中で転がされていたものだ。
何の変哲もないただのキャンディーが、そう考えると最高においしくて、そして舐めてしまうのが勿体ない気がする。
これ一個もらえただけでも、収穫はあったな。
スパナで殴られた頭はまだ痛むけれど、充分な収穫だ。
機嫌をよくして、エドワードはにやりと笑いながら、
溶けて小さくなっていく飴を愛しく思いながら口の中で転がした。
(fin.)
2004.10.11
ちょっと甘え気味なエドを書きたくて。