55.乱反射
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あいたい-2


この世界に来てもう随分経った。

車窓に流れる景色をぼんやりと眺めながら、オレはふっと息をつく。

ようやく、自分がどこにいて、何をしたいのか、何をするべきか、
そういったことが、なんとか見えてきた。

ここの世界は、向こうの世界とよく似ている。
文字も一緒だし、言葉も一緒。
生活様式だって全く一緒。
列車に乗っていれば、このまま、あの懐かしい村にたどり着いてしまうのではないかって、
時々、錯覚してしまうんだ。
車窓から流れる景色もとても似ている。
とてものどかで、でも、どこかせかせかとしていてあわただしい。

流れる青空をぼんやりと仰いでみる。
そうしているうちに、するりと汽車は駅へと滑り込んだ。
まばらに乗降する人の流れ。
それをやっぱりぼんやりと眺めていた。
その時、ソレを目にとめて、ぎくりとした。

揺れるハチミツ色の金髪。
白い帽子に、白いワンピース。
ふわりとそよいだ風のいたずらに、さぁっと白い帽子が飛ぶ。
眩暈が、した。

気がついたら、身体は動いていた。

汽車を降りた自分の足元にふわりと音も立てずに白い帽子が落ちてくる。
それを拾い上げると、ぱたぱたと軽い足音が近づいてくる。
「すみません…!」
揺れるブロンドの髪が、乱れた息にあわせるように上下に踊る。
「ありがとう、ございますっ…」

似てる。
オレは思わず、その目の前の人物をまじまじと見つめる。
その不躾な視線に、その少女は不審そうに眉をよせた。
「あの、何か?」
「い、いえ…。」
言いよどむと、背後から汽笛の音が甲高く響く。
「あ、汽車、出ちゃいますよ。」
「え、あ、…うわっ!?」
言われてようやく気づいたが、既に遅い。
くすくすと少女が笑うのに気づいて、自分がどんどん赤くなっていくのが判る。

次の列車が来るまで30分ほど時間がある、といわれて、
オレは仕方なくベンチに腰掛けた。
とんだ時間ロスだ。
盛大にため息をついていると、隣にその少女が座ってくる。
「わざわざ帽子のために降りてくるなんて。面白い人ですね。」
少女はまだ面白がって笑っている。
「……人違い、でしたので。」
「あたしと間違えたってことですか?」
「…ええ。」
「その人、あなたのコイビトとか?」
何を言い出すんだ、と言いかけて、思わずむせる。
相手を間違えるな。
目の前の少女が、あの少女であるわけないのだから。
しかし、顔がまた赤くなるのが判る。
「あ、図星?」
「あっ、い、いや、その……。」
「彼女を間違えちゃうなんて、酷いわね〜。」
面白半分にそう言われて思わず言い返してしまう。
「!…わ、悪かったな…。あ、いや…そうじゃなくて。」
どうも調子が狂う。
オレは盛大に息をついて、その少女のほうは見ないで、前を見据えたままぽつりと言った。
「今は、……会えないので。」
「会えない?どうして?」
オレは目を伏せた。なんだか、このよく似た少女に言うのは妙に気恥ずかしい。
「…遠くに、いるので。」
ふぅん、と少女は相槌を打つだけ。
「会いたい?彼女に?」
なんでいちいち聞いてくるんだ、と思いつつ、それでも
このよく似た少女にはなんだか弱い。
しかも、彼女に似た顔で、そんなこと聞かないでくれ。

オレは空を見上げた。
見上げた空は、透き通るような青い色をしていた。
彼女の瞳の色のような、そんな青色。
眩しくて、眩暈がした。
あの世界も、あの村にも、この青と同じ空が広がっているのだろうか。
その空の下で、彼女はまた油にまみれながら機械鎧をいじっているのだろうか。
ちゃんと笑っているだろうか。
泣いてないだろうか。

思いはじめたら、もう際限がない。
オレは、その少女のほうを向き直る。

「会いたい、ですね。」
ぽつんと、言った。
好奇心で聞いてくるその少女の目を見ながら、ゆっくりとそう言った。
その、青い瞳をまっすぐに見ながら。


ほどなく滑り込んできた汽車に乗り込むと、
窓の外にその少女がいる。
「あなた、名前は?」
少女が聞いてきたので、素直に答えた。
「エドワード。エドワード・エルリック。」
そう、と彼女は笑った。
「帽子、ありがとう。あたしは………」
少女の唇が何かを言った。しかし、それはけたたましく鳴り響く汽笛の音がかき消した。

少女が立つ駅がどんどん遠ざかっていく。
走り去る汽車に煽られて、ふわりとまたその少女の白い帽子が舞うのが見えた。
青い青い空に、ふうわりと舞う白い帽子が、
一瞬だけ光を反射して反転する。
そして、盛大に踊り舞う、その少女の金髪が、照りつける白い太陽の光を弾いて
きらきらと反射した。

それを目に焼き付けながら、
オレは、遠い空のもとでで今日もきっと生きているに違いない彼女に思いをはせる。

ウィンリィ。
元気か。
オレは、なんとか、やっている。


電話がつながればいいのに。
機械技術は発達していても、あの世界に電話一本やることはできない。
彼女が待っているだろう、電話で、
彼女に向かって、囁きたい。

「会いたい」

と。

バカだな、オレは、と自分で自嘲し、
小さくなっていくその駅を視界から遮断するように、ゆっくりと目を閉じた。

閉じた目には、白い帽子と、少女の金髪が焼きついている。
くるくると、乱れながら、脳裏に反射している。

会いたい。
唇で、そう言葉をなぞってみた。
彼女を思い浮かべながら。

しかし、オレのその呟きは、汽笛の音が切り裂くようにかき消した。


(fin.)







2004.10.10
「14.あいたい」に対応するエド側の話、という感じです。唐突にアニメネタ。
アニメ最終回に混乱したまま文章垂れ流しです。







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