Chapter.6
わけがわからなかった。自分よりも体の大きい弟に組み敷かれてしまっている。背中に当たるフローリングの感触が、ひどく冷たい。
「雪男…」
何してんだよ、お前。任務があるんだろ? 燐はハハと乾いた笑いを漏らして、弟を押し退けようとする。しかし、のしかかってきた雪男はビクともしなかった。
「雪男……っ。いい加減、怒るぞ、俺…!」
力は強いほうだと自覚しているが、雪男のほうがさらにその上を行く。身体は弟の胴体で押さえつけられ、両手もむんずと捕えられてフローリングの上に縫い止められてしまっている。
「いいよ。怒って。……殴ってくれても」
言いながら、雪男は眼鏡をはずす。
「何されても、やめないから」
「!」
燐の頬に朱気が奔る。まさかそんなことを言われるとは思わなかったからだ。
(どうして?)
思考はどんどん混乱していく。
(こんなの、ダメだろ? だから、我慢しようと思ってたのに)
雪男が自分にこれから行うことを本能的に理解して、燐は動揺する。
すきなのは事実だ。志摩に気づかされてしまった。だが、これは違う。違う気がするのだ。
(こんなの、嫌だ)
雪男がのしかかってくる。燐は目を閉じて身をよじった。こんなのは嫌だ。こんなのは違う気がする。雪男が怖かった。さっき一瞬だけ分かり合えたように思ったのに、それは錯覚だったのだろうか。まるで豹変してしまった弟に、燐は混乱していた。
(こんなの、違う……!)
だがしかし、互いの唇に触れた瞬間、味わったことのないような甘美な味が脳裏に麻薬のように広がる。
「んッ……! んふッ…ぁ…!」
雪男は容赦なかった。唇を重ねるだけでは飽き足らず、閉じた燐の唇に舌を差し入れてくる。ねっとりとしたその感触が口腔内を支配するように侵入してきた瞬間、燐の身体から否応なく力が抜けていってしまう。
(これは、何)
燐は混乱する思考の中で自問する。
(これはなんだ……?)
こんな感触、今までに味わったことがない。
雪男は無言だった。燐の両手首を片手で握りしめ、燐の頭上辺りに縫い止めるように置く。そして、燐の制服のボタンをはずし始めたのだ。
外気に晒されて現れるのは、サクランボのように紅く揺れる小さな乳首だ。燐の胸にそそり立つ敏感なその先端の感触を確かめるように、雪男は空いた手を使って親指と人差し指で摘んでコリコリと愛撫し、そしてその可憐な赤い果実に顔を近づける。いやだ、と燐は逃れようと身をよじった。しかし、雪男に縫い止められるように掴まれた手も、押さえつけられた身体も、ビクともしない。
「や、めろ……っ!」
燐は息を乱しながらもようやくそれだけ吐き出す。既にその頬は桜の花びらでも散らしたように紅い。
「なん、で……っ…こんなッ……!」
しかし、雪男は構わなかった。抵抗する兄を身体の下に組み敷くようにして体重をかけ、押さえつける。
「やめろ……ゆき、お…ッ! やめろってば…ッ…!」
しかし燐の抵抗の声は途中で掻き消える。
「ッぅ……うぁッ……!!」
それは知らない快感だった。
両方の乳首にちゅ、ちゅ、と口付けられて、交互に吸われる。いや、と言う燐の声は震えるように小さくなった。ちゅ、ちゅ、と啄むように唇を使って吸い始める雪男の頭を、燐はなんとか押し退けようとする。しかし、雪男の力は圧倒的だった。
「っあ……! あッ…あぁッ……!」
卑猥な音が部屋の中に弾ける。ちゅ、ちゅ、ちゅるる……と、両の乳首を唇と指を使って雪男に嬲られて、燐はひっきりなしに声を漏らし始めていた。雪男は舌先を尖らせて、敏感なその先端を形にそって撫で上げたかと思うと、唇の先と唾液を使ってまぶすように乳首をちゅううっと吸いあげる。
「あっ……あ……ゆき、お……」
切なげに顔をゆがめながら、燐は喘ぐ。知らない快感だった。こんなのは初めてだったのだ。
(なんだこれ。なんだこれ)
燐の思考回路はどんどん混乱していく。そして追いつかない思考とは裏腹に、身体はビクビクと震え、雪男の愛撫に素直に反応するようになっていた。はぁはぁと息を乱しながら片目をあけると、視線の先に、胸に舌をのばす雪男が見える。
「気持ちいい? 兄さん」
ちゅるりと舌を使って乳首に愛撫する弟が訊いてきた。視線が合う。己の胸を舐め上げる弟の視線が痛いほどに刺さって、燐は思わず顔をそむける。それと同時に、カッと頬が熱くなるのを力なく自覚した。
(雪男……どうして)
どうして、急にこんなことをする気になったんだ?
抵抗する力が弱くなっていく。施される快感に蕩けそうになっている。燐は混乱していた。どうして弟がこんなことを始めたのか皆目わからなかった。理由がわからない。分からないから、これは違う、と心が悲鳴をあげている。でも、身体は味わわされている快感に既に服従し始めていた。
「…………っ…ァ」
燐の身体がぴくんと跳ねた。息を呑んで、燐は耐える。雪男の指先が、制服のズボンの中にするすると入り込み、燐の下腹部のさらに奥へと差し込まれたのだ。
下着の上から、雪男の指の腹で、形をなぞるようにして撫で上げられる。腰が逃げるように動いたが、雪男の手がそれを阻んだ。既に硬くなり始めているそこを、雪男は下着の上から握りしめると上下にしごきはじめる。
「……ぁ……ぁァ……」
抑えようとした声は余計に甘い響きをもって燐の唇の間から零れていく。こすられたそこは、燐の混乱する思考とは裏腹に、ますます固くなりはじめていった。
いつしか燐の腕は抵抗を忘れ、だらしなくフローリングの上に投げ出されている。雪男がその手を縛るように握りしめることもなくなった。抵抗を示さず、それどころか反応する燐に、雪男の嗜虐的な欲望はどんどん形が露わになっていく。
下着の上からが物足りなくなってきた雪男の指が、燐の下着の端から侵入してくる。くちゅ、と粘着質な液体が雪男の指先に絡む。
「すぐにもっと気持ちよくなるよ、兄さん」
固くなった兄のそれを手でゆっくりとしごきながら、雪男は兄の耳元で囁く。
そそり立ち始めた燐のその切っ先に、雪男は人差し指を当てる。膨らんだ鈴口の先にある溝に、ついと指を走らせた。
「ひゃ…ァ…ッ!」
ビクンと燐の身体が震える。雪男は繊細な手つきで、兄のそこをすりすりと撫で上げた。ビクビクとひくつきながら、燐の肉棒は形を大きくし、切っ先からはぬるぬるとした液体が溢れ始める。
「そう……気持ちいいんだね……兄さん」
雪男は低く呟く。すりすりと手の中での愛撫は続けたままだ。
「や……め……ゆっ…きお……!」
はぁはぁと息を乱しながら、燐は雪男の顔を仰ごうとする。しかし視界は霞み、雪男の表情は見えない。
「な……んでッ……こんなこと…! あぁッ……!」
雪男の愛撫に打ち震えながら、燐は蕩け始めている思考をなんとか手繰り寄せて、弟に問う。
「聞かないで、って言ったでしょ」
落ちてきた答えは、あまりに理不尽で納得いかないものだった。
「こんなの、やだ……雪男…ぉ…!」
おまえなんか、と燐は口走る。施された快楽に呑まれながら、それでも理性がどうにか理解を得たくて、得たくて、しかし得られない現実を前に、絶望しながら叫んでいた。
「お前なんか……嫌い、だ…!」
「―ん」
雪男は一瞬だけ挙動を止める。しかし、それは本当に刹那の瞬間のみだった。
「いいよ、嫌いでも……―」
言いながら、雪男はゆっくりと己の上体をを燐の下半身へと移動させる。
「や」
燐は目を見開く。何をされるのか、理解したからだ。
「そこ、だめ……」
「だめじゃないよ」
既に出来上がった兄の性器を、雪男はあむと口に含む。
「んッ……あぁ……ッ!!」
指とは違う、圧倒的な気持ちよさが燐を襲う。足を思い切り押し広げ、そそり立つそれを、雪男はちゅぷちゅぷと音を立てながら舐め上げる。
「ほら。ここがイイんでしょ」
「んあ…ッ…!」
舌先を別の生き物のようにくねらせながら、雪男は膨らんだ鈴口を攻める。先端の孔から走る溝に向かって、尖らせた舌をずるりと激しく下ろした。何度も何度も舌を行き来させ、燐を責め立てる。その舌先の愛撫に、燐の身体は打ち震え、何度も何度も声をあげた。
「ああッ……いやぁ…ゆきっ…おっ…いや……ぁ…!」
燐のそれの硬度がさらに増していく。口の中でそれを感じながら、雪男は丁寧に兄の性器を舐め上げた。亀頭と裏筋の境目に舌を走らせると、兄の身体は面白いようにビクビクと震えた。
「我慢しないで、兄さん」
「あっ…あ…ッ…あッ…!」
「イって?」
「や、ゆき、だめ、あッ……あっ…でる……!」
腰を思い切り持ち上げて、のけぞる。雪男が顔を離した瞬間、水が爆ぜるような音が響き、燐は腹の上に己の精を吐き出す。
はぁはぁと息を乱した燐は、全身からどっと力が抜ける。顔は紅潮し、瞳もとろんとしていて虚ろだ。
(かわいい……兄さん)
雪男は密かに息を呑む。
兄を抱く。そう決意してから、雪男は容赦なかった。容赦なく、己の欲望に従う。
(兄さんがいけないんだ)
蓋をしようとした想いの鍵は、兄から施された戯れの行為を前にしてはじけ飛んでしまった。
(僕はあなたを守る。だから、最期だけ、お願いを聞いてほしいんだ)
切々と胸に満ちる想いにしばし身を委ね、雪男は願う。
(これが最初で最期だから。最初で最期の我儘を、聞いてほしいだけなんだ)