「最初で最期のChain Love」
introduction
■鋼エドウィン NovelsOnly R18/¥500
■仕様:A5版サイズ60頁/表紙1color
■本文:小説2段組/縦書き
■性描写を含みますので、18歳未満の購読はご遠慮下さい。
■本文サンプル(Chapter3から一部抜粋)




 ちりちりと痛むそれが、夢を見せたのかもしれない。警告するように。

 まどろみを苦く溶かすのは、よく嗅ぎ慣れた匂いだった。何しているのかしら、とウィンリィはぼんやりと思考を巡らせ、それから、弾かれたように身体を起こす。
「お。起きた」
 背後から声が落ちてきて、ウィンリィは思わず顔を上げて声のした方向に首を巡らせる。その拍子に、自分の肩からずるりと何かが滑り落ちるのを感じる。パサっと乾いた音を一つ立てて、崩れるように滑り落ちたのは、見慣れた赤いコートだ。それを見てとって、ウィンリィは一瞬ぎくりと思考が固まる。床に落ちるそれをとにかく拾い上げようと身体を傾けたら、放って置いていいよ、と言う声。
 声の主は、エドワードだった。その彼の手元には、白い湯気の立つコーヒーカップが一つ。
「あたし……どの位寝てた……?」
 ウィンリィは、エドワードの言葉に反して床に落ちたそれを拾い上げる。内心、ひどく緊張していた。拾い上げた瞬間、手の中に、こぢんまりと固いそれの感触が落ちてきて、ひやりとする。しかし、なんでもないという風に振舞うように努めて、拾い上げたその赤いコートを作業台の上にのせる。
 最低だわ、とウィンリィは瞳を巡らせて部屋に掛けられている壁時計に目をやる。もう夜もだいぶ更けていた。目の前にはやりかけの作業が放り出されていた。作業台の上に突っ伏すようにしてうたた寝をしてしまったらしい。ウィンリィの言葉に、さぁ? とエドワードは首をかしげた。
「オレも今来たとこ。そしたらお前、寝てるから」
「ごめん……」
 ウィンリィの言葉に、何言ってるんだ? とエドワードは少し眉を顰めた。
「なんでオレに謝るんだ」
「だって……」
 継ごうとした言葉は、差し出されたカップを前にして立ち消えてしまう。部屋に漂うコーヒーの香りに、ほっと心が緩むのを覚えた。
「……ありがと」
「うん」
 ずっ、と音を立てて受け取ったそれをすする。苦い。う、とウィンリィはわずかに眉を顰める。エドワードは作業台に向かうウィンリィの斜め前の椅子に腰掛けた。テーブルの上に散らばる細々とした部品の数々に目移りする。
「苦い、よ」
「砂糖無しだからな」
 オレ用なんだよ、とエドワードは答える。
「……ミルクは?」
「……お前、今のオレの言葉、聴いてたか?」
「そんなんだから豆なのよ」
「てめ……」
 言い掛けて、しかしエドワードは途中で言葉を切る。また昼間のような言い合いになるのはなんとなく避けたい。
「終わりそうか……?」
 作業台に広げられた、自分の機械鎧の部品を眺めながらエドワードは尋ねる。それに対して、「終わらせるわよ」という短い答えが返ってくる。それきり、会話はぽつんと途切れる。
 誰もが寝静まる深夜に、整備室だけは煌々と明かりが点る。静まり返った部屋には、時計の秒針が規則正しく時を刻む音のみが響き渡っていた。エドワードとウィンリィは黙りこくって、机の上に広げられた機械鎧の部品を、特に理由もなく見つめていた。ウィンリィは、目を伏せがちにしながらコーヒーをもう一口すする。先に口を開いたのはエドワードのほうだった。
「お前さ」
「ん」
「なんか、ヤなことでもあったわけ?」
「え?」
 ウィンリィは心底エドワードの言いたい事が分からない、という風に目を瞬かせた。
「なにが?」
 聞き返されてしまい、それを訊きたいのはこっちのほうなのに、とエドワードは言葉に詰まる。
「だからな……」
 お前、妙に機嫌悪いからさ……と言おうとした時だった。
「変なの」
 エドワードの言葉を遮るように、ウィンリィはぽつんと言った。
 顔をあげて、ウィンリィはエドワードの顔をようやく見る。エドワードも見返した。
「なんか、エドらしくない」
 真っ直ぐに見つめられながらそう言われて、エドワードは慌てて視線をそらす。
「な、なんだよ、オレらしくないって」
「そのまんまの意味だけど」
 そう言いながら、ウィンリィは、やっぱり苦いわ、とカップの中に視線を落として顔を顰める。なんだか面白くなくて、エドワードはウィンリィからカップを奪う。
「文句ばっか言うなっての」
 オレ用なんだよ、と怒ったように言い、エドワードはそのままそれを口に持っていく。
「あ」
 ウィンリィは短く声を上げた。
「あ?」
 なんだ? 変な声出して、とエドワードはコーヒーを喉に流し込みながら、ウィンリィを見返す。ウィンリィは目を丸くして、エドワードのほうに身を乗り出した。
「なんであげたアンタが飲むのよ!」
 エドワードの手からウィンリィはカップを奪い返す。「お前が文句ばっか垂れるからだろ!」と言いかけたエドワードだったが、ウィンリィがぬるくなり始めたコーヒーカップに口をつけるのを見て、「あ」と言葉を失う。
 沈黙が落ちた。
 ウィンリィは、コーヒーを最後の一滴まで喉に流し込むと、カップをかたんと音を立ててテーブルの上に置いて、「あー美味しかった」とわざとらしく少しばかり大きな声で一言。
 そんな様子に、エドワードは何とも言えない複雑な表情をウィンリィに向ける。ウィンリィがちらりと横目で見れば、わずかに彼の顔は赤い。
「……お前……」
「……なによ」
 ウィンリィに真っ直ぐに見返されて、エドワードはぐっと言葉に詰まる。どうしてこんなに「やりにくい」んだ。エドワードは目をうろうろと左右に彷徨わせた。刺さるように注がれる彼女の視線が、なんとなく辛い。
「……お前こそ、なんからしくねぇ」
「なによ、あたしらしくないって」
「……そのまんまの意味」
 エドワードの頬は少し赤い。部屋の明かりのせいでそう見える、というわけではない。部屋の電灯とは明らかに違う色が、彼の頬の上にさしている。エドワード自身、それを意識してしまうのか、残っている生身のほうの手で、ごしごしとそこをこすった。そんなことをしても意味は無いのだと分かっていても、隠したくなる。
 そんな様子を横目で全て見ていたウィンリィは、「そんなに飲みたかった?」と、彼に尋ねてみる。もちろん、エドワードの本心がそこにあるわけではないことくらい、ウィンリィにもよく分かっていた。半ば、険悪な、しかし半分以上は軽い冗談のつもりだ。これくらいの意地悪、許して欲しい。最低でもあと二日は傍に居られると思っていたのに、それが反故になったんだから。ウィンリィはそれが仕方ないことなのだと分かっていたし、こんなところであからさまに駄々をこねることが出来るほど「子供」でも、そして、「大人」でもなかった。それでも割り切れないところがやはりどこかにあるのだ。ああ、そうだ、とウィンリィは思い直す。自分は、子供でも大人でもないのだ、と。子供なら、泣いて嫌だといえるかもしれない。大人なら……。ウィンリィはそこまで思い至って、バカみたい、と自分の思考を打ち消そうとした。しかし、一度頭をもたげたその「アイディア」は、ちりちりと鳴るように痛む左耳の空白感を伴って、ウィンリィに悪魔のように囁く。

(そう、ピアスが無いせいだわ)

 外したピアスに誓ったことがある。それが、今、無い。

「飲みたかったら、飲む?」
「は?」
 エドワードはウィンリィの意図がいまいち分からず、また作って来いってか? と眉を顰める。しかし、そうではない。
「ここ。残ってるかもよ?」
 ずいっとウィンリィの身体がエドワードのほうに乗り出す。ガタっとテーブルが揺れて、その拍子に机上の部品が不安定に音を立てて震えた。肩にかかっていたウィンリィの横髪がするりと垂れて、エドワードの前にちらつく。彼女が人差し指を使って指し示した場所は、唇。
「な……」
 自分の視界に影が出来たような気がエドワードにはした。眩暈がするほど近くに彼女の顔がある。
「……に、言ってんの……お前……?」
 唐突に、喉がカラカラに渇ききっている事にエドワードは気づく。それでも、なんとか声は出た。それほどに、彼女が言い出した事に理解が追いつかない。しかし、思考とは裏腹に、隠そうとした頬の赤みが、熱を伴って上昇していく。身体は全てを承知しているかのように。




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