「このまま、中に出したいっつったら、おまえ、どうする」
―――(どうして)
ウィンリィは困ったように顔を歪ませる。
いつになく焦らされていた。
これまでにないほどに激しく。
(くやしい)
焦らされれば焦らされるほど、欲しくてたまらない自分を自覚する。ひどく一方的な形でそれを無理矢理曝け出されている気がして、
ひどく悔しかった。
しかし、腰に感じる彼の欲望の存在に、
ひどく焦がれ欲しているのは事実だった。
無視できるはずがなかった。
拒絶できるはずがなかった。
羞恥に顔を歪ませながら、それでもウィンリィは言葉を搾り出す。
「………て」
「……なに?」
ようやく得られそうな言葉に、エドワードは喉を鳴らす。
■本文サンプル
夢を見た。
それはいつも密やかに横たわっていて、唐突に侵食を始める。油断できない。
暖かな海の中を一人仰向けになって漂っているような、そんな揺りかごのようなまどろみから、エドワードはゆっくりと意識を取り戻し始める。
(気持ち悪い)
まどろみから覚め始めて、最初に落ちてきた感情。そして、何かが零れ落ちたような気がした。ひどく冷たい何かが。
(みたく、ない)
嫌な夢だ。取り戻せない夢。後戻りする夢。ひとりで、そこにいて、すべてを失う夢。手の中に、何も残っていない。そんな、真っ暗な夢。
それはいつも密やかに、エドワードに囁くのだ。裏切りと失望と絶望を。罪の匂いをそこかしこに撒き散らしながら、エドワードをがんじがらめにしていく。みたくないと思うことは罪なのかもしれないという自覚におののきながら、目が覚める。
*
雨が降っていた。
エドワードはぼんやりと天井を眺める。あまり馴染みの無い天井には、白い靄がかかっていた。それを眺めながら、首まで水に身体をひたす。浴室でひとり、ひたひたに溜めた浴槽に身体を沈めて、エドワードは雨の音をきいていた。することならたくさんあった。それでも気が散るのだ。真夜中の雨はしとしとと降り続け、時折稲光さえももたらした。浴室に据えられた小さな窓から、蒼い稲光が閃くのを感じながら、エドワードはただただ無言で、風呂に入っている。
一人になりたかった。しかし、物事はそううまくはいかない。
「何してるか、聞いていい?」
一人になりたかったのに、邪魔をされる。
「………。オレに聞く以前に既に訊いてるじゃねぇか……」
ぽちゃん、と水の撥ねる音がする。オレは両手を器のように丸めて水をひとつ掬った。掬った水に顔を埋めるようにして浸す。水の滴る音が響いて、水面に波紋を作った。
浴室の扉が小さく開いて、中から彼女がのぞきこんでいる。エドワードは呆れて、身体を水に浸したまま、彼女に問う。
「……男の風呂覗いて、楽しいか?」
「うん」
頷かれて返答に詰まる。
「……楽しいから、眺めてていい?」
なんだそれ、とエドワードはさらに言葉に詰まった。
「………いいって言ったら、覗くのか」
「駄目って言われても眺めるつもりだけど」
エドワードはちらりと横目で彼女を捉える。
「覗くな」
「いいじゃない。別に減るもんじゃないし」
そんな問題じゃねぇだろ、とエドワードはさらに呆れる。
「おまえ、こんな時間まで何してんの」
確か、風呂に入り始めたときには既に夜中の二時を回っていたとエドワードは記憶していた。眠れなかった。しかし、だからといって本にも集中できずに、ふらりと浴室に入ったのだ。頭を切り替えようと思っていた。寝苦しい夜だったのだ。雨音も、雷も、全てが鬱陶しい。
「それは、こっちの台詞よ」
あたしは仕事だけど、と言いながらウィンリィは浴室の出入り口に座りこむ。扉を開け放ったまま、奥の浴槽に首までつかったエドワードを眺める。
「エドこそ、こんな真夜中に何してんの」
「……別にいいだろ」
ロックベル家は寝静まっていた。闇と雨と雷のしたで、朝が来るのをただひたすら待つ。
「暇つぶし」
ふぅん、と言うウィンリィの答えには、一拍の間があった。
「じゃ、なおさら。……あたしも、暇つぶしだし」
「……そのまま見られてると、だなぁ」
エドワードはちらりとウィンリィを横目で見る。
「……襲っちまうぞ」
半分以上は冗談だった。
しかし、ウィンリィはあっさり頷いた。
「いいよ」
「……」
なにいってんの、おまえ、とエドワードは目を白黒させる。ウィンリィは立ち上がると、ぱたんと浴室の扉を閉めてしまう。
「おい……」
さすがにエドワードは慌てた。そんなつもりではなかったからだ。一人になりたかっただけで放った冗談が、冗談でなくなってしまっている。
扉を後ろ手に閉めたウィンリィは、浴槽に浸かったままのエドワードにそろりと近づいた。お湯のはられた浴槽の縁に肘をつくようにしてにじり寄り、身体を浸しているエドワードと視線の高さを同じくする。
逃げ場は無い。エドワードは近づいてきた彼女を睨むように見返す。
「あのな……」
しかし、ウィンリィは彼の言葉を遮った。
「ここに、いさせて」
「…………」
聞きなれない言葉だった。声だった。エドワードはまるで知らない人を見るような気持ちで、ウィンリィを見つめ返す。甘えるわけでもない、しかし、突き放しているわけでもない、彼女の声音は、ただただ、ひどく静かだった。
「……なんか、あったのか」
なんとなく、尋ねてみる。
答えには間があった。ウィンリィは一瞬だけ考え込むように瞳を伏せると、ゆっくりと眼差しをエドワードに戻す。
「雷」
「は?」
「怖いの」
「……」
稲光が浴室に瞬く。
一拍の間を置いて、ウィンリィは言った。
「雷が怖いの」
「……」
「だから」
「……」
「……ここに、いさせて」
長い沈黙が落ちた。
震える眼差しを受け止めたエドワードは、知らず知らずのうちに、息をひとつ呑む。飲み込まれるようなその視線に、エドワードは勝てない。いつも、負けている。
誘われるように、お湯の中から手を出した。湯気で火照った左手を、彼女の頬にひたりとあてる。ウィンリィの頬はひどく冷たかった。
「誘ったのはおまえだからな」
頭をもたげてくるのは、抗えない予感のする衝動だった。こういうことは初めてではない。それでも、お願いする彼女に身体がどうしようもなく反応していた。
「服、脱げよ」
*続きは本文にて。