「で? 結局、何の用なのよ?」
幼馴染の彼女の疑問はもっともだった。えーと、とエドワードは金の両目をうろうろと左右に泳がせた。
中央指令部からホテルに向かう間、ウィンリィは始終エドワードに質問しっぱなしだった。それもそのはず、セントラル駅で唐突にもアームストロングに出迎えられたウィンリィは、エドワードの身に何か良からぬことでもあったのではないかと早合点してしまったのだ。なんでもない、とエドワードは取り繕いながら、余計なことをしやがって、とロイを恨めしく思った。もしかしたら、あのヤリ手の将校の術中に嵌ってしまっているのだろうか? ウィンリィの到着を待ってましたとばかりに、ロイはエドワードに有無を言わさずホテルの鍵を渡し、これで用済みとばかりにウィンリィ共々執務室から追い出したのだ。ロイには他にも聞きたいことがあったのだが。これはロイの遣り口なのかもしれない、とぼんやりしていると、「あたしの話、聞いてる!?」と今にも怒り出さんばかりのウィンリィの顔が目前に飛び込んでくる。
「おまえ、この荷物、なんなんだ?」
ホテルの一室に入るなり、エドワードは床にぶちまけたウィンリィのトランクの重さにうんざりしながら不満げに漏らした。
「決まってるじゃない。整備道具」
「はぁ? なんで?」
「あんたの足の調子が悪いのかと思って、わざわざ持ってきてやったのよ。感謝しなさいよね」
「感謝ってなぁ……」
彼女にメンテナンスの依頼をした覚えはないぞ、と困惑気味に心の中で呟くと、全てを察したかのようにウィンリィは眉を吊り上げた。
「あんたが、ちゃんと用件言わないからでしょ! じゃあ、なんなのよ? どうして電話で呼び出したりしたのよ」
だいたいね、とウィンリィはまくしたてた。
「あたし、セントラルで寄りたい所あったのよ? なのに有無を言わさずホテル直行だなんて、ひどいじゃない?」
「それはなぁ、……俺が頼んだわけじゃねーし」
エドワードはボソリと反論する。どうやらウィンリィはセントラルに着いてすぐに立ち寄りたい店があったらしい。そこへアームストロングを使ってウィンリィを迎えに行かせたのはロイの指図だった。エドワードが関知しないことを怒鳴られても何とも言い様がなかった。
「寄りたいとこってどこだよ」
とりあえず、彼女の怒りが収まるまで付き合うしかない。こういう時は、とにかく耐えて、耐えて、彼女が怒りを発散し終わるまで待っておくのが得策……とエドワードは長年の経験からそう思っている。でなければ、スパナやレンチが飛んでくるからだ。
「ここ!」
ウィンリィは服のポケットから二枚の紙片をピッと差し出す。眉をひとつ寄せて、エドワードはぶっきらぼうにそれを受け取った。
「ライオライト宝石商……?」
一瞬、エドワードの胸の鼓動がひときわ高く跳ね上がる。
(聞き覚え、ある)
なんだったか? エドワードは眉間に皺を寄せて、差し出された名刺を睨み付けた。名刺には、店の名前と店主の名前がシンプルに印字されている。ガレネ・ライオライト……エドワードはその文字を見つめた。どこかで見たのだが、記憶を辿ってもうまく思い出せない。
「この写真は?」
不意に、エドワードの声のトーンが落ちたことにウィンリィは敏感に気づいてしまう。
「ここに来る途中の汽車の中で、その名刺の人と偶然乗り合わせたのよ。偶然ね。そこでちょっと話をして……」
「話って何を?」
「何って……」
何だったかしら、とウィンリィは小首をかしげた。会話の内容はハッキリは思い出せないが他愛のないものだったはずだ。しかしそれよりも、エドワードの様子が少し変わったのが気になった。彼の顔に、僅かだが緊張の色が見えるのだ。
「……ただ世間話しただけ」
「それで?」
彼は手元の名刺と写真に目を落したまま、畳み掛けるようにウィンリィに問う。口元に軽く手をやり、何か考え事をしているようだった。その金色の眼差しにただならぬ色が垣間見えて、ウィンリィはふと思う。エドワードはロイ・マスタングと一体何を話していたのだろうか、と。セントラルに着くなり案内されたのは中央司令部だった。エドワードはとうの昔に国家錬金術師の資格を返上済みだ。それなのに、なぜ、エドワードはロイと話をしていたのだろう。旅路の途中に立ち寄った先で、道中の話でもする仲であるというだけだろうか。
ざわりと音を立てて、ウィンリィの中で何かがそぞろに動いた気がした。爪先から頭の頂までを闇色めいた予感が伝う。喉がカラカラに干上がっていくのを、ウィンリィは力なく感じていた。
「それで……」
言葉を継ごうとする。しかし、予感に囚われた身体は思うように動いてくれなかった。
「……ウィンリィ?」
列車で偶然出会った宝石商が、写真を落して行ってしまった。皺だらけのそれは見るからに彼の大切な物であろうということがわかる。名刺に載った住所へ届けたい、それだけの話だったはずなのに。
ウィンリィは押し黙り、工具の入ったトランクを整理していた手を止めて、真っ直ぐにエドワードを見つめた。
「エド」
不穏な空気を察知したのはエドワードとて同じだ。先ほどまで明るく軽やかな足取りで歩いていた彼女がどこにもいない。日が暮れようとしているホテルの一室に佇む彼女の表情は、辿りついてしまった不安を隠すか隠さないとするか迷っているようにも見えた。
一拍の間をおいて、ウィンリィは物静かに尋ねる。彼女は率直で、素直だった。一瞬は迷う、しかし弾きだした答えに対しては、実直に従う。
「……エド。何か隠してない?」
隠す? エドワードは太陽にも似た金色の両目を二、三度瞬かせた。そして、その彼女の問いかけとは別の所でしこりのようになって引っかかっていた物の正体が、唐突に己の中で閃いてしまったことに息を呑んだ。
(聞いたことがあるぞ。……ライオライトって……)
先ほどロイから手渡された書類の中に、そんな文字を見かけなかったか……?
「エド?」
表情を硬くしたまま動かなくなったエドワードに対して、訝しげにウィンリィは首を傾けた。
「何、どうしたの? なんか、様子変よ……?」
ウィンリィは茫然と立ち尽くす彼にそろりと近づく。茜色の日差しが、カーテンを開け放った部屋の中へ斜めに差し込む。二人分の人影を象った形が、桜色のカーペットの上で一気に距離を詰めた。
「大丈夫……?」
あ、と軽く口を開け、エドワードはパチパチと音が立つのではないかというほどに何度も両目を瞬いた。
目の前に、ウィンリィがいる。
いつの間にこんなに小さくなった……? とエドワードは心の中でひとりごちながら、不思議なものを見る面持ちでウィンリィを見下ろした。いや違う、小さくなったのではない、自分が変わったのだ。
「エド……?」
ウィンリィは眉を寄せて、彼の顔を穴があくほど真っ直ぐに見上げた。どうしたというのだろう、彼はどことなく上の空だ。熱でもあるのか、と手を伸ばそうとする。しかし、伸ばしたその手首を逆にむんずと握られてしまう。
「え」
驚いたように目を皿のように丸くして、ウィンリィがエドワードを見上げる。
「なんだっけ……?」
「え?」
「だから、何の話だったっけ?」
生真面目に問うてくる彼の眼差しを真っ直ぐに受け止めて、ウィンリィは、何だったかしら、と茫然とする。思考が白く焼ける。彼の目に真っ直ぐに囚われた瞬間、何もかもがどうでもいいように思えた。
そうじゃなくって、とウィンリィは慌てて己の思考を打ち消す。思考回路を正常に戻そうと躍起になり、彼の顔を茫然と見つめたまま、ようやくくるくると考えを巡らせ始める。
「だ、だから……あたしは、あんたがどうしてあたしをセントラルにわざわざ呼んだのか教えてくれないから……」
言いながらも、そうだったっけ? とウィンリィは己の思考が混乱していることに気づく。違う、違う、もっと大事なことがあったはずだ。彼に言わなければ、彼に問わなければと思っていたことは他にもあったのに。
あ、とエドワードはようやくウィンリィの言葉に思い出した。そうだった、こいつにはセントラルに呼びつけた理由である、肝心の用件を言っていないのだった、と。そして同時に、胸内を焼け付くような熱さを伴う動悸が波打った。肝心の用件……思い出して、恥ずかしいような、嬉しいような、踊りだしたくなるような高揚に、顔が思わずにやけそうになるのを必死で抑えた。
「えーと……―なんだっけ?」
「え?」
ウィンリィはポカンとする。しかし、彼がとぼけたように「なんだっけ?」と言った件が、自分をセントラルに呼びつけた件について向けられた言葉なのだと理解すると、思い出したようにじわじわと怒りが込み上げてきた。
「あ、ん、た、ねっ……!」
火に油を注いでしまったようだ。ウィンリィは思わず、手首を握られている手とは逆の手でエドワードに掴みかかろうとする。
「あたしは! 暇じゃないのよ!? それが何? なんだっけ、ですって?」
まぁ待て落ち着け、とエドワードは思わず彼女の手を離し、「どーどー」と暴れ馬でも制するかのように両の掌を彼女に向けた。
淡い珊瑚色に光る唇を尖らせ、形良い眉をキリっとあげて、明るい空色をした瞳がまっすぐに自分を見上げてくる。
やっぱりだ。
エドワードはもう一度確かめてしまう。こいつは随分小さくなったなぁ、と。のんびりと心の中でひとりごちてから、ああ違うか、自分が大きくなっただけかと訂正する。思春期を過ぎた頃からエドワードの背丈は急激に伸び、今やウィンリィよりも頭ひとつ分は大きい。見上げられる、というのに、エドワードはまだあまり慣れていなかった。揺れる空色の瞳に真っ直ぐに見上げられると、まるで猫か犬といった小動物に可愛く何かをねだられているかのような感覚があり、つまりエドワードはそんな彼女の無意識な上目遣いにいつもドキリとするのだった。見えないスイッチを押されたように胸が高鳴り、身の内のさらに最奥がざわざわと騒ぎ出す。
深くは考えず、エドワードは彼女の肩に手をかける。あ、と小さくあがる戸惑いの声すら愛しい。腕の中にすっぽりと収まった彼女の華奢な身体はマシュマロのように柔らかく、甘い匂いがする。
蜂蜜色の髪に鼻先を埋めて、彼女の香りを堪能する。腕の中でウィンリィは軽く抵抗する素振りを見せたが、構わなかった。
「ちょっと、誤魔化さないでよ」
腕の中で暴れる彼女を押さえつけるようにぎゅっときつく抱きしめて、溜息にも似た低い声で応える。
「別に。誤魔化してねぇよ」
会いたかった。……思わず唇にのせかけた言葉を呑みこみ、その代わりのようにウィンリィをきつく抱きしめる。会いたかった、なんて、いまだに言葉にするのが気恥ずかしくて一度だって言ったことはない。
「エド……―?」
エドワードの胸に半ば強引に押し付けられた顔を引き剥がして、ウィンリィはなんとかエドワードの顔を覗き込もうと首をひねる。だがしかし、ウィンリィがそうするよりも前に、エドワードのほうが早い。密着させていた身体を軽く離すと、彼女の顔を覗き込むように軽くかがんだ。ハニィブロンドを指先で軽く梳き、薄紅が差したウィンリィの頬を掌で覆う。丸く見開いた空色の瞳が大きく揺れるのを見留めながら、問答無用とばかりに桜色の唇にキスする。
「エド……?」
軽い口づけをひとつ。唇の先で淡く溶けた温かな感触に茫然とした表情で、ウィンリィはエドワードの顔を見上げた。
「わりぃ」
ボソッと呟いた彼が、いったい何に対して謝罪を述べたのか、ウィンリィにはわからなかった。口を一文字に引き結んで見下ろしてくるエドワードの頬には、ほんのり赤みが差している。
「何が……―?」
何に謝っているのかわからなくて、ウィンリィは問うた。しかし答えはない。彼は言葉よりも行動で、謝罪の意味を示す。
「ちょっと……!?」
なんなのよ、とウィンリィが小さく叫び声をあげたが、エドワードは構わなかった。ひょいと抱き上げたウィンリィの身体は、思った以上に軽い。
「ちょっと、ヤダ! 下ろして!」
横抱きされたウィンリィは、エドワードの腕の上で暴れるが、エドワードはお構いなしだ。
ホテルの一室は続き間になっていて、ソファやテーブルが並んだ居間とは一線を画する空間、つまりベッドルームへとエドワードの足は真っ直ぐに向かう。
「ちょっと、まさか……」
並んだベッド二つのうちのひとつに向かうエドワードが、いったい何に対して謝罪したのか、ようやくその意味を悟ったウィンリィは顔を真っ赤にする。エドワードは涼しい顔をしてあっさりと答えた。
「そのまさかだよ」
「ヤダ!」
音速よりも速く拒否の言葉が飛んだが、エドワードはやはりお構いなしだ。ベッドの上にウィンリィもろとも雪崩れ込む。スプリングがギシギシと悲鳴をあげ、揺れるウィンリィの視界の真ん中にのっそりとエドワードが覆いかぶさってくる。
「ちょっ……やだ、エド……」
「だから、わりぃって、言ったろ」
さらりと言って、既に衣服を脱がしにかかってる彼の下で、ウィンリィは必死に抵抗する。謝ったからと言ってこんな性急な展開が許されると思ってンの……!? とウィンリィは口をパクパクしながらエドワードを押し退けようともがくが彼の力には敵わない。誤魔化されている……―ウィンリィは咄嗟に確信した。エドワードに聞きたいことはたくさんあるのだ。どうして自分をセントラルに呼んだのか。そして、あのマスタング大佐……今は准将となっているあの軍将校と何を話していたのか。根拠はないが、ウィンリィには直感めいた確信があった。エドワードは己の今後のことを、あのマスタング准将と話したのではないか? あの将校が、エドワードを軍に招聘したがっていることをウィンリィは知っていた。だから不安だった。……どうして、自分をセントラルに呼んだの。
しかし、エドワードは答えてくれそうにもなかった。半ば強引に、ウィンリィをベッドに押さえつけたエドワードは、有無を言わさずに彼女の唇に唇で蓋をする。
「ん……っん…!」
発そうとした言葉は蓋をされて、ウィンリィはなんとか抵抗を試みようと彼の身体の下でもがく。が、敵わない。
「暴れンな」
一瞬だけ唇を離して、エドワードは低く呟く。だって、と言いかけたウィンリィだったが、再度キスが落ちてきて、やはり抵抗は許されない。
こういうコトなら何度かしたことがある……―口づけを受けながらウィンリィは緩やかに身体から力が抜けていくのをやるせなく感じていた。自然な流れだった。誰から教わったわけでもないが、悔しいことに彼のことが好きだから、いつの間にかそういう関係になっていた。滅多に会えないエドワードとのこの逢瀬を、誰よりも待ってたのは自分のほう……ウィンリィはやるせなくその事実に甘んじる。抵抗をみせていた身体は力が抜け、組み敷いてくる彼の身体に両腕を回す。
「エ…ド……」
先ほどまで気にかけていたこと……彼に聞きたいことは山ほどあったが、圧倒的な彼の存在を前にして、ウィンリィはすべてを忘れてしまう。彼がすぐ傍にいる。目の前にいる。そして、自分を求めている。
「ウィンリィ……」
唇を離すと、万感の想いを乗せて、エドワードは低くその名をなぞった。ウィンリィの身体に回した腕に力をこめる。会いたかった。口にはしない代わりに身体で伝える。彼女の首筋に顔を寄せ、豊かに枝垂れるハニィブロンドをかき分けるようにして鼻先を埋める。ひどくいい匂いがした。柑橘系に似たその香りがウィンリィ特有のものであることをエドワードは経験から知っている。
「いーにおい」
笑うように呟くと、彼女は身じろいで「ヤダ」と照れたような声をあげる。そんな彼女に構わず、エドワードはウィンリィの白い首筋に唇を寄せる。
最初はご挨拶程度の軽い口づけだ。触れるか触れないかの加減で彼女の肌に唇をあてる。唇の先にほんのりと明りが灯るようなぬくもりが伝わってくる。エドワードは軽く目を細めて、さらに首筋にキスする。ちゅ、と音を立てて彼女の肌に吸い付き、舌先で撫でるように耳裏まで舐めあげる。ぴくっとウィンリィの身体が小さく震えた。
「耳……感じるよな」
「そんなこと、ない……」
「そーか?」
笑い出したくなるような衝動がエドワードの身体を駆け抜ける。否定されればされるほど、試したくなる。感じさせたくなる。夢中になるのだ。彼女はそれを、わかっていない。
舐めあげた先にある彼女の耳朶をはむと口に含む。「あ」と短く声をあげるウィンリィに、「ほらな」とエドワードは得意げな気持ちになる。
ちゅぷちゅぷとわざとらしく音をたてて、彼女の耳朶や耳裏を舐め上げる。その一方で、もう片方の手はウィンリィの身体のラインをなぞるようについと撫でた。そのたびに、ウィンリィの身体は弾かれたように震える。その様を愉しみながら、エドワードは執拗に彼女の耳を舐め続けた。金糸が絡まる彼女の耳には、馴染みのピアスが光っている。
「ん……ん……っ……」
「感じるよな、耳」
低い声で耳元に囁いて再度問う。ウィンリィはくぐもった声をあげながら、軽くかぶりを振る。しょうがねぇ奴、と思いながらもエドワードの身体は緩やかに高揚していくのを止められない。あくまで否定するなら、認めさせるだけだ。
エドワードの指はそろそろと誘われるようにウィンリィの胸の膨らみに伸びる。耳元への執拗なキスの愛撫を続けながら、その膨らみを掌で包み込んだ。形を確かめるようにゆっくりと掌で撫でる。
前合わせになった服のボタンを片手で外していくことなどもうお手のモノだった。耳元を舐めながら、エドワードは彼女の服を脱がしていく。
「エド……エド…」
少しだけ乱れ始めた呼吸を悟られまい、とばかりにウィンリィは彼の名を呼んだ。
「なに?」
低く耳元で応える。だが大抵、それ以上の言葉を彼女が言うことはない。言わせない。
「んっ……!」
ひときわ強く彼女の身体に震えが走る。エドワードは口端に笑みを浮かべながら、あらわにした彼女の胸の膨らみにつと指を走らせる。
なだらかな曲線をなぞるように、エドワードの生身の手が彼女の乳房を包み込む。溶けるような温かみを掌の中に感じながら、エドワードはゆっくりと膨らみを揉み始める。それと同時に、彼女の耳元へのキスも執拗に続けた。
粘液の擦れるような音が辺りに響く。液体が爆ぜる粘着質な音に耳を塞がれて、同時に落とされるエドワードの呼吸、手の愛撫にウィンリィの息はどんどん乱れていく。
不意に顔を離したエドワードは、じゅ、と音を立ててウィンリィの首筋に吸い付いた。ベッドが音を立てて軋む。「あ」という声がひとつ漏れて、「ふぅっ…」と呼吸を無理やり止めようと努めるような吐息が零れる。無駄なあがきだ、とエドワードは心の中で笑い出したくなる。たまらなかった。もっと聞きたかった。その声、その吐息を感じたかった。
首筋に吸い付けた唇をずるっと音を立てて鎖骨の辺りまで滑らせる。まだ明るいホテルの室内のもとでさらけ出されたウィンリィの肌は、透き通るように白く、エドワードの唇の痕がテラテラと光彩を帯びる。
両の膨らみを両手でそれぞれ包み込んで、ウィンリィの鎖骨から胸の谷間の辺りをエドワードは丹念に舐め上げた。両腕が自分のものになった、という事実は、エドワードの興奮をさらに高める。以前なら、こうは出来なかっただろう。金属製の冷たい手で彼女を触ることはなくなった、その事実が、ただひたすらに嬉しい。
なだらかな曲面を描く乳房の山肌を舐め、紅くそそり立つ頂の辺りにゆっくりと舌先を這わせる。ちゅ、ちゅ、と吸えば、エドワードの口の中でふっくらと膨らみ硬くなっていく。
「エ、ド……」
少しずつ乱れ始める吐息を隠そうと唇を噛みしめながら、ウィンリィは声をあげる。乳房に吸い付いてくるエドワードの頭を思わず両腕で抱きしめた。彼女の白い指先に、ひと束にまとめ上げられた彼の金髪が絡む。は、は、と短く息を切りながら、ウィンリィは彼の髪の縛りを片手でするりと解く。指先に金糸を絡め捕り、何度も上下に梳いた。
その間にも、エドワードの動きは止まらない。ウィンリィの両胸を交互に口に含み、白く張る陶磁のような肌にキスをし、しゃぶる。右手はウィンリィの耳の後ろにかかる髪を優しく何度も撫で、左手は彼女の下着に手をかける。
すぐに脱がすことはしなかった。生身の指でゆっくりと下着の布地の上から撫でる。彼の指がそこへ到達したことに、ウィンリィは一瞬だけ身を硬くしたが、それだけだった。珊瑚色の唇をきゅっとひとつに引き結び、目を閉じたままエドワードの愛撫を受ける。
乳房に埋めていた顔をあげて、エドワードはウィンリィの顔を見つめる。閉じた瞼の下でふるふると睫毛が震えている。乱れ始めた吐息は、しかしまだまだ余裕があった。エドワードは口端を小さくあげて笑う。……まだまだ余裕があるのは今のうちだけ。
ちゅる、と音を立てて、エドワードは彼女の腹部に舌を這わす。
「……あっ……」
びくっとウィンリィは身体をひと震えさせる。エドワードの両手の指先がついと彼女の身体の両側を撫でたからだ。背中と腹部の境目にあたるその一線を触られるのは弱かった。
ウィンリィが声をあげるのも構わず、エドワードは舌を這わせながら、両の指先でつい、つい、とその境目を撫で上げた。
「あ、やっ……だ…っ」
ビクッ、ビクッと、彼の指の動きに合わせるようにウィンリィの身体が左右に跳ねる。しかしエドワードは構わない。彼女の臍の辺りを円を描くようにひと舐めした後、さらに下へ下へと進んでいく。
「エ、ド……」
待って、と言いかけたウィンリィの言葉は最後まで音にならなかった。絹地の下着の上にエドワードの舌がついと乗る。そのまま真っ直ぐ、目的の場所へ迷いなくエドワードは舌を進めた。阻もうとする彼女の白い両足を両腕で押さえつけ、むしろ無理やり押し開く。
「……ッアッ……!」
ひときわ高くウィンリィの声があがる。
下着の上から、舐められている。
身を硬くしたウィンリィは、恥ずかしさのあまり目を見開く。仰ぎ見たのはホテルの室内の知らない天井だった。横たわったベッドの上でなんとか首だけを起こす。
左右に大きく開脚させられた格好を見とめて、ウィンリィの頬に朱が昇る。閉じようとしたところで彼には敵わない。よく知っていることだった。
「あっ……あ、エ、……ド…ッ」
身体を奔る甘い感覚に、ウィンリィは蕩けるような声を漏らす。
無理やり押し広げられた足の間にエドワードの頭が埋まっているのが見えた。恥ずかしいよ、とウィンリィは手を伸ばす。ゆっくりと上下に動く彼の頭を抱え、彼の動きを押しとどめようと思ったが、勿論届かない。彼の金髪に指先を埋め絡めて、彼の頭を撫でる。彼の頭が上下するたびに、指先の金糸が上下に動き、さらさらとざわめいた。
「暴れンなよ……」
彼をとどめようと彼女の腕が彼の頭の上で画策していることをもちろん悟っているエドワードは、笑うように低く言った。
舌を伸ばして、舌先だけで布地の上から上下に何度も何度も撫で上げる。濡れた舌先で触れるか触れないかの微妙な按配で舐めるのだ。
「ウィンリィ……いい匂いがする」
「や……バカ……っ! 何言って……アッ…あ…あぁ…ッ……」
「ホントだぜ。……いー匂い」
そう低く呟きながら、エドワードは無心にそこを舐めた。次第に布地の上からでも形が露わになってくる。彼女が一番感じて、一番好きなところだ。膨らみ始めたそれを、舌先で何度も突くようにチロチロと舐める。そのたびにウィンリィは甘い声をあげる。その声を聴くのが、エドワードはとても好きだった。
舌の動きは止めずに彼女に問う。
「下着の上から、好きだろ?」
「………」
「好き、だろ?」
答えない彼女にエドワードは再度問う。応えないなら、答えさせるまでだ。ちゅぅ、と唇をすぼめて、軽いキスをする要領でその敏感な嘴に吸い付く。
「あッ…あッん……!」
たまらずに声をあげるウィンリィにエドワードは容赦なく愛撫を続ける。唇を押し当てて布越しにそれを吸い、上下の唇で食むように挟んで揉むように嬲る。
「やっ……ぁあぁあ……!」
強く甘い刺激にウィンリィの声は止まらない。布越しの愛撫はどこか刺激がハッキリとしていなくて、それがなぜか余計に気持ちよかった。直に愛撫を受けるよりも焦らされているような感覚があり、それが快感を増しているようだった。
足を閉じようとウィンリィは必死に身体を捩るが、エドワードはびくともしない。ふっくらとした彼女の両太ももの裏側に手をかけて、より大きく足を押し広げる。彼女の感じるそこを一点集中に舐め続けているうちに、そことは別の場所が滲み始める。
「……濡れてきてる」
努めて感情をこめず、静かにエドワードは告げる。喜んでいることを彼女に悟られるのはなんとなく恥ずかしいのだ。
「や……」
ウィンリィは首を振り、エドワードを押し退けようともがいた。しかしやっぱり敵わない。
エドワードはそろりと指を這わせて、濡れているポイントをゆっくりと押す。舐めている場所よりも下の部分に丸く滲みが出来ている。ぬとぬとと指先でそこを押せば、じんわりと指先が湿るのを感じた。
「すっげ、濡れてるよ。ウィンリィ」
彼はようやく薄く笑った。彼女の足の間から顔をあげて、顔を真っ赤にさせた彼女を見下ろす。エドワードの視線から逃れようと、ウィンリィは今度は己の手を己の顔に覆う。
「やだ……」
顔を覆った指の間から覗くウィンリィの恥らいの表情にエドワードは息を呑む。
恥ずかしがる彼女を見るのが好きだった。
エドワードは目を細め、彼女の身体の上に覆いかぶさるようにして抱きしめる。
「恥ずかしいンだ?」
わかっていることをいちいち問う。そんな彼を小憎らしく思いながら、腕を回して彼女を抱きしめてきたエドワードをまたウィンリィも抱きしめ返す。
軽く身体を離して彼がキスしてくる。目を閉じてそれを受け止めた。何度何度もキスが落ちてくる。夢中になってお互いの唇を吸いあう。触れたところから溶けそうだった。蕩けそうになる思考の中で、思うままにウィンリィは口にする。
「……すき」
「ん」
こういうときの彼は少し素っ気ない。それでも構わなかった。
「エド」
手を伸ばして、彼の頬を両手で包んで、もう一度唇を重ねる。舌を差し入れあって、お互いに舐め合う。顔を離してまた告げる。
「すき。エド」
「……ん」
そしてまたキス。そしてまた告げる。すきよ、すき。あんたがすき。いくらでも言いたい。言うたびに溶けていく。触れあったところの体温も、感情もすべて溶けて、溶け合って、ひとつになっていく。
「エド」
「ん」
「すき」
「ん」
わかったって、と言いたげに、彼は軽く眉間を寄せた。両の青瞳をとろんと潤ませて何度も告げる彼女の言葉が嬉しいと同時に気恥ずかしい。身の内を焦がすような熱が滾ってくる。たまらない、エドワードは切なげに目を細めて、よりきつくウィンリィの身体を抱きしめた。
「ね……エド…エド……」
耳元で「すき」と言いかけた彼女の唇を塞いで、エドワードは黙らせた。それ以上聞かされると、嬉しさと切なさでどうにかなりそうだった。そんなに言わなくたって分かってる。
「エドってば……」
組み敷いたままの彼女の身体を、腕の中でくるりと反転させる。なにするの? とウィンリィの瞳が一瞬不安げに瞬いた。ベッドがギシリとひとつ大きく軋む。
ウィンリィの身体をうつ伏せにさせると、エドワードは彼女の背中に覆いかぶさるように抱きしめる。袷の服の合間からこぼれた白い乳房を両手で受け止めるようにして包み、手の中でやわやわと捏ねる。
「んっ……んッ……」
シーツに鼻先を埋めて、ウィンリィはくぐもった声を漏らした。エドワードの指先は彼女の肌に吸い付くように食い込んでいく。そそりたった乳首の先を彼の指先が潰すように撫で上げると、そのたびにウィンリィは声を上げた。
「気持ちい?」
背後から彼女の耳元に唇を寄せて、エドワードは尋ねる。ウィンリィの左右の乳房を包むように揉み、敏感に腫れた先端をくにくにと優しく捏ね続けた。
「ん……ぅん……エ、ド……ッ……」
息を乱しながらも、ウィンリィは健気に答えようとする。頬を桜色に染め上げた彼女の顔を後ろから覗き込みながら、エドワードは指の動きをさらに激しくしていく。
「あっ……あっ……あ……ッ……!」
刺激を与えるたびに、ウィンリィの身体は震えながらしなる。エドワードに組み敷かれたまま、背中から臀部にかけて弓なりに身体をのけぞらせた。両の乳房をやわやわと揉みしだかれ、声を漏らしながらハニィブロンドを振り乱す。
「気持ちいい?」
背後から彼女を抱きしめ、後ろから耳元に囁く。鼻先に彼女の金髪がふわりとかかる。かぶりつくようにウィンリィの耳に唇を寄せ、じゅるっと音を立てて吸い付いた。
「気持ち、いい?」
再度問う。うん、と首を縦に振って頷く彼女に、言葉を促すように、さらに強く両の乳首を捏ねた。アッ、とひときわ高く声を放って、彼女はようやく観念したように言葉を吐き出した。
「きもち、い……っ……」
そう、とエドワードは目を細める。乳房を弄っていた片手をするりと彼女の下腹部へ滑り込ませる。下着の上から、確かめるまでもなく濡れているのがわかる。指先で縦に筋を描くようになぞり、押せば窪む場所をぐりぐりと弄った。充分すぎるほど潤ったその場所は、布地の上からでも指を湿らせる。
スカートと下着を一緒くたに脱がせて、エドワードは彼女の両足の間のぬかるみに指を滑り込ませた。
「んっ……ぁあっ……!」
ウィンリィの背中がぶるっと大きく震える。その背に身体を押し付けるように密着させて、エドワードは指先でそこを優しくこすり始めた。
「や……ぁ…エ…ドぉ……」
途端にウィンリィの呼吸は輪をかけて荒くなり始める。あんまり激しくしないで、とでも言いたげに、ウィンリィは背後の彼を振り仰ぎ、動きが激しくなっていく彼の手を制止するように手をかけたが、エドワードはびくともしない。
今や生身となった右手で、彼女を嬲る。ぬかるみを捏ねるようにして、人差し指と中指、そして親指を使って攻め立てれば、グチュグチュと卑らしい粘着質な水音が響き渡った。右手の動きを止めることなく、エドワードはウィンリィの背に己の身体を預けるように押し付けながら、逃げようとする彼女の身体を抑えつける。そして、左手は己のズボンに手をかけた。